2 姉妹



 愛らしい双子の姉妹、リオとイオ。彼女たちと遊ぶようになって二週間も裁つと、さすがにサボる手加減が身についた。でも気をつけなくちゃいけない部分もあり、決して油断はしてはならない。

 特に妹のイオがいるところでは。

 彼女は生れつき病弱な子供で、午前中はお抱えの医者のもとで健康診断を受けることになっている。午前中いっぱい健康診断なんておかしいと最初は思った饗庭だが、よく貧血になったり、夜になると立っていられなく少女の姿を見ると、納得するしかなかった。
 そしてその日も。
「イオちゃん!」
 真っ青な表情で前のめりに倒れようとするイオ。饗庭は腕を伸ばし、その小さく細い体を受けとめる。姉のリオの健康的な重たさと違い、はるかに軽く、骨張った体。こんな小さい体、饗庭はいつも涙を誘われてしまう。
「イオちゃん、すぐにお医者さんのところに運ぶからね。リオちゃん、すぐに戻ってくるから、部屋で大人しくしててね」
 一緒に積み木で作った部屋で人形遊びをしていたリオは、無言で頷く。さすがに騒ぐことはないが、その大人しさが時に不気味だ。
 イオを揺らさずに胸のなかに抱き留め、急いで階下の病室に走る。玄関で訪ねてきていた客を帰しおわった父親にばったりと出会う。今日は客があるから、二階から出ないように厳命されていた。どうやらその客が帰ったようだ。
「お父さん、イオちゃんがっ」
 すべてを言わずとも父親は顔色を変え、小走りに病室へと誘う。
「イオ! さぁ早く、病室へ」
 父親が開けてくれた扉の中に入る饗庭。その部屋は、病院のように色々な機械が繋がれてある。すべて、イオのためのものだ。重々しいそれらが、イオの病気の重さを示している。
 今日のように、いつ何が起こるか判らないので、一人の年老いた医師が在中している。ときどきこの屋敷のメイドが助手を努めるらしい。
「悪いね、饗庭くん。部屋から・・・・」
「判ってます。リオちゃんと一緒にいますので」
 頷く医師に頭を下げ、部屋から出ると扉を閉めた。医師に任せておけば大丈夫だろう。
 リオの待つ部屋に戻ろうと階段に一歩踏み出し、饗庭は二階にいるリオに気付いた。きっとイオの様子が心配で、部屋を抜けてきたに違いない。
「リオちゃん。イオちゃんなら大丈夫だよ」
 ゆっくりと登り、リオの前で安心させるように告げた。しかしリオは首を横に振った。
「イオなんていらない」
「リオちゃんっ」
 その発言に、饗庭は思わず階下の病室に当たる位置を見てしまう。
「だってイオばっかりパパを独り占めするんだもん! お兄ちゃんだってイオのほうがダイジなんだもん!!」
 しまった、と思った。病弱であるため、妹ばかり気に掛けている父親に、リオはイオに嫉妬しているのだ。
 饗庭にも経験ある気持ちだ。姉弟の末っ子である饗庭も、確かに可愛がられてはいたが、親からの信頼はなかった。頼りにされるのは姉や兄ばかり。自分は頼りにされえていないと、スネた事が何度もある。
「リオちゃん。あのね、イオちゃんはその代わり、とても痛くて、辛い中にいるんだ。リオちゃんがいつもお行儀よくしてて、妹の世話もしてるから、お父さんはリオちゃんが自慢だって言ってるよ?」
「ほんとうに? リオ、パパの自慢?」
「うん。それに、今は僕がいるから、一人じゃないよね?」
 最初の日、父親から子供の前に立つときは「俺」ではなく「僕」にしてくれと頼まれた。言葉使いが写るのが嫌なのだ。確かにそうだと思って、饗庭は「僕」と言うようにし、今では自然にそれで慣れていった。
「お兄ちゃん、リオのものなの?」
「うん、そうだよ」
 ぱぁっと笑顔になるリオ。やっぱり、笑ってるほうが子供らしいし、可愛い。
「じゃあ約束!」
「約束?」
 小指を出す少女に饗庭は首を傾げる。
「お兄ちゃんはリオのお兄ちゃんだから、ずっと一緒にいるの!」
「そうか。じゃ、約束だ」
 饗庭も小指を出す。バイトに期限はない。いつかは解雇になるだろうけど、でもそれはまだ、ずっと先のことだろうから。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」


 リオはお姉ちゃん。妹の世話もきちんとするが、時には邪魔扱い。
 イオは小さい妹。お姉ちゃんと一緒に居たいのに、病気に邪魔される。
 饗庭は双子の家庭教師。邪魔にされる気持ちがわかる大人の人間。

 外から見れば、そうなんだろう。饗庭も、最初はそう思っていた。

 饗庭は、初日に感じていた疑問を、長く屋敷に滞在することで捨てていった。
 可愛らしい双子の姉妹。娘を溺愛する父親。母親は双子を生むときに亡くなり、少ないメイドたちが双子たちを育てた。
 おかしい事は、何もない。
 彼らにとって、本当に何もなかったのだ。





05.10.23


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