3 親子



 遊んでいる最中に倒れたイオ。次の日になってもベッドから離れられない。合間合間にお見舞いに行くと、嬉しそうに微笑んでくれた。少女が感情を表に出すことは珍しく、それだけで嬉しくなる饗庭だった。
 そしてその次の日には、イオもやっとリオの横に立てるようになった。


「饗庭くん。ちょっと話があるんだが」
 午後、遊ぶだけじゃなく、簡単な勉強も教えている饗庭は、教材を持って歩いているところを父親に声をかけられた。
「どうしました?」
「実は・・・・イオのことなんだ」
「イオちゃんの?」
 一昨日のこともあるので、饗庭は気を引き締める。
 父親は深刻そうなシワを顔に張りつけ、重苦しく唇を動かす。
「医者の話によると、どうも、もう保たないらしい」
「な・・・・っ!!」
「薬も強いものを使うようになったし、子供の体では耐えられなくなるそうだ。少しでも体力を付けてもらおうと君を雇ったんだが・・・・済まないね」
「そんな・・・・、何か、何かないんですかっ?」
 しかし、それには横に首を振るだけ。
「私も、覚悟はしてあるのだ。ただ、饗庭くん。頼みがあるんだ」
「・・・・何でしょうか・・・・・・」
「イオは君に懐いている。出来るだけ、一緒にいてやってくれないか? リオには、淋しい思いをさせるかもしれんが・・・・頼む」
「それは・・・・もちろん」
「ありがとう」
 そして父親は仕事があるからと、その場から離れた。残された饗庭が、涙を浮かべて立ち尽くす。
 そして、そんな話を物陰から聞いていた小さい影があった。双子の片割れ、リオである。
 少女は饗庭が戻る前に踵を帰すと、そのまま妹がいる部屋まで走った。
「イオ、ちょっとこっちに来て」
 イオは何も聞かずに立ち上がる。リオの言葉に絶対に逆らわないのだ。それだけ信頼していると、饗庭は考えている。
「もうすぐよ、ほら、あそこ」
 リオが指差す場所は、階段付近。そして饗庭が、そんな双子に気付いた。
「リオちゃん。イオちゃん。階段付近で遊ぶのは危険だって、言わなかったかい?」
「違うわ。案内しているだけ。イオのためよ」
「イオちゃんの? どんなことだい? 僕にも協力できるかな?」
「もちろんよ、お兄ちゃん。だって・・・・」
 リオはイオの後ろに回った。イオはリオを見つめる。
「だって、イオが悪いのよ。役に立たないから」
 そしてリオはイオの背中を押した。イオは抵抗することなく、足を踏み外して階段から落ちる。大して音が出ないのは、それだけ少女が衰えているからだろう。
「イオっ!!!」
 ドン、パタン・・・・
 いちばん下まで落ちたイオ。駆け付ける前から気付いた。もう、生きていない。階段の途中で息絶えた。
「イオちゃ、イオちゃん・・・・っ!!」
 駆け寄り、床に膝を着くと、壊れそうなイオを抱き抱える。重力のままに動く少女は、だんだんと冷たくなっていく。
「何でこんな・・・・っ!」
 饗庭は階段上のリオを睨む。リオは不思議そうに首を傾げるだけだ。
「イオちゃんは君の妹だったんじゃ・・・・・」

「また駄目だったのかい? リオ」

 娘が殺し、死んだのに、冷静な声が響いた。饗庭はイオを見つめて、その姿に声を失った。
「こんな妹、もういらない」
「じゃあ新しい妹を用意しなきゃな」
 コツ、コツ、と近付いてくる革靴の音。イオを抱き抱えたまま、饗庭は動かない。いや、動けなかった。
 イオの長めの前髪が払われ、大きめのリボンが解けていた。
 そこから見える大きな桃色の傷跡。あきらかな手術痕。しかし、それは素人から見ても雑だ。
「妹なんてもういらない。だってお兄ちゃんがいるもん」
「そうだな。リオはお兄ちゃんが欲しいって、いつか言ってたな」
 イオの額の手術痕は、いくつもある。何度も頭を開いたような、ボトルを填めたような痕が、いくつもあった。
「ね、お兄ちゃん。ずっと一緒にいるって、指切りしたよね。ずっと一緒にいるもんね?」
 そして饗庭は、背後まで近付いた足音の終わりと同時に、首の後に電流を流されたような痛みを全身に流され、そのまま視界が真っ暗になるのを見ているしかなく・・・・・・意識を失った。
 饗庭の痕跡は、そこで消えたのだった。


 数年後、饗庭が降り立ったと同じ駅に、似たような雰囲気の女性が降り立つ。そして彼女は呟く。
「ここがあの子のバイト先だった場所ね。まったく、世話の焼ける弟なんだから」
 そして彼女は歩きだす。弟のバイト先へ。行方を眩ました弟を探すために。
 むろん、彼女が駅に戻った形跡も、これから先、永遠にないのだった。




+あとがき+

 全三話。募集した名前を使わせて貰ってます。が、さすがにこんな姉に使う訳にもいかず、妹にしました。どっちもどっちですかね?
 読んだことあるホラーだなーって思った方々。それは気のせいじゃありません。そして気にしちゃいけません。それでは、最後まで読んでくださりありがとうございました。

05.10.23

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