Case.顔 - 森 -



 木を隠すなら森の中。
 誰が最初に言ったかは知らないけど、よく出来ていると思う。

「感心している場合じゃないでしょう」
「それ以外にどう反応しろって?」

 相方である忍のいつもの冷静で丁寧な言葉使いに、こんな時にでさえ崩れない話し方に、思わず響夜は顔を顰める。そのせいで整った顔が砕けるかと思いきや、案外と子供らしさが出て親しみが溢れてくる。
「響夜、怖いのですか」
「ぜんっぜん」
 怖くない。怖くは、ない。
 ただ、苦手な空間だけども。ここに居たくないだけで。何もかも放りだして家に帰りたいだけで。
「そうですか」
 淡々とした口調。感情の起伏が少ないその話し方は、丁寧さと相俟って、奇妙にもここの空気とマッチしていた。
「私は怖いですけどね」
「え、マジでっ!?」
 思わず高校時代に戻ってしまう言葉使い。自分らはもう、二十歳を越えた大人なのに。
「依頼が無ければこんな気味の悪いところ、足どころか目も向けませんよ」
 そう言って、見回すように忍は壁から天井までをゆっくりと見ていく。その表情は嫌悪を強く出している。
 響夜も嫌々ながら、視線を室内に向けた。そこには無数の顔がある。一面の壁に敷き詰められたように飾られた顔、顔、顔、顔!
 もちろん本物の顔じゃない。お面、仮面、能面、あらゆる種類の顔をモチーフにした面が揃えられている。壁だけじゃなく、天井近くまである五本の衝立て両面にも面はびっしりと張り付けられている。部屋を潜った扉にもあるのだ。
「しかし・・・・ものの見事に、同じ顔だな」
「だからこそ、なんでしょう」
 全ての面には共通点がある。だからこそ種類も豊富に色んな面があるのだ。
 面はすべて、女性である。卵形で、色白で、怜悧で、下唇が少し大きめで・・・・とにかく同じ系統の顔、それも半端じゃない酷似さの顔たちが並べられている。
「だからこそ、彼女は選ばれてしまったんでしょう」

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 その依頼が二人の事務所に舞い込んだのは、忍の兄の紹介だった。その日の朝に電話があり、女性がそちらを尋ねるとだけ告げ、さっさと通話を切った。事務所のドアに付けられたベルが鳴り響いたのは、それから一分後。
 ヒールの音を景気よく慣らし、微笑めば大抵の男は笑みを返すような魅力的な顔を、活発な、それも怒りの色に染めて彼女は爆発させた。
「姉を殺した男を殺してっ!!」
 開口一番の物騒な依頼。ドアを開けた状態で響夜は驚いて立ち尽くす。
「法で禁じられています」
 しかし対応した忍は問題ないとでも言うように返した。気が立っている彼女は構いもせず続ける。
「アタシが許すわよ!」
「申し訳ありませんが、そういう依頼には応えられません」
「じゃあ何が出来るのよっ!!」
 激昂してハンドバッグを振り回す彼女の手を後ろから止めたのは、平静を取り戻した響夜だった。
「憑物落とし全般」
 180ある長身に学生時代、陸上で培った引き締まった身体付き。精悍で整った顔は二枚目俳優そのもの。裕福な家庭に育った優雅さと気品さは相手の敵意を静める。そんな彼を間近で見た彼女は反射的に釣り上がった目を戻し、笑顔を作る。その間一秒もない。手慣れた変化だった。
 それを見届けた忍が彼女にソファを勧め、尋ねる。
「こちらにはどなたの紹介を?」
「あ・・・・そうそう。“八代の下”とだけ言いなさい、って男の人に・・・・」
 その合い言葉に響夜と忍は、彼女が忍の兄の紹介だと確信する。
 “八代の下”とは“社の下”の事だ。社とは神の坐る場所である。その下という事は、下僕を指す。つまり神の僕(しもべ)だ。
「初めまして、所長の響夜と言います。こっちが相棒の忍。それでは、依頼内容を詳しく聞きましょう」
 お客さまは神様です。真実そう思っているかのような女をたらしこむような笑顔で微笑む響夜に、もはや彼女の目は目の前の色男に釘づけ。古くさい単語を使うならメロメロである。
 事務所の二人がフルネームを口にしてない事にも気付けていない。
 忍はそれを眺めつつ吐息を一つ出して、使用していたノートパソコンのスクリーンセイバーを起動させる。黒猫と白猫が戯れあっている絵だ。

「帰ってきた姉には、顔がありませんでした」

 そして彼女は語る。姉に起こった事件を。今までの自分たち家族を。警察が当てにならなかったことを。今までの激昂は嘘のように、言葉使いまで変わっていた。
 殺人事件だからと遺体は長く帰ってこず、やっと家に戻ってきたと思ったら、顔だけに包帯が巻かれている。
「顔の皮が、剥がされてるって・・・・っ。前髪の生え際から、顎の下まで、綺麗に剥がされていて・・・・っ」
 ぶるぶると震えながら、それでも気丈に言葉を続ける。
 時間が経ったとはいえ、未だ忘れられない事件。それでもスラスラとつっかえることなく話せるのは、何度も同じ事を繰り返して話したからだろう。
「犯人はまだ捕まってません。容疑者すら特定できなくってっ。ストーカーの仕業だって世間じゃ言われてたけど、確かにアタシもそう思ったけど、でも、何か、何か変でっ」
 『変』と感じた理由を説明できないのか、浅く、何度も呼吸を繰り返す。
 響夜は手を組んで静かにそれを聞き、忍は目を瞑って頭の中に情景を描きながら聞いている。
「・・・・・・探偵とか雇って。仕舞いには霊能者にも頼って。そしたら、この場所を紹介して貰って」
 今まで好きに喋らせていた忍は、そこで口を開いて尋ねた。
「ここに来てすぐ、男を殺してと言っていたけど、それは何故?」
「何故って・・・・だって、女をストーカーしてるなら男でしょ・・・・?」
 根拠がない説明だった。それにストーカーとも限っていない。
「なら、実際は何も解っていないって事ですね。探偵を雇ったらしいですが、その報告書があれば見せて頂けますか」
「あ、ここにっ」
 バッグからよれよれの茶封筒を取り出す。何度も読み通した後だ。忍は礼を言って中身を確かめる。
「テレビの発表より詳しいってだけの内容よ」
「そのテレビがここにはないので・・・・」
 実際はあるが、ほとんどゲームやDVD鑑賞にしか使用していない。もちろんラジオもある。新聞も取っている。ただ事件が起きたのは二年も前の事で、記憶から薄れてしまっている。
 斜め読みして記憶から当時の事件を掘り起こした忍は、読みおわったそれらを響夜に渡した。今度は響夜がそれをじっくりと読む。忍は次の質問に入っている。
「霊能者を頼ったのは?」
「姉の・・・・姉の霊がいるかもと思って。姉なら、犯人を見ているだろうし・・・・。成仏だって、出来てないと思う。恨んでるわ、きっと」
「そしてすぐ霊能者だと」
「いいえ。いえ、最初は、占い師を頼ったんです。霊能者なんて信じられないし、反感もありましたから。でも友人が勧めてくれたんです。セラピストの資格も持ってるから受けるだけでも受けてみろって。そしたら、そこの占い師が人を紹介してくれて」
 そして今度はここまで盥回しされた、と。
 資料を読みおわった響夜は茶封筒に戻し、テーブルに乗せる。そして忍の意見も聞かずに宣言した。
「分かりました。その仕事を引き受けましょう」
「じゃあ犯人を殺してくれるのね!」
 嬉々とした笑顔で物騒なこと言ってくれる。これじゃ始めに戻っている。
「いえ、俺たちが引き受けるのは、お姉さんの探索のみです」
「!」
 言葉を飲み込む彼女に、響夜は魅惑するような微笑を浮かべた。
「占い師と霊能者の判断は正しいですね。この件は警察や探偵には荷が勝ちすぎる」
「え・・・・・・?」
 ぼぅっと響夜から視線を外さない彼女は、夢現つの表情で首を傾げる。
「犯人を探そうとするから見つからない。なら、お姉さんの一部を探すべきですね」



「さあ忍。お前の出番だぜ」
 依頼人が去りがたそうに帰ったのち、憮然とした表情で黙り込んでいる忍にお姉さんの持ち物である指輪を渡した。ついでに響夜は忍の左手首に二重で巻かれているネックレスに指をおく。ネックレスは白い天然石を針金で巻き上げた形のアクセサリが通してあり、女性がするなら武骨だが、男の手首にはか細かった。けれど全身黒ずくめの忍には唯一のアクセントになり、似合っていた。
 忍は響夜の指から神経質そうに逃れる。ネットが繋がっているパソコンの画面に向き直る。マウスでカーソルを動かすとスクリーンセイバーが消え、世界的に有名な検索サイトYahoo?が出てくる。そこで地図をクリックし、日本列島を画面に出す。
 ここからが忍の仕事だ。
 手首の天然石を地図にゆっくりと近付ける。沖縄から北上させて行く。一種のダウジングだ。ただし古代と近代と折衷させたものだが。
「ビンゴ! 東北だっ!」
 後ろで見ていた響夜が東北の辺りで天然石が円運動するのを確かめ、マウスを東北に合わせてクリックする。拡大される東北地方。また下から上へと移動させる。
「今度は北海道〜」
 巨大化する北海道。今度も下から上へ。しかし今度は縦断することなく止まった。稚内だ。
「・・・・・・・・」
 この頃になると忍の額に汗が浮き出てくる。響夜も気を遣い、静かに様子を伺う。
 稚内市の地図。ゆっくりと手首を、その下の天然石を動かしていく。
 そしてある一部。派手に石が回り始めた。今までもよりも強く反応している。即座に響夜がパソコンの前から忍を移動させ、自分が前に立って土地を調べる。椅子から離れた忍は疲れはて、近くのソファにぐったりと背中を預けた。



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+まえがき+

 パッと閃いた。そしてバババッと書き上げた。
 いつもこうなら良いのだが。そして続けば文句なし。

10.06.05

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