Case.顔 - 面 -



 犯人が見つからないのなら、お姉さんの遺品を捜せばいい。
 そういう展開からダウジングでお姉さんの遺品が北海道の稚内にあることを突き止めた忍は、残りの面倒な雑用をすべて所長の響夜に任せてしまったので、当の響夜がどうやって犯人の居場所を特定したのか知らない。
 ただ、響夜の実家は資産家で、彼の命令一つで全てを悟って動いてくれる秘書やら護衛やらがたくさんいるので、彼らが突き止めたんだろうというぐらいは分かった。
 いつも「明日から動くぞ!」と説明もなしに勝手に決め、飛行機や新幹線のチケットを渡してくるのだ。事情を知ることが出来るのは移動中、報告書を見せられてからだ。

 そして今、二人はお面だらけの部屋の中にいるのである。
 犯人の姿はない。それどころか人が生活している空気もない。ただ、博物館のようにお面が飾られているだけなのである。もちろん不法侵入であるから、入場料はタダである。許可した護衛は一人だけ。道案内役兼用で、外で見張りをして貰っている。
「さて忍。こっからはお前に働いてもらうしかないんだけど」
 響夜がそう言うと、ため息をついて忍は手首に巻き付けたネックレスをほどき、指にかけて垂らした。
 集中させる。たった一つを見付けだす。この中の、偽物じゃない、本物の面を。
 風もなく、腕も動かさないのに天然石がぐるぐると回りはじめ、探るようにゆっくりと震える。そして何かに牽かれたように、ある一点が来ると動きを止めた。石は、不自然にも傾いたまま止まっている。
 忍は石に導かれるまま、歩きだす。それに響夜が付いていく。
「・・・・・・これ、ですね」
「何となく、そう見えなくも、ない」
 人間の顔の皮膚を剥いで作り上げた面。生前の写真から愛らしい笑顔を知っているために、その面の無表情さに、寒気が走る。血の通った人間のすることじゃない。
「早く帰りましょう」
 一秒だって居たくない。そんな風に忍はさっさと扉に向かっていく。
「というか、つまり、俺が持って帰るのか・・・・」
 響夜は手袋をはめると、慎重に面を持つ。気持ち悪かったが、これも妹さんのためだと思い、風呂敷に包んだ後、持ってきた箱に収める。これで一件落着。
「忍、ちょっと待てって!」
 箱を抱えるように持つと、響夜は忍を追って部屋を飛び出す。響夜だって一秒だって部屋に居たくなかった。廊下にだって同じように面がある。部屋どころか建物から出ていきたかった。
 そして二人が出てってすぐ、カタ・・・・と音がした。小さく、聞き逃しそうな音だ。しかしまた、カタカタ・・・・と音がした。誰もそこにはいない。だから、人以外の何かが音をたてている。そして、それを確かめる目撃者は存在しない。
 部屋中の面はその場から動いていない。風もないし、動かす人もいない。だから面が動くわけがない。しかし音は静かにひっきりなしにする。そして一際強く、カタンッ、音が響き、そして唐突に音は消えた。部屋に残されたのは静寂のみ。
 そう・・・・・・静寂を残し、面はすべて消えていた。


 肩を並べ、速歩きで廊下を急ぐ響夜と忍。最初に気付いたのは忍だった。
「響夜っ」
 右の壁に飛ぶ忍を見て、すぐに響夜も反対側に飛び退いた。
 一瞬後、二人の間を鋭く抜けていく白い影。それは曲がり角の壁に突きささり、壁のコンクリートの表面がひび割れ、幾つかの破片が廊下に落ちた。
「な、なんだっ?」
「面、ですね」
 やっぱり落ち着いた、忍の声。判っている事を言われると腹が立つのは何故だろう。と、やっぱりそんな状況じゃないのに突っ込む響夜。
「何で面が・・・・っ」
「後ろにいっぱいありますよ」
「いっ!」
 振り向けば、自分たちが出てきたドアの前に、あらゆる面が浮いている。  魔法か、はては手品か。しかし現実だ。こんな経験は初めてじゃない。  面はふよふよと浮いているのではない。獲物を狙う視線(?)で狙いを定める浮き方だ。
「忍っ! お前の仕事だろ、これはっ!」
「ここまで来たら体力勝負です。貴方の仕事ですよ」
 あっさりと放棄する相棒。
 響夜と忍の会話を聞いていたわけじゃないだろうが、会話が途切れた隙間を狙って、十数個の面が一気に仕掛けてきた。半端な速さじゃない。二人は慌てて角を曲がる。追い付きそうだった面数個が壁に突きささり、それ以外はちゃんと曲がって追ってくる。その後ろからも残りの面がきっちりと追ってくるのが確かめられた。
「後ろを気にしていると倒けますよ」
 なよっちい風に見えるが、足の速さは元陸上部の響夜と張る忍である。息も乱れていない。
 こなくそ、と踏張って走る。そのおかげか、わずかに距離が開く。ニヤリと笑えば、横から忍の冷めた声。
「扉、閉まってますね」
 閉めた覚えはないんですけど。
 そう呟く通り、開け放してきた玄関の扉が閉じられている。開けている暇なんてない。それだけのタイムロスで、背後に迫る面は幾つも身体に突きささり、もしかしたら両足両手、切断されるかもしれない。
「ど、どーすんだっ!!」
「打ち破るにも、どうせ敵の仕業でしょうし、開かないでしょうね」
 閉められた扉が目前に迫ってくる。背後の面はチリチリと殺気で背中を焦がす。
 前門の虎、後門の狼。
 絶体絶命の大ピンチ。
「仕方ありません」
 忍が立ち止まり、追い抜いてしまった響夜は驚いて振り向く。
「面はこちらで対処します。ただし数秒だけ。その間に扉を開けてください」
「おうっ」
 後ろの敵は忍に任せ、響夜は扉に飛び付く。扉の表面に触れた途端、触れた部分から強めの静電気が発生する。忍的に言えばアースした。
 それで終わりだ。これで扉は簡単に開く。どんな結界だろうと、響夜が触れると崩壊する。強固な結界でも、立入を禁じたものから自分を護るものまで、無差別に響夜が触れれば容易く消滅する。それが響夜の面倒な能力だ。
 玄関扉の中央に伸びている棒、把手に手をかけて相棒を呼ぶ。
「しのぶ!」


 忍は逃げ切るのを諦め、覚悟を決めて立ち止まり、背後を見据えた忍は手首に二重に巻いたネックレスを解き、両手で壁を作るように面に向かって突き出した。
 白い天然石が揺れる。
 目前まで迫っていた面が、次々に忍の前、見えない壁にぶつかって粉砕され、跳ね返る。勢いよくぶつかったのに、壊れたのは最初の数個だけで、残りの面は欠けるだけで壊れない。何度も何度も体当たりしてくる。
「く・・・・っ!」
 忍の頬が、苦しそうに歪められる。面の体当たりは相当なものなのか、忍の足元が揺らぐ。押し負け、下がりそうになる。
 もともと忍に高い霊力はない。それでも保っているのは、常に身につけている天然石が、普段から忍の霊力を溜め続けてきたからだ。それを今、一気に放出しているので保っている。しかし、響夜に告げた通り、数秒しか保たない。

―――― もう無理だ・・・・っ)

 天然石に溜められた霊力が切れる。限界だ。その時。
「しのぶ!」
 名前を呼ばれたと同時に首に衝撃が走り、気付けば首根っ子を掴まれ、玄関を飛び越えていた。忍の眼前で面は、天然石の効果が切れたのに扉を越えられず、自動的に閉じた扉の向こうに消えたのが見えた。

+++++++++++++++++++

「忍、おい、生きてるか」
 急を要したので強引に忍の首根っ子を掴んで引きずり、放り投げるように飛び出したのだが、いつもなら真っ先に文句を言う忍が沈黙している。放心していると言ってもいい。
 黒のハイネックセーターが、だらしなく首元を広げている。確実に響夜のせいだ。が、自分は命の恩人である。すぐに自分のせいなのは忘れた。
「ここはまだ危ない。もっと離れて・・・・」
「・・・・いえ、もう大丈夫です」
 放心状態から目覚めたのか、案外としっかりした声で忍は答えた。
「きっとあの面はこの建物の中でしか動けない。いえ、室内でなければ実力を発揮できないのでしょう。建物の外まで支配力が付いていかないんです」
「うん?」
「モンスターハウス。そのものズバリ、犯人はこの建物ですよ」
「建物って・・・・無機物だろ」
「年月を過ぎた品物、もしくは想い入れの強い品々は、付喪神に変化します。建物も同じですよ」



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10.06.19


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