2 風邪をひいた週末に思うこと



   俺の名前は立花要。橘流家元の孫で、一応、後継ぎにもなる。もちろん『一応』なんて単語が付く通り、実際に継ぐことはないんだけど。
 その『一応』、大事な後継者である俺が、今日、久しぶりに家に戻った。普段は寮で生活しているから、ちょっとは期待はしてたんだよ。実家の歓迎ぶりとかさ。
 なのに・・・・・・、

「なぁに、兄貴。また戻ってきたのお。よっぽどの暇人なのね」

 ときたもんだ。
 実の妹のくせに、何故久しぶりに帰ってきた実のお兄様に向かってこんなことが言えるのか。
 他にも、たくさんある。
 俺がいなかった間に増えた弟子どもは俺を不良扱いし、実の母親は俺の部屋を物置にし、祖母は祖母で、「また帰ってきたのかい」と迷惑がる始末。しかもその手には塩壷があった。偶然持っていたのか、それとも待ち構えていたのか。結論は出さないでおこう。
 唯一俺を出迎えてくれた父は昨日の夜から出張中で、俺と入れ違いで出ていった。残念そうに見えたけど、俺もすっごく残念だ。つーか逃げないで欲しかった・・・・。
「ちょっと兄貴、そこ、邪魔」

 なんだと? 実の兄貴に向かってその言葉はなんだ。

 と言いつつも、俺はその場から離れ、部屋の隅に行く。なんて立場の弱い俺。これも女系一族に男として生まれた人間の定めか。
「ねぇ、兄貴」

 なんだ?

「さっきからどうして声を口から出さないのっ。面倒でしょっ!」
「ぞんだごどびっだでなー、ぼべばがでびいでんだぞ。(そんなこと言ったてなー、俺は風邪ひいてんだぞ)」
「自業自得でしょ。ったく、風邪ひいたぐらいで家に帰らないでよね」
「(ここから普通に戻します)へーへー、わかりました。次からは気をつけますぅ」
「本当にもう・・・・、情けない」
 俺もそう思うよ(汗)。
「だいたいさ、兄貴。橘の後継者っていう自覚、ある?」
「そんなものは最初っからあったさ。ただな、継ぐ気がねぇだけ。橘流はお前が継ぐんだろ」
 普通は長男が継ぐんだけど、冒頭でも「一応」を繰り返したとおり、正当な後継者、という訳じゃないんだな、俺は。
「当然」
「で、婿養子どのは決まったか?」
「まだ全然。だって兄貴のほうがいい男なんだもん。強いしさ、藤姫とかほんとうに似合ってるもの」
 『強い』と『藤姫』が同意味だったことは初めて知ったな。
 光栄だけど・・・・ていうか、女になれなきゃ藤姫なんて踊れないし。そこに強いはない。でもまぁいい。妹が兄を尊敬してくれているのだ。勘違いでもおだてられてやるよ。
 例えば、「やっとお前も俺の素晴らしさに気がついたのか」、とか? そういう感じに?
―――― 兄貴のさぁ、友達でぇ、有沢 さんって人いるでしょ? この前の紅葉祭見にきた人・・・・・・」
「ああ、それがどうかしたか?」
 紅葉祭は身内だけの会なのだが、それに妹が出るから学校の親しい仲間内を何人か呼んだのだ。
「あの人は、どういう人?」
 俺はやっと、こいつの言いたいことがわかった。
「ああ、りょうは駄目だ。あいつは長男だし、実家も継がなきゃ駄目さしな」
 本当は、唯香のお気に入りのりょうに手を出すのはやばいからなんだけど。しかもりょうは弥瑛から転校しちまったしなぁ。
「ふうん、そっか。他の人も大変なんだなぁ・・・・・・」
「ま、あきらめろ。いい男は他にもいっぱいいる」
「そういう兄貴は? 付き合っている人とか、好きな人、いないわけ?」

―――― ノーコメント」

 本当は、好きな奴はいる。
 片想いで、俺のことパートナー以上には考えてくれない奴で、しかも俺と同じ男で・・・・・・。
 何度も諦めようと思ったけど、やっぱり諦めきれなくて、ここまでずるずると来てしまった。
 少なからずあいつも俺のことを思ってくれてると思う。じゃなきゃ男に言い寄られてコンビを6年以上も続けられるなんて無理だと思う。
 本当は今日だって、帰ってこなくても良かった。むしろあいつに看病してもらえるなら嬉しいかぎりだ。でも、俺はそうしなかった。
 あいつ ――― 有須川 透 ――― から離れて、あいつの存在が自分の中でどう位置している のか、それを確かめたかったから。
 透に想いを言い続けることは、本当に良いことなのか。
 それを見極めたかったから。

 少しだけ時間を置いて、それでもなお、あいつに惚れてると再確認した、風邪をひいた週末。



(04.12.23)


           


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