3 少しの勇気があればと思う時



 有須川 透(ありすがわ とおる)。
 《組織》の人間であり、《洗脳》《暗示》を得意とする。情報収集に長けている式・湊を使い、今日も今日とて、沖縄から北海道まで旅している、炎の始末人。
 義務付けられているコンビを組んでいるパートナーは、立花 要(たちばな かなめ)。同じく《組織》の同僚、電気を自由自在に操り、時には《雷》を落とすことも可能な電気人間。でも実際はゲームや携帯に利用したりと、かなりの節電マニア。
 二人は、出張組に属する御仕置き執行人であった。


「あれ、透ちゃんだけ? 要ちゃんは?」
 広すぎる食堂で朝食をとっていた透は、横手から声をかけられた。
 声を掛けてきたのは、同じく《組織》の同僚である砂原唯香。弥瑛西校の副生徒会長でもある(裏の生徒会長という噂もある)。
 その隣には、髪をぼさぼさにした、いかにも寝起きですといった三木乃真琴が居た。彼はこう見えても生徒会長だ。
 まあ、男だから別にいいが、身だしなみぐらいちゃんとして欲しい。
「珍しい。透ちゃんがこんな時間に食堂に居るなんてさ」
 トレイを置いて、唯香たちは俺の向かいの、奇跡に等しいぐらい空いていた席に座った。
 壁にかけられた時計は、8時ちょうどを指している。この時間帯にしては、固まりで良く空いていたものだ。食堂内は、いつものように、うるさいぐらいに騒がしい。
「それはこっちの科白だって。何で真琴がここに居るんだよ。真琴は朝抜き派だろ?」
 朝に弱く、低気圧気味の透は、朝はたいてい飲み物だけだった。真琴はそうでもないが、単に、朝食にかかる時間を睡眠に当てているだけだった。
「徹夜でお腹が空いた」
 真琴のトレイの上には、食パンとスクランブルエッグ、そして何も入れてないブラックコーヒーが置かれていた。
 相変わらず、ぽつりぽつりと要点しか話さない真琴に、透はため息をつく。

(何でこいつと、一緒に飯を食わなきゃならないんだろ)

 透は、何を考えているのか分からないこの後輩が、少々苦手だった。唯香は気に入っているらしいが。
「で、要は?」
「・・・・・・寝てる」
「いつもと反対だね。珍しいこともあるもんだ。あたしたちと一緒で、徹夜かなんか?」
「そう。次の仕事先のことで、なんか悩んでいるらしいな」
「ふーん」
 朝・昼・晩と三食をきっちり取る彼女は、ご飯と味噌汁、ダシ巻きに鯖、惣菜三種という、かなり豪華な朝食をとっていた。
 実は、この程度で腹が一杯になる彼女ではない。この後、たいていご飯のお代わりしているのは、周知の事実となっている。
「あ、透ちゃん、いいもの食ってるね。そのリンゴ、ちょーだい」
「食うじゃなくって、食べるっていいなよ」
「別にいいだろ。寮暮らしの人間は、みんな知っているよ」
「・・・・・・・・・・・・」
 《組織》に属している人間は、半分が帰る家のない孤児である。
 彼ら三人は、少なくとも帰る家はある。
 しかし、透には父親が居らず、生活が苦しいため、家計を助けるために家を出ている。
 真琴には母親が居らず、父親は滅多に家には帰らないので、帰っても意味がない。
 唯香は両親ともに居らず、祖父は健在であるが、家との確執が嫌になったため、家出中だ。
 少なくとも、本当の普通の幸せというものを持っている者は、ここには少ない。
 親が居るだけ、彼らはまだ、幸せな方であった。
「ねえ、この食堂さぁ、というか、食事の味だけどさ、変わったよね」
「おばさんが変わったんだろ」
「結構好きだったんだけどなぁ」
「昔から居るもんな。家族みたいなもんだったし」
 透自身、少し寂しかった。
「まあ、もう年だし。寮の人間は多すぎるし、朝はバイキング方式の食事だし、疲れるのも当然か。仕方ないね。感謝しなきゃね〜」
「まったくだ」
 唯香の言い分に、透も賛成する。
 真琴は、会話に関わらず、一人で黙々とパンを食べている。
「真琴〜、あんたはどう思う?」
「お腹に入ったら同じ。栄養があるだけまし」
「・・・・・・お前に聞いたあたしが馬鹿だったよ」
 横に居る真琴を睨んでから、唯香は透に向きあった。
「ねぇ、透ちゃん。要ちゃんさ、この頃おかしくない? ボーとしてる時間が長いよ、彼」
 なるほど、結局それが言いたかったのか。
 透は、黙ったまま頷いた。
「俺はなにも知らない」
「同室でも?」
「同室でも。・・・・・・あいつがおかしくなったのは、風邪で実家に帰ってからというのは分かってるけどな」
 透も、実は悩んでいた。
 要は、いつも何かを言いたそうに透を見ている。
 あいつが言い出すまではと思って、透は要を放って置いているが、要は何も言わない。だから透も、知らない振りをしなければならない。
 それが、同室としての、パートナーとしての決まりだ。
「実家ね・・・・。見合いでもさせられそうになったか?」
「風邪ひいて帰ってきた息子にか?」
「古い家ってのは、そういうもんなんだよ」
 古い家の出である当人の言葉は、とても重かった。
「・・・・・・要だ」
「え?」
「あ?」
 真琴の呟きに、透と唯香は、食堂の入り口に視線をやる。
 トレイを持ったまま、空いている席を探している要が、そこに居た。
「要、こっち!」
 唯香が、立ちあがって、要を呼んだ。
 要はそれに気付き、安心したように、こっちに小走りでやってきた。
「食いぱぐると思ったぜ。助かった」
 要は、透の左隣に座った。
 トレイの上には、唯香と同じご飯と味噌汁、そしてダシ巻きに海苔だ。
「豪勢な食事ね」
 半分近く自分の分を食べていた唯香は、自分のことは考えない。
 同じように思ったのか、要もジトリと唯香を睨んだ。
「唯香に言われたくないな。その魚皿は何だ?」
「鯖だヨン。味噌煮が一番好きだけど、塩焼きもいいね、これ」
 嫌味の通じない唯香に慣れているのか、要は何も言い返さなかった。
 この二人は、仲が良い。
 真琴とは違う関係。兄弟でも、恋人でも違う、何か分からないけれど、仲が良い。
 お互いが、お互いを必要としていないくせに、その場になると、お互いを庇い合う。親友とは違うけど、何でも知り合っているような関係。
 要とのコンビは自分のはずなのにと、たまに二人にヤキモチに似た気持ちを抱くことがある。
 もちろん、俺は二人のことを仲間だと思っているし、とても好きだ。
 だからだろう、こんな気持ちを抱くのは。仲間外れされたみたいで淋しいとは、認めないが。
「要、何でこんなに起きてくるのが遅いわけ?」
「ちょっとねぇ〜」
「ちょっとねぇ〜?」
 同じ科白を繰り返しながら、語尾を強調する唯香。
 真琴は、自分など居ない振りをしている。羨ましい性格だ。
 透は、要領の悪い自分を恨んだ。
「仕事のことだろ?」
 助け船、みたいなものを出す。
 要は、味噌汁を掻っ込みながら、横目で透を見た。
 その一口を食べ終わって、要は言った。
「関係ねーよ」
 ショックを受けている自分に、透は驚いた。そして、嫌そうに透から視線をはずず要を見て、胸が痛くなった。

 ―――― バシッ!

 かなり大きな音が、食堂内に響く。騒がしかった食堂が、この時間帯にしてはありえない静けさに包まれる。
 感傷に浸る間もなかった。
 唯香が手を上げた状態で席から立ちあがっている。
 要は透が居る方向に、顔を大きく向けている。その左頬が、紅葉柄をつけて赤くなっている。
 一目瞭然だ。唯香が、要に平手を御見舞いしたのだ。
 食堂に居た全員が、手を止めてこちらを見ている。
 真琴だけはこんな状況でも、我関せずとコーヒーを飲みつづけている。
「ゆいか・・・・っ」
「うるさい、透。ちょっと黙っていろ」
 かなり怒っている彼女に、呼びかけた透は従った。
 ここでは、彼女が最強だ。そんな状態の彼女に、逆らうことは出来ない。
「・・・・・・要、何故、あたしにこんな事をされたのか、分かっているね?」
―――― ああ」
「なら良い。じゃな」
 唯香は、自分の食べかけのトレイを持って、その場から去った。
 その珍しい光景のせいというか、怒りのレベルを超えている雰囲気せいというか、慌てて道を開けていく寮生たち。慌てて視線をそらす奴らも居た。
 何とも言えない空気が、食堂内にもたらされた。



(05.01.10)

           


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