西校学生寮生徒観察日記  1



 弥瑛高等学校西校学生寮の朝は、基本的に7時起床厳守である。7時半に朝食が始まり、9時までに取らなくてはならない。学校が始まるのは8時45分。1時限目が始まるのは9時きっかり。
 なのに何故、9時まで朝食を取ることが出来るのか。
 それは、与えられた『仕事』をこなす『出張組』のためでもあった。
 弥瑛西校は、ある『組織』の支配下にある。その『組織』に属する者は、大半が二十歳前の未成年であり、何かしらの特殊能力を持った、一般人では有り得ない人物ばかりだ。
 彼らは、学生という隠れ蓑を持った、仕事始末人、といったものだった。
 さて、『組織』に属している生徒は西校生徒の約3分の1ほど。
 残りの3分の1は一般家庭で特殊能力を持ち、家族から敬遠された者たち。
 残りの3分の1は、家や血が特殊な、特殊能力を持った者たちだ。
 弥瑛西校は、小、中、高と、特殊能力を持った者たちで構成された学校であった。
 たとえ家や血が特殊でも、特殊能力がなければ西校に入学することは出来ない。たとえ、兄弟が能力者でも、それは同じだった。

 では、特殊能力とは何なのか。
 それは普通では考えられない、科学では説明できない、人間が本来持っている能力だ。一般的にそれは、超能力、霊能力と呼ぶ。
 サイコロの目を当てたりするのは、本来人間が持っている能力の一つで、第六感というものだ。この能力は、本人の特訓次第でどうにかなるだろう。
 幽霊や精霊、妖怪なんかをみ視る能力は、霊視力と呼ばれている。これは生まれつきの能力。きっかけさえあれば開眼する能力だが、コントロールは意外と難しい。
 物を動かすことの出来る念動力も、生まれつき。ただしこの能力は、人体に及ぼす影響力が強いため、大したことを出来る奴はほとんどいない。
 人の考えていることが分かる精神感応。分かりやすい単語を使えばテレパスだ。この能力には、2種類ある。
 一つは自動的に相手の考えていることが読めたり、相手に送ることが出来たりする能力。二つ目は相手もテレパスでなければ読むことも送ることも出来ない能力。本人の考え方次第のものだが、この能力が一番人間に恐れられているだろう。
 そして最後に、『血』で受け継がれていく能力。
 この能力は対抗策が立てられない能力ばかりで、とても恐れられていた。中には禁術として伝えられているものもあるらしい。
 DNAがどうのこうのは言いたくない。それすらも分からないのだから。

 この弥瑛学生寮は、西校だけで、三葉寮・四葉寮とある。そして西校だけでなく、北と東の寮もある。その名も、一葉寮と二葉寮。
 何故北と東だけが一棟なのか。それは北校と東校の学生寮を利用する学生が少ないせいもある。一番の理由は、西の特異性に他の校の連中が耐えられないだけのことだったが。
 各寮には、寮長と副寮長が存在する。
 西校の寮長は村上 高市(男子)。副寮長は青木 祥子(女子)。両名とも西校の2年生である。
 3年生は受験が控えているため、こういったややこしい役職からは身を引くことになっていた。

「委員長、話があるんだけど」
 そう言って寮長の部屋にやって来たのは、副寮長の青木さんだった。
 委員長は丁寧に相手を叱る。
「青木さん、何度も言いいますが、僕は委員長ではなく、寮長です。気を付けて下さい」
「学校に行けば委員長よ。細かいことは気にしないで」
「ついでに、人の部屋に入るときはノックぐらいはして欲しい。最低限の礼儀ですよ、青木さん」
「次から気を付けることにするわ」
 何度も言った言葉で話を終えると、青木さんは唐突に部屋から出ていった。
「・・・・・・待ちなさい、青木さん。用があったんじゃなかったんですか」
 いつものことなので、委員長は慌てずに席を立つと、廊下に出た。
 すでに青木さんの姿は廊下になかった。
 階段を上って部屋に戻ったのだろうか、それぐらい唐突な消え方だった。
 委員長の住む204号室は廊下の真ん中に位置し、両側の階段からは一番遠いところに位置しているというのに。
「まったく・・・・・・」
 委員長は青木さんを連れ戻すのをあきらめ、部屋に戻る。
 基本的に寮は2人部屋だ。ゆえに委員長の戻っていった部屋にも、同居人がいた。
 委員長は同居人である日高 保(男子)に首を振る。
「相変わらず、逃げ足の速いことで。あのボケキャラはどうにもならないだろうなぁ」
 天然だし、と呟いた日高は、2段ベッドの上でサッカーの雑誌を眺める。
 本人はサッカーなど全くしない人間だが、知識を増やすのは好きらしく、その手の雑誌を読むのに大忙しだった。
「話は明日聞けばいいだろう。すぐ帰っていったところを見れば、そんなに大した事じゃない」
 女性相手には敬語を使っていた委員長も、同居人である日高には敬語は使わなかった。
「でも、あれ、本体じゃないぜ?」
「・・・・・・本当か?」
「委員長に嘘つくかよ」
 接触テレパスという能力を持った委員長に、嘘は通じない。
「そうだな。日高の霊視は疑いようがないしな」
 日高の持つ霊視力は、欲の持たない動物霊さえ見透すもので、それが生霊なのか、死霊なのかは、簡単に見分けがついた。
「青木さんの幽体離脱にも困ったものだな」
 幽体離脱とは、身体と精神とを分けることを言う。感受性の強い、年頃の女の子に強く見られる現象で、本人は気付いていない場合が多い。
 その点、青木さんは自由自在に幽体離脱が出来ていた。
「仕方がない。青木さんの部屋まで行ってくるよ」
「おう、ついでに307号室に行って例のものを取ってきてくれよ」
「例のもの?」
「行けば分かるって。よろしくな、委員長」
 雑誌から視線を外さずに、日高は委員長を部屋から追い出した。追い出された形の委員長は、男子専用の右階段を上り、3階に着く。
 1階と3階の奇数階は、女子専用の階である。反対に2階と4階の偶数階は男子専用だった。
 寮長でもある委員長は、比較的この階には慣れていたので、女子も何も言わずに委員長のために廊下を開けてやる。礼を省略し、委員長はちょうど自分たちの部屋の真上に来る304号室のドアの前に立った。ドアのちょうど委員長の目線の位置に部屋号が書かれており、その下に名前のプレートが二つ備え付けられている。
 部屋の中の気配を確かめ、ドアを2回ノックした。
「どうぞ、開いてるわよ」
「失礼、青木さんはいますか?」
 ドアを開け、中に青木さんがいるのを確かめてから尋ねた。
「あら、委員長。また?」
 青木さんの同居人である今野 冬美(ふゆび)が、デスクに座ったまま苦笑した。
 回転椅子を180度回転させ、委員長に向き直った今野さんは、ベッドで眠る青木さんをシャーペンで指した。
「ごらんの通り、こうなのよ。ごめんだけど、起こしてくれる? 今忙しくって」
 そう言ってデスクに向き直った今野さんは、それ以降、全くこちらを見なかった。
 今野さんのデスクの上は、御世辞にもきれいとは言えない状態だった。
 そういうことも慣れたのか、委員長は頭を下げて部屋に入ると、2階ベッドの下で眠る青木さんを片手で揺すぶる。
「青木さん、起きてください」
「ん・・・・・・」
 眠りの浅い青木さんは、すぐに目を覚ました。
「・・・・・・委員長、夜這いですか」
「あなたはさっき、幽体離脱をしたんですよ。僕のところに来たでしょう」
 青木さんの寝ぼけを無視し、会話の修正を図る。
 青木さんはゆっくりと起き上がると、髪を整え、手で目を擦った。
「・・・・・・なんだっけ」
「来週の寮当番のことでしょ」
 未だ寝ぼけている青木さんに、デスクに噛り付いたままの今野さんが助け船を出した。
 チョキチョキと、はさみを使う音がしている。
「寮当番?」
「そう、そうなのよ、委員長」
「僕は寮長ですよ、青木さん」
 無駄と知りつつ、委員長は抵抗する。
「来週からわたし、『仕事』なのよ。だから消灯を代わってもらおうと思って」
 寮当番とは寮長と副寮長が一週間ごとにする仕事のことで、朝、学校に行くために名簿を取り、夜寝る前に各部屋を回って消灯を告げることである。消灯時に部屋に居なかった者は、翌日から3日間、寮番を寮長・副寮長の変わりにしなければならない決まりになっていた。
「消灯だけですか?」
「もちろん、朝もよ。次はわたしが2週間当番を務めるから、良いかしら?」
「それはかまいませんが、1週間も居ないのですか?」
「5日もいらない仕事よ。面倒だから2週間よろしくね、委員長」
 抑揚のない調子でポツリポツリとしゃべる青木さんに、委員長はため息をついて答えた。
「分かりました。引き受けましょう。来週の月曜日からですね?」
「ええ。助かるわ、ありがとう」
 言い終わると、またもや青木さんはパタリと倒れた。幽体離脱は、かなり体力を消耗するらしい。
 微かな寝息を立て、ぐっすりと眠る青木さんを見て、委員長は笑った。
「何が面白いのよ」
「いえ、よくこの弥瑛で青木さんが生き残れたな、と思いまして」
「正直者ね、委員長は。ま、わたしも委員長のそんなところが嫌いなんだけど」
「これ以上話し合うのは無駄みたいですね。僕はこれで失礼させてもらいますよ、今野さん」
 今野さんの背中に向かって言うと、委員長は静かに部屋を出た。
 いったい今野さんは、デスクに向かって何をしていたのだろうか。
 今日もまたそれが聞けずに委員長は次の用事の場に向かった。



           

H15.02.05

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