西校学生寮生徒観察日記  2



 307号室は、女子専用の左階段から上った方が早い位置にあった。つまり、階段の横である。
 部屋号の下に、名前のプレートが同じように付けられており、そこには一人分の名前しかない。
 委員長はノックを2回繰り返した。
 人のいる気配は部屋の中になかった。しかし委員長は、無礼にもドアノブを回してドアを開け放った。
「失礼、入りますよ、生徒会長」
 頭を下げて部屋の中に入る。
 部屋の中は、今野さんの机以上には綺麗だったが、それでも散らかっていた。
 服が散らかっているのではなく、本や紙束、わけの分からないものが秩序なく散らばっている。まともに片付いているのは、ベッドの上だけだった。
 すると、気配はなかったはずの部屋なのに、ムクリとセミダブルのベッドから元西校中等部の生徒会長と呼ばれる人物が起き上がった。
 本来中等部の人間はこの寮(四葉寮)に許可なくして入ることは許されていなかったが、彼・・・・三木乃 真琴・・・・だけは、見て見ぬ振りでこの部屋に寝泊りしていた。
 この部屋・・・・・・というよりも、7の数字がつく部屋は他の部屋よりも比較的小さく、一人部屋となっていた。故にベッドも大きいが、一つしかなかった。
「生徒会長、起きていますか?」
 まだ8時だというのに、何故尋ねる人はみんな寝ているのだろう。
 委員長は呆れながらも、ベッドに近づいた。
「207号室の村上です。同じく207の日高の代わりに来ました。なんでも日高のものがあるとお聞きしましたが・・・・・・」
 自分よりも二つ年下の中等部の生徒会長にも丁寧に、委員長は聞いた。
「207の日高・・・・・・。ああ、あれか・・・・・・」
 中等部の3年間を生徒会長という職についていた彼は、青木さんと同じだが、ちょっと違う抑揚のない話し方をしながら、ベッドから降りた。
 上半身裸で、下はジーパンだけという姿で、散らかった部屋の中を動き回る。
 どうやら、何があるのか本人なりに理解はしているらしい。
 委員長は中等部の生徒会長の邪魔にならないよう、ベッドに腰掛けた。

―――――― !?」

 委員長はいきなり揺れ出したベッドから、慌てて飛びのいた。
 気付いていないのか、中等部の生徒会長は部屋の隅で何やら呟いている。
「これじゃないな・・・・・・。これは402の・・・・・・」
「せ、せいとかいちょうっ」
 委員長は、ベッドがいきなり揺れ出した原因が目の前に現れると、科白を漢字変換するのも忘れて怒鳴った。
「・・・・・・おや、寮長じゃないですか。夜這いですか」
「生徒会長っ、説明して下さいっ!」
「ん?」
 ベッドの中から現れたのは、下着姿だけの西校高等部の生徒会長だった。
 目のやり場に困り、委員長は耳を赤くして生徒会長に詰め寄る。
「まあまあ、寮長らしくないですよ、怒鳴るなんて。落ち着いて落ち着いて」
 高等部生徒会長の砂原 唯香さんの言葉に、委員長は深呼吸を繰り返す。
 何も高等部生徒会長の言うことを聞いたわけではなかった。このままだといけないと、自らを戒めるためだった。
「落ち着いた? 寮長?」
 未だ下着姿の彼女は、身体を隠す気はないらしい。
「寮長、207の日高のものだ。次からは自分で来るよう言っておいてくれ」
 やっと見つけたのか、中等部生徒会長がA4のかなり厚い茶封筒をよこした。
「・・・・・・これは、どういう事ですか。説明してください、砂原さん」
 生徒会長が二人もいるため、委員長は紛らわしくないよう苗字で呼んだ。
「って、何を?」
 本当に分かっていない高等部生徒会長に、委員長は肩の力を抜いた。
 脱力感の襲う身体に鞭を当て、委員長は開けっぱなしだったドアを閉め、内側から鍵を閉めた。
「「寮長?」」
 二重声音を無視する。無視して、この寮が防音なのを感謝した。

「生徒の代表が何をしてるんですかっ!! 学校を率いているという自覚があるんですか!? それともないんですかっ? きっちりと今の状況を説明しなさいっ!!!」

 今までのためにためたものを爆発させた寮長は、肩で息を吐くと、説教を続けた。

「そもそも学生の分際でそういう淫らな行為をしてもいいと思っているのですかっ。生徒会長自らが規則を破ってどうするんですっ! この学校の品性を落とす気ですか、それならば他の学校に転校してからにしてください!! そもそも砂原さんっ、何故あなたがここにいるんですかっ」

「何故って、ここ、あたしの部屋なんだけど・・・・・・」
「なら何故、三木乃くんがこの部屋にいるのです?」
「真琴の部屋に行って見れば分かるよ。そもそもこの部屋は一人には広いでしょう?」
 なら良いじゃない、と砂原さんの言葉に、三木乃くんは肯いた。
 滅多にしゃべらない三木乃くんに変わって、砂原さんが説明する。
「そもそも暗黙の了解じゃなかったけ、真琴のことは。この階の女の子たちも真琴のことは何とも思ってないしさ。それに、迷惑はかけていないでしょう?」
「そういう問題じゃありません」
「そういう問題です。それに、淫らな行為って何? 寮長は何を期待しているわけ?」
「期待って・・・・・・」
 委員長は、頬を赤くした。
「真琴とあたしはそういう淫らな行為をする関係じゃないよ。あたし、寮長みたいに何でもかんでも外見だけで人を判断して決め付ける人って嫌い。さらに言えば、親切ぶって説教する人もね」
 砂原さんは、相手が年上でも、容赦しなかった。
「寮長の気持ちも分かる。見かけは、確かにそう。あたしたちは確かに悪い。寮長以外の人だってそう思っている人はたくさんいる。でもさ、みんなは寮長みたいなことは言わない。人は人って見てる。寮長、寮は、寮生たちは、家族じゃないよ。自分の考えを押し付けちゃ駄目。それとも、自分の知られたくない秘密さえ、言わなくちゃならないのが家族? それって間違っているよ」
「唯香の言う通りだな、寮長。間違っていないけど、正しいとは限らない」
「・・・・・・わかりました」
「「寮長?」」
 委員長は、自分の無知を改め、二人に言い渡した。
「次の寮長には、君たちを押す。それでいいな」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 二人は何を言われたのか理解できず、黙り込む。委員長は辛抱強く、二人がこちら側に戻ってくるのを待った。
 一番初めに戻ったのは、三木乃くんだった。
 彼は黙ったまま委員長と砂原さんを無視して、一つしかないベッドの中に戻っていった。
 相変わらず、何を考えているのか分からない奴だ。
 委員長は、苦笑した。
 それでやっと気付いた砂原さんも、三木乃くんと同じく、ベッドの中に潜っていった。
「・・・・・・二人とも、返事は?」
「寝言は寝て言えよ、寮長。生徒会役員が寮長になれるわけないだろ」
「ジンクスを気にするタイプとは思えませんが」
「気にしない。けど、悪魔は信じる」
 妙な事を言い出す砂原さんは、実際悪魔の知り合いが居るとか居ないとか・・・・・・。
 年上に対しても、滅多に敬語を使わない彼女は、この寮だけでなく、弥瑛校全体のボスである。
 委員長は、砂原さんにもう一度頼んだ。
「いやだね。何度言ったら分かるんだよ、寮長は。あたしは忙しいの。寮長にふさわしい奴だったらもっといるでしょう。たとえば桂とか、その他にも・・・・・・」
 つらつらと5・6人の名前を挙げていった彼女に、委員長は微笑を浮かべる。
 結局のところ、砂原さんは人が良いのだ。
 委員長は、砂原さんの述べた人の名前をすべて覚え、その場を去ることにした。
「ご協力、感謝しますよ。砂原さん。三木乃くん。次からは気を付けて行動してください。後、三木乃くん、日高の代わりにお礼を言います。ありがとうございます。・・・・・・じゃ、これで失礼します」
 砂原さんはシーツから手だけを出して挨拶し、三木乃くんは黙ったままで挨拶をする。
 相変わらず、人が良いのか、良くわからない人たちだ。
 委員長は307号室のドアを音を出さないように閉めると、同じ階の女子に見つからないよう、これまた静かに階段を降りていく。
 慣れ親しんだ2階に着くと、自然と溜息が出てくる。
 204号室までたどり着くと、身体中に走っていた緊張感が溶けていく。一応礼儀として、ノックをした後に部屋の中に入る。
「おかえりー、遅かったな」
「ちょっとな。ほら、頼まれていたもの。これでいいのか?」
 出ていく前と変わらずベッドに寝そべっている日高に、分厚い茶封筒を手渡す。
 日高はその場に座り直すと、茶封筒の中身を確かめる。
「これこれ。サンキューな、委員長。これ、滅多にないやつだから・・・・・・」
「へぇ、そうなのか」
「中身、見た?」
「いや・・・・・・?」
「あそ、なら見せてやるよ。委員長もタマには息抜きしなきゃね―」
 そう言い、日高は茶封筒ごと上から投げてきた。そう高くないので、易々と受け取る。
「見ても良いのか?」
「どうぞ」
 委員長は、躊躇いながらも茶封筒の中を明かりの下で覗く。
 それは一冊の雑誌だった。書店名の書いてあるカバーのせいで、表紙は見えない。
「何の雑誌なんだ?」
「委員長の縁のない雑誌。輸入もんだぜ? しかもモザイクなしの超リアル」
 その一言で、委員長は何の雑誌なのかを悟った。
「日高っ。そんないかがわしいものを寮に持ち込んで良いと思ってるのか!?」
「思ってるよ? だからここにあるんだろ?」
「これは没収するっ! まったく・・・・・・っ」
「ちなみにさ、委員長。いかがわしいものって言ってるけど、何の雑誌だと思っているわけ?」
「外国のHな雑誌だろう? それとも写真集か?」
 委員長は没収専用のボックスの中にそれを仕舞い込む。
 見るのも触るのも嫌だった。
「委員長のスケベー」
「なんだとっ。それは日高のほうじゃないか!」
「何の妄想してるか知らないけど、中身を確認したほうがいいよぅ? 授業に使うものかもしれない。 なんたって、三木乃が手に入れたものなんだからさ」
 そうだろう? といった日高に、委員長もそうかもしれないと思い始める。
 なんたって、あの三木乃くんなのだ。
「確かに、そうかもしれない」
 日高に乗せられた感もあるものの、委員長は素直にボックスから先ほどの茶封筒を取り出す。がさがさという音と共に雑誌を取り出す。書店名は崩した筆記体で、ALL of BOOK と書かれている。すべて、英語だ。
 委員長は嫌な顔を崩しもなく、躊躇いもせず、表紙をめくった。
 一枚目は、どっかの毛髪の広告。そしてこの本の題名だろう一文。
 意味は分からないが、最後の単語は「マニア」と読めた。
「それらしい単語だな」
 委員長は続けて2枚目をめくる。
 そこの見開きは分類ごとに分けられたもくじだ。専門用語が多すぎて、ほとんどが読めない。
 こんなものが日高には読めるのだろうかと、変な感嘆が口から漏れる。
「えっへん」
 何故か日高は偉そうだ。それを無視して次をめくった。
 その瞬間、委員長は眉をひそめる。そして猛烈な早さで次々とページを捲りだす。
「騙したな、ひだかっ!!」
「騙される方がおかしい。というか、騙した覚えはない。輸入物で、モザイクなし。しかも超リアル。それだけしか俺は言ってない」
 確かにその通りだ。そして、専門用語の多い単語も理解できた。
 その雑誌は、全国の軍隊の制服と、いろいろな戦艦や武器が載った軍事マニアの機関紙だったのだ。しかも完全予約制。
「・・・・・・別に、三木乃くんに頼まなくても良いんじゃないのか?」
「ちっちっちっ。甘い甘い。日本じゃあ、送られてくるのが遅いんだよ。その点、三木乃の親父はあっちにいるからな。遅いけど、正規に送られてくるよりは早い」
「税関は何を・・・・・・」
「三木乃の親父に逆らえる奴がいるかよ」
「そうか・・・・・・」
 三木乃くんの親父さんは、NASAで働いているのだった。
「委員長、いい加減、そういう考え方は改めた方が良いぞ。いらん誤解を受ける。今みたいに、寮長でいるならば、少しの規則違反は見逃すべきだと思うぞ。俺は」
「・・・・・・・・・・・・」
 正論だと、委員長は思った。
 この寮には、寮長である自分のいうことは聞かないくせに、砂原さんや、三木乃くんの言うことは聞く寮生がたくさんいるのだ。
「だが、憎まれ役は一人ぐらいいないと」
「ちょっと違うなー。俺らは委員長を憎んでないよ。煩いとは思うけどな。厳しすぎるし。でもさ、寮長が厳しいおかげで、こうやって俺らは自由でいられる。そこんとこはね、ちゃんと理解してるんだ。ただ、なんでもかんでも決め付ける行為はいけないと、俺は言ってるわけよ。分かる?」
「・・・・・・ああ」
「そもそも委員長、俺たちの最初の印象最悪だったっしょ?」
「ああ」
 始めてこの部屋で向かいあった時、お互いが気に食わない存在だと、お互いに思っていることが分かった。
 日高は自分を優等生の煩いやつだといい、自分は日高を不良だと言いきった。
 今でもその思いは変わらない。が、考え方は変わった。
 不良と一言で言っても、いろいろな奴がいるんだという事を、日高は教えてくれた。
「俺たちがこうやって仲良く暮らしていけんのも、お互いが理解し合ったからだ。だからさ、その理解を、他のやつにも示さないとな」
 日高はそう言うと、この話はこれで終わったということを示すために、委員長の手から雑誌をもぎ取り、また、寝転がる。
 雑誌を捲る音だけが、自分たちの空間にある。
 委員長も、肩をすくめて机に向かった。まだ、明日の予習が残っているのだ。
「・・・・・・日高」
「あん?」
「お前、将来の夢は教祖様だとか言ってたよな」
「おお」
「お前らしいと思ったけど、やっぱりお前らしくない」
「はあ? じゃあ、何が俺らしいのよ」
 委員長は、ノートに向かったまま、視線だけを日高に泳がした。

「お前、教師に向いてるかも」

〜了〜

     

H15.02.05

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