第4章 深夜に騒ぎを起こすで候



「崎先輩のところに?」
 架六のその一言を聞いた水純は、倒れそうになる自分をやっとのことで支えていた。
 架六の交際範囲が広いのは知っていたが、まさか生徒会長とも懇意の仲だったとは。見識があるのは知ってたけど、改めて聞かされると心臓に悪い。
「これから生徒会長の家に行くぞ」
「・・・・・・崎先輩のお家って、実家? それとも寮?」
 寮生なら、学校から近い。歩いて7・8分ぐらいだ。水純の実家からだと、10分はかかる。
「実家らしい。住所は聞いたぞ。案内しろよ、水純」
 そう言って架六が出してきたのは一枚のレポート用紙。用紙の上に住所が書かれており、その下に細かい地図が描かれていた。
―――― なんで崎先輩寮生じゃないのっ!?」
 住所は、弥瑛学園のある県から、4つも離れた県だった。
「遠いのか?」
「先輩、どうやってここまで来てるのっ?」
「そんなの知るか」
 架六の答えは、至極当然のもの。放課後、家に帰る途中に持ち出されたいつもの無理難題。
 水純は、泣きそうになる自分を押さえる。
「崎先輩、助からないの?」
 死神である架六は、魂を受け取るその仕事を水純に手伝わせている。
 しかし、今まで自分の知り合った人はその中に含まれたはいなかった。
「どあほう者。今日のは仕事じゃない。個人的に頼まれたんだ」
―――― 誰かを空にやるの?」
 崎先輩の頼みで、誰かを殺すのか。
「その反対。もう良いだろう、行くぞ」
 架六の腕が水純の腰に回る。水純は、しっかりと架六のマントをつかみ、落ちないよう、ふんばる。架六のマントに触れている限り、そんなことは決してないが、どうしても怖い。
 浮遊感に包まれる。両足が地面から離れた。
 水純と架六は、空に浮かんでいる。そしてビルよりも高く、雲よりも低く跳びあがる。
 崎先輩の実家についたの5時すぎ。車なら4・5時間かかるところを、1時間もかけずに着いた。
 空気の抵抗はなく、しかし風による温度低下だけは免れなく、水純は震える肩を抱いて、やっと固い地面に降り立つことが出来た。
 そこは、教会だった。大きく、立派ではないが、小奇麗にしてある。信仰が残っているのだ。
「ここが、崎先輩の・・・・・・?」
「らしいな。・・・・・・らしくないなぁ、あいつには」
 失礼なことを言う架六に、水純は冷や汗をたらす。むしろ死神の架六自身が似合わない土地なのに。
 そこへ、後方から声がかけられた。
「架六、着たのか。宍戸さんも、いらっしゃい」
 声の聞こえた方に向くと、そこには我が弥瑛西校自慢の生徒会長、崎愁一先輩がいた。
「崎先輩、あの、初めましてっ」
 何度も見たことがあるといっても、それは所詮、ブラウン管のアイドルのようなもの。水純は、始めて前にする人気者の生徒会長に、びくびくする。彼とまともに付き合えるのは、同じ生徒会仲間だけだという噂まで流れているぐらいなのだ。
 それに引き換え、架六は偉そうに顎で指図している。
「さっさと用件を言え。誰なんだ、その助けて欲しいってのは。そんでもって、何から助けるんだ」
 その瞬間、いつもの親しみあふれる生徒会長の笑顔は消えた。真剣な、切羽詰まった表情。殺気すら溢れるその様子に、水純は姿勢を正す。
 この人も、西校に選ばれた生徒だ。普通じゃない人間なんて弥瑛にはいない。
「まずは、おれの部屋に来てくれ」
 崎先輩は教会の裏手に案内し、住宅になっている家の玄関まで来た。
 家の中は、お香らしきものが漂っている。甘ったるい匂いだ。
「二親とも、今はいないんだ。だから寛いでくれ。こっちだ」
「おじゃまします・・・・」
 始めてかもしれない。男の人の家に、こうやって案内されて入ったのは。いつもは、架六のお供として忍び込んでいるから。
 階段を上り、廊下を歩くと、また階段を上る。どうやら3階建てらしい。そうは見えなかったけど。
 しかし上って理解した。そこは3階ではなく、屋根裏部屋だったのだ。
 天井は三角になっており、端によるごとに低くなっている。正面の窓には嵌めこみの窓があり、そこからは気持ちが良い風が入ってきている。天井に嵌めこめられた窓は、一枚のステンドグラス。オレンジ色のそれには、天使が二人描かれている。とても綺麗で、幻想的な光景だった。
「こいつなんだ」
 崎先輩が示す方を向けば、シングルベッドの上でシーツに包まれた同年の男の人がいた。
 崎先輩や、架六には劣るものの、それなりに整った顔立ちをしている。
 目を瞑っている今でも、子供っぽい雰囲気が漂っている。その目を開き、外で活動するときも子供っぽいんだろうと思わせるほどには、日に焼けていた。しかし、その表情は、今は蒼い。
 あまり家具のない、人気のないこの部屋に、あまりにもそぐわった顔色。
「どうしたんですか、この人・・・・」
 その水純の問いをはぐらかし、崎先輩は話し出す。
「こいつは俺の中学校時代からの友人なんだ。親友と言ってもいい。それぐらい大事な奴だ。もちろん、俺たち弥瑛の人間とは関係のない奴だ。・・・・・・だからこそ、大事なんだけどな」
 その一言には、とても強い『想い』が込められていた。
 崎先輩にとって、この人は『救い』なんだと、わたしは感じた。能力者は存在してはいけない異質なもの。そんな者たちにとっての救いが弥瑛にあるのならば、崎先輩にとっての救いや安らぎは、きっと彼なんだ。
「架六・・・・、こいつを助けてやってくれ。そのために、病院から運んだんだ」
「なぜ?」
「医者は、大丈夫だと言った。手術すれば80%の確率で良くなると・・・・っ。こいつの家族もそれを信じた。けど、俺は信じられない。だからだ」
 80%という数字は、高いように見える。けれど、崎先輩のように大事な人から見れば、確かな数字ではないんだろう。残りの数値が、余計なんだろう。
「架六、どうなんだ? いや、答えなくてもいい。答えは聞きたくない。助けてやってくれ」
「俺に、死神としてのプライドを捨てろって?」
「そうは言ってないっ!」
「そう、言っている。死神は魂を本来行くべきところに導くのが仕事だ。そのための特殊能力も使える。崎が言うような死を散らす能力も持っている。けどそれは、死んでいく者のために使うもので、お前のような生きる者のために、我侭で使っていいものじゃない。それだけは曲げられない」
「じゃあ、等価交換だ。おれが死ねばこいつを生き返らせてくれるか?」
「こいつが死ぬと仮定するならば、不可能ではない」
 いつものチャランポランさを払拭した架六は、至極真面目だ。
 邪魔をしてはいけない。水純は、大人しくベッドの端によって、眠ったままの彼を観察する。
 まるで、死んだように深く眠る彼。眠り姫が男の人だったら、こんな感じにだったかもしれない。
「じゃあ・・・・・・っ」
「けど、お前は死なないだろう。不可能だ」
「架六っ!」
 床に膝をつけ、頭を下げる崎先輩。土下座をしている。土下座なんて、普段生活している分には、まったく必要ないことなのに・・・・。
 本当にこの人が大事なんだと、わたしは羨ましい気持ちになる。その想いが分かるから、土下座を止めてくれと言えない。
「・・・・・・崎、何で医者の言うことが信じられないだ? それがわからん」
「・・・・・・あいつ、60%もないって、言いやがった」
 あいつとは、担当医のことだろう。80%と言っていたのに・・・・。
「思考を読んだのか」
「流れてきたんだ。こいつのことで頭がいっぱいで、コントロールするゆとりなんて無かった」
 精神感応者(テレパシスト)として特に優秀な崎先輩が、携帯電話の電波さえも読み取ることが出来るというのは、西校では有名な話だった。
 もちろん、水純も唯一死神に取り憑かれて生き残っているものとして有名だが、それは本人たちが知らない事実だ。
 架六は、難しい顔つきで崎先輩を見やっている。
 ―――― 助けてあげてよ。
 水純のそんな思いは、架六には伝わらない。言ったとしても、退けられるだろう。
「・・・・・・そんなに、大切なのか」
 その一言は、崎先輩や水純だけではなく、言った本人である架六にさえ影響を与えた。
 先輩は、驚きから冷めたような顔で、架六を見つめる。
「俺の命そのものだ」
 きっぱりと言いきった崎先輩。
 とても気持ちがいいその答え方に、架六は、気に入らないとばかりに、ため息をつく。
「架六ちゃん」
「ちゃん付けはよせ」
 律儀にも、訂正する架六。すでに条件反射になっているのだ。
―――― 生徒会長。悪いが、こいつを殺す権利も、生かす権利も、俺にはない。生徒会長を殺す権利もだ」
―――――― っ。・・・・・・絶対に?」
「権利が無いんだ。義務もない」
「じゃあ、生き返らせることは、出来ないのか・・・・っ!!」
「生き返ったところで、こいつはもう、こいつじゃないけどな」
 架六に、いつか説明してもらったことがある。
 死ぬということは、心臓が止まることでも、脳が命令を出さないことでもない。身体という器を、魂が拒んだことを言うのだ、と。
 好き好んで、身体を手放す奴は少なくない。でも、身体の方が魂を拒むときもあるのだと、架六は言っていた。
 魂とか、そういうのって信じていなかったけど、今は、なんとなく分かっている。
 魂が身体を拒むのは『寿命』ということで、身体が拒むのは『病気』や不意の『事故』ということなのだ。
 前者は『自殺』を求めるもの。つまり、自分で自分の命を絶つのだ。
 後者は自分の身に起こったことが理解できず、有耶無耶になってしまった者。そして、悟ったものだけだ。
 ベッドに眠る彼は、後者だ。
 彼は、自分というものを悟ってしまっている。諦めがいいというのも違う。ただ、悟ってしまっただけなのだ。
「たけるを・・・・助けられないのか」
 『たける』というらしい、この人は。先輩の口からもれる名前は、強すぎる感情を含ませている。大事な人間だと、改めて再確認する。
「死神の特殊能力を、こいつには使えない。使おうとしても、こいつ自身が拒むだろうな」
 架六は、しみじみと語っている。心なしか、その表情には人をからかうようなものがある。
「架六ちゃん」
 この非常時に、何故そんな顔をするのかと、水純はとがめる。
 架六は肩をすくめ、水純ににやりと笑う。
「架六ちゃんっ」
「俺たちに出来るのは何もない。ここに居たって邪魔なだけだ。帰るぞ、水純」
「でも・・・・っ」
 水純の言い分を無視し、架六は呆然と佇む崎先輩を見やる。
「生徒会長。助言を一つくれてやる」
「・・・・・・――――
「そいつを早く病院に返すことだ。その分、可能性は高くなる。どんな病気かは知らないけどな」
 せせら笑うと、架六は水純の背を押して屋根裏部屋から出る。
 屋根裏部屋は扉が無いため、そのまま階段を降りる羽目になる。
「架六ちゃん・・・・・・」
「し。静かにしとけ」
 水純は、納得がいかないながらも、架六の言うことを大人しく聞く。
 架六が無理といったなら、それはやっぱり無理なのだ。架六に出来ないことが、自分に出来るわけがない。その場の慰めは、崎先輩にとっても、家族にとっても辛いだけだろう。
 水純は、何も出来ない無力な自分を責めつづけ、架六に連れ去られて家に戻った。


 自分の部屋に戻ってからも、崎先輩とたけるさんのことが忘れられなかった。
 何も手がつかず、水純は椅子に座ったり立ち歩いたりとを繰り返している。
「落ち着かんか」
「・・・・架六ちゃんの馬鹿」
「何だとっ!? 何処の誰を掴まえてそんなことが言えるんだお前はっ!!」
 架六の怒りも、今の水純には通らない。
 あんな崎先輩に、あんなひどいことを言って、ひどい態度を取って。それが水純には許せない。
「崎先輩に、明日謝って」
「なんで。俺は謝るような事をしていない。そもそもこの俺さまが人間ごときに頭を下げるなんざ、一族に一生顔向けできないね」
「架六ちゃんっ!」
 いつにない水純の剣幕に、架六は黙りこむ。それでも、返事はしない。
「ひどいよ、あんな言い方。もっと、別の言い方があったと思う。架六ちゃんは西校のことを知らないからあんな言い方が出来るんだ。知ってたらあんなこと言えないよっ」
 弥瑛西校は、特別な学校だ。生徒の大半は親に捨てられた孤児だし、施設にいた者も多い。そのために小学校から寮(小学生は施設)もある。
 中には実家から、つまり『普通』のところから通っている人もいる。でもそれは家系だったり、理解があったりする人たちだけ。
 能力者たちが集まる異端の集団が、正気を保っていられるのはなぜか?
 それは、たけるさんのような人が学校にあるからだ。自分も普通であると、まだ狂ってはいないと、そう思えるような存在が周りにあるからだ。
 学園内だけは、異能者は異能者ではなく、普通でいられる。異能の中にあるからこそ、そここそが自分の普通になる。つまり、異能者ではない一般人が学園に入り込めば、一般人こそがそこでは普通ではなく、異端になるのだ。
 そんな存在を失ってしまうという、危機的状況に崎先輩はいる。
 つまり、架六は崎先輩に対して『狂ってしまえ』と言ったようなものなのだ。
「あれじゃ、先輩が可哀想過ぎる・・・・っ」
「たけるという奴は可哀想じゃないのか?」
「そんなこと言ってないよ・・・・っ!」
 架六は、水純の必死の説得を鼻で笑った。
「人間は、死ぬために生きてるんだよ」
「そんなっ」
「死ななきゃ人間は生まれてこんだろう。何を当たり前のことをそう悩むんだ。ったく、これだから人間はくだらない」
 本当にそう思っているんだろう。架六のその口調は、皮肉でいっぱいだった。
 水純は、間違っていると言おうとしても、どうしても反抗できない。人間がいつかは死ぬのは、架六の仕事を手伝った水純は十分知っていた。
 返す言葉も見つからず、でも違うという思いだけを残し、水純はうなだれた。



           

H16.07.24

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