第5章 後日にて、騒ぎを起こすで候



 崎先輩は、あれ以来元気が無かった。
 詳しくは分からないけれど、会議を忘れたり、召集を忘れたり、授業中に教師に立たされたり、大事な書類を置き忘れたりと、初歩的な失敗が多いと言う。
 委員長である村上くんの言葉で言うと、魂が入っていない状態だとか。
 あれから1週間が経とうとしている。
 たけるさんの手術は行われたのだろうか。それともまだだろうか。失敗したか、成功したか。
 聞くに聞けない状態のまま、水純は崎先輩を避けた。
 架六のことも、今は冷戦状態にあり、用があっても絶対に呼ばなかった。
「この頃元気ありませんね。大丈夫ですか?」
 村上くんは、毎日気を使って声をかけてくれていた。
 それはとてもありがたかったし、人の優しさが目にしみた(身ではなく、目だ。実際に涙で沁みたから)こともあった。
 大丈夫だと答えるけれど、村上くんはちゃんと分かって、微笑んでくれる。
 人間を馬鹿にする架六に、見せてあげたい微笑だった。
「水純、この頃崎先輩、どうしたのかな」
「うん・・・・」
 崎先輩にあこがれている果歩には、いつもこういう返事しか出来ない。この頃では、果歩も水純に気を使って、一人にしてくれていた。クラスメイトもしかり。
 架六は水純の前には滅多に姿をあらわさなくなっていた。
 その代わりと言っては何だけど、架六は遠野先輩のところにいるらしい。
 迷惑かけてなきゃ良いけど。そう思うものの、遠野先輩のところにも行けない。
 この頃おかしい崎先輩に、遠野先輩は付き添っているからだ。二人は親友だから、それも当然だった。けれど、たけるさんとも親友なんだ、崎先輩は。
 無力な自分を、水純はこれ以上なく、卑下していた。


 昼休み、果歩と一緒にお弁当を食べ終わり、身にならない雑談を交わしていると、この頃では珍しく架六が傍にやって来た。
 果歩が水純を見ながら、架六に視線を送る。
 クラスメイトの誰もが、今の水純たちの状態を知っている。全員が、視線を送ってきた。
「水純、良いものが見られるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 架六の言葉に、気になるながらも、水純は無視をする。
 架六の科白には、果歩が答えた。気を使っているわけではなく、何もなかったように振る舞っている。それが果歩の美点だ。
「面白いものって何かしら」
「全校生徒が知っている人物の、あられもない姿だ」
 自信満々に答える架六に、全員が首を傾げる。さすがに水純も傾げた。
「それって・・・・、誰? 何が起こるの? ヒントぐらい出しなさいよ」
「今日、生徒会長のやつは休んだぞ」
「生徒会長が休んだ? それと何の関係があるわけ?」
「水純には分かる」
 水純は、架六の顔を見た。
 今までのことは忘れたかのような架六の顔には、楽しげな色がある。
「・・・・・・架六ちゃん、まさか」
「まさか」
 同じ単語で架六は否定する。
 たけるさんを助けてくれたのかと思った水純は、眉をひそめる。
「まぁ、見てなって。面白いもんが見れるから」
 赤い唇を吊り上げ、架六は廊下を見やる。
 連られて、クラスの全員が廊下を ――― 教室の入り口を見やる。ドアは閉まっており、誰も居ない。
「架六ちゃん?」
「待って、誰かがこっちに来る」
 果歩はそう言うが、何も聞こえないし、何も感じない。しかし、『予知』が得意な彼女には何かが分かったのだろう。真剣な顔をしてドアを見つめている。
 他にも気配が読める者や、霊感の強い者が、こちらに来るものの存在を確かめている。
「来る・・・・・・っ!」
 果歩がそう言った途端、教室のドアが、バーンと大きな音をさせて開いた。外開きのドアは、付随する壁と同じように、ビリビリと震えている。
 入り口には、顔を真っ赤にさせ、荒く息を吐いている生徒会長の姿があった。

「架六っ! よくも騙してくれたなっ!!」

 耳が、キ ――― ンとなった。耳を押さえるも、間に合わない。
 崎先輩は怒鳴り終えると、一直線に架六の前に立つ。
「遠野から聞いたぞっ! あの時、たけるはそう言う運命じゃなかったってなっ!!」
「え、どういう事ですか、それ!?」
 水純が慌てて尋ねると、崎先輩は憎憎しげに語った。あの時、たけるさんは死ぬ運命にあったわけはなく、そもそも手術は100%の確率で成功するはずだったらしい。
「そもそも俺は、最初から死神としての能力は使えんと言っている」
「紛らわしい言い方すんなっ!」
「助言を与えただろう」
「あんなのが助言と言うもんなのかっ。おれは、真剣に頼んでたんだっ!」
 世にも珍しい、顔を真っ赤にして叫ぶ生徒会長。クールが売りの、冷静な生徒会長象が、崩れていく・・・・・・。
 架六が言っていた、面白いものと言うのは、崎先輩のことだったんだ。
 クラスメイトはおろか、廊下からも、覗いていく人が増えていっている。
「まんまと引っかかった。最初から死なない奴を助けてくれと言ったところで、お前が役に立つはずもないよなっ」
 そもそもお前は死神だし。
 崎先輩はそう呟くと、架六の姿を上から下へと眺め、ふんっ、と鼻で笑った。
「今回は俺の負けだがな、次は覚悟しとけよ」
 今だ耳まで赤い崎先輩のその科白は、負け惜しみ以外の何でもない。それでも決まって聞こえるのは、彼が部類の美形だから。
「ところで、病気は何だったんだ?」
 からかうように架六は尋ねた。
「知るかっ!!」
 架六の言葉に敏感に反応する崎先輩は、深呼吸して呼吸を整えると、いつもの冷静な生徒会長に戻る。いつもの、自信満々で、頼れる先輩だ。
「宍戸さん、迷惑をかけて申し訳ない。この頃の君たちの関係は遠野から聞いて知っている。僕の至らなさのために仲違いを起こさせてしまって悪かった」
 そう言って、天下の生徒会長は、一介の生徒に頭を下げたのであった。


 弥瑛ニュース速報 特別号            7月2日(水) 晴れ

 西校の有名生徒会長の崎愁一くん(2年)が、あの死神・架六の持ち主・宍戸水純さん(同校1年)に頭を下げた事件はまだ記憶に新しい。それも当然、事件は昨日の1日の昼休みに起こった。生徒会長は架六に喧嘩を売りに行ったという。
 そもそもの発端は何だったのか。それは、さすがに生徒会長も親友のわたし ―― 発起人・遠野水月 ―― には話してくれなかった。が、目撃者の有言をまとめ、わたしなりの推測を入れると、どうやらこんな話だったらしい。
 何でも、生徒会長の友人らしき人物が、危険な状態にいたらしい。もちろん危険とは、命の危険だ。それを知った生徒会長は死神である架六にどうにかならないかと相談したとのこと。それを架六はにべもなく断ったらしい。しかし、これには訳があった。架六が言うには、その友人 ―― 仮にA君としますが ―― は死ぬ運命には無かった。だから断った、と。それもかなりわざとらしい言い方で。間に受けてしまった生徒会長は、皆も知っているように、小さなミスが多くなっていた。
 後に彼はその真相を知って、生徒会長は架六のところに行き、感情を爆発させてしまったのである。
 生徒会長のミスとともに、架六は宍戸さんとも仲違いをしていた。生徒会長は、この件をひどく気にしてしまい、宍戸さんに頭を下げたのであった。

追伸――
――世にも珍しい生徒会長の慌て振りに、その場に居合わせることの叶わなかった写真部が、その後取材に訪れた生徒会長室で、生徒会長の逆鱗に触れて1週間の部活停止処分になった。みんなも権力を持つ相手には気をつけよう!! (水月)



     

+あとがき+

 「風にのって」 完結。
 このお話は、過去のものです。砂原唯香さんはこの時中学三年生で、そこでは副生徒会長を務めています。高校入学と同時に崎の後輩になり、生徒会長の任を継ぐわけです。
 ここで説明したところで意味ないですね。最初にしなきゃ・・・・。ここまで読んでくれた方、言波の自己満足駄文に付き合ってくれてありがとう!!
 数年前から頓挫していたこの物語も、やっと(無理矢理)終えることが出来ました!!

H16.08.21
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