第3章 授業中に騒ぎを起こすで候



 広く、涼しい体育館の中、体操服で身を包んだ女子が、4・5・6・7段の跳び箱の前に、ランクごとに並んでいる。
 水純は、6段のところで四苦八苦していた。せめて6段は跳びたかった。6段を偶数段を跳べば成績の点が入るのだ。
「こんなのも跳べんのか。だらしない」
 生徒会長の『お願い』を聞いた後、架六は体育館に来ていた。
 その『お願い』は、架六にしか出来ないことで、そして、頭を下げる崎の気持ちが重たい。
 そんな重い雰囲気を持ち上げようと、架六は体育館で水純を叱咤激励するが、その気持ちはますますひどくなっていく。知らないうちに溜息をしているらしく、そのたびに水純がこっちを見てくる。
「架六ちゃん、どうしたの? 気分悪い?」
 精神体に近い死神にたいして言う台詞じゃない。
「俺様に対してよくそんな口が聞けるな、水純。お前は6段を飛べたのか? 果歩はもう7段も超えているぞ」
「ひ、ひどいよ、架六ちゃん。わたしだって真剣に・・・・・・っ」
「じゃあ、協力してやろう」
 そう言うと、架六は水純の肩をぽんっと軽く叩いた。
「え・・・・えぇっ!?」
 跳び箱が水純の番になった途端、いきなり水純の身体が軽くなる。そして、いきなりその身体は意志と反対に走り出し、簡単に6段の跳び箱を飛び越えた。
 身体の自由と言葉をのっとられた水純は、拍手を送ってくるクラスメイトたちに、笑顔で手を振っている。それすらも水純の意志じゃない。それでも、身体を乗っ取られたとはいえ、6段を飛べたという嬉しさは代らない。
 そして・・・・、水純の状態に気付く奴はいた。

「架六っ! 何やってんのよ、あんたはっ!!」

「げ、果歩」
 果歩の剣幕に、架六は水純を操っていた糸を外す。
 いきなり自由になった身体に、水純は安堵の息を漏らした。
「果歩ちゃん・・・・、ありがとぅ」
「いいえ、どういたしまして。それより架六っ、ここに来て言い分けなさいっ!!」
 お母さんの次に果歩が怖い架六は、素直に果歩のもとに来ない。
 それどころか、水純の後ろに回って逃げた。
「架六っ!!!」
 体育教師が異変に気付いたころには、すでに二人は今が授業中だと言うことを綺麗さっぱり忘れ果て、罵詈雑言の嵐に入っていった。
 その迫力に、クラスメイトたちは円になって離れていき、体育教師はきりりと痛む胃を抱え、その場にうずくまり、中心にいてしまった水純は、顔を真っ青にする。
 何とか2人を止めようとするが、いかんせん、水純は戦力外だった。
「死神の分際で人間様と馴れ合ってんじゃないわよっ!」
「同じ様にして返すねっ! 人間の分際で死神に逆らうんじゃねぇっ!!」
「差別人間! 米星人! まだ一人も命とってないくせにっ!!」
「暴力女! お前なんて一生もてねぇよっ!!」
「伊達男っ!!」
「インチキ占い師!!」
 すでに、何が原因でこうなったのか、誰にもわからない。
 水純は、泣きそうななるのを堪えて、叫んだ。
「お願いだから止めてよぉぅっ!!」

 散々な授業を終えて、水純は帰り支度を進める。その合間に横を見れば、あんなに喧嘩していたのに、いつのまにか果歩と架六は仲良く談笑している。
 いったい水純の苦労は何だったのか。泣きたくなった瞬間だった。
「宍戸さん、聞いたよ。大変だったんだって?」
 そうやって聞いてきたのは、後ろの席クラス委員長、村上だった。
「授業中、ご苦労様でしたね」
「村上くん・・・・」
 委員長の優しさが、水純の心の中を浸透していく。苦手でも、嬉しいものは嬉しい。
「ありがとう、村上くん。でもね、大丈夫よ。わざわざ心配してくれてありがとう」
「いえ・・・・」
 心なしか、委員長の頬が赤い。熱でもあるのかな。
「村上くん、風邪でもひいているの? 顔、赤いよ?」
「えっ!? いや、別に、何でもありませんよ。暑いからでしょう」
「体育はもう、半袖でも汗をかくもんね」
 水純たちがそんな和やかな会話を交わしているとき、果歩と架六はそんな二人を見ていた。
 果歩と架六は辺りに声が聞こえても平然と言葉を交わしている。
「ねぇ、あれって、天然?」
 水純の返事に、果歩は暑いだけじゃない汗をかいている。
「気付いていないな・・・・・・」
「委員長も可哀想に。せっかくのアタックだったのにねぇ」
 口調は同情しているが、その目は笑っていた。架六も、別の意味で笑っていた。
 運悪く二人の笑みと会話を聞いてしまった隣の席の男子が、真っ青な顔になって廊下に逃げていった。しかも、2人ともそれには気付かなかった。
「風邪引いているの? ですってよ。今は夏よ?」
「今は夏だからという返事も、なかなか・・・・・・」
「納得している水純って、かわいいわぁ」
「そうか? ボケてるだけだろ」
 相変わらず、架六の意見はきつい。
「架六は駄目ねぇ。そんなんじゃ、いつかは水純を取られちゃうわよ。水純の魂を取らないのって、そういうことだからでしょ」
「なんのことだ?」
「ごまかしても駄目。架六が水純の惚れてるのは知ってるんだから。もちろん、気付いているのはあたしと委員長だけだけど」
 ニヤニヤと笑いながら、果歩は続ける。
「委員長はさ、ライバルになりそう?」
「はん、あんなガキに本気になるかよ」
 水純に対してなのか、委員長に対してなのか、その口調からは分からない。
 けれど、果歩は気にしなかった。
「ま、あたしには関係無いけどね。好きにやっちゃってよね、全く」
 嘆息する果歩の視線がある場所には、水純をからかう架六の姿。
 そして嫌そうな顔をして水純を庇っている委員長の姿。傍目には三角関係にしか見えない。それも、両思いのカップルに入っていくお硬い委員長という場面だ。
「ばればれじゃん」
 そう言って微笑む果歩を見た者は、運良く一人も居なかった。



           

H16.07.04


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