第2章 学校で騒ぎを起こすで候  2



   架六は、雲の上での朝寝は諦め、水純の元に返ろうとそのまま真っ直ぐに弥瑛学園に向かって落ちていく。見る見るうちに近づいてくる大きな校舎に、大きな『気』のうねりが見える。
 能力者ばかりを集めたこの学校は、他の学校と違い、居るはずの浮幽霊さえ見当たらず、かなり居心地の良い場所だった。土地の関係もあるが、生徒のために、周りを清浄な結界で包んでいるので、邪な想いを持ったものは入ることは出来ない。
 ならなぜ、負の生きものである死神がこの校舎に入ることが出来るのか。
 それは架六の『気』を、この結界に登録しているからである。
 最初、架六はこの結界に入ることは出来なかった。
 あれは確か、水純の学校見学の日だったと思う。架六は、一人で悶々と過ごしたものである。途中、生徒会長だと名乗る奴が架六の存在に気付き、入ることを許されたのだ。
 それが、今も西校で生徒会長を務めている崎愁一だ。
「・・・・・・ん?」
 架六は、中庭に一つの影を見つけた。その影は、垣根の影で気持ちよさそうに寝ていた。
 授業中のはずなのに、彼は何をしているのか。
 架六は、近くなっていくその影の正体に気付くと、落ちるスピードを緩めた。
「水月ではないか」
 海茨との会話のせいだろう、架六の言葉は芝居掛かっていた。それでも、海茨とのことがなかったかのように振舞っている。
いきなり上から声が降ってきたので、ミツキと呼ばれた男は、ばっと、上を向いた。
「架六か。びっくりしたー。センコーに見つかったと思ったぜ」
「サボリとはいい身分だな、生徒会の人間であろう奴が」
「関係なんだろー、そういうことはさー。推薦を受けただけだし―」
 語尾を伸ばして話すくせのある男は、遠野水月。生徒会書記を務めており、将来はジャーナリストになるため、放送部にも所属している。
 架六が水純を見つけるのが面倒な時は、よく彼に、放送で呼び出してもらっていた。
「暇そうだな、架六」
「いーや。これでも忙しい。なんせ、優秀だから」
「暇そうに見えるんだけどなー」
「水純が一人だと寂しがるからな。ま、仕方なくね。仕方なく、学校に居る間は休業中」
「嘘くせぇ・・・・・・」
 しかし水月は、笑いながら架六にかばんの中身のものを渡した。
 コンビニで売っている、おにぎりだった。
 架六は礼も言わずに、水月の傍に降り立って受け取った。
「米・・・・」
「コンビニのおにぎりほど不味いものはないと思うけど・・・・」
 水月は笑いながら同じ物を取り出してビニール包装を破る。
 パリパリの海苔がビニールと一緒に破れたが、水月は気にせずに、破れた海苔を丁寧に取り出して、食べた。 「手作りのさ、しっとりと濡れた海苔おにぎりが、いちばん好きなんだ。で、次が味付き海苔で、その次がこの海苔。海苔って、歴史あるよね」
 今までのふざけた態度がガラリと変わり、水月は呟く。
 その目は、目に見えない遠くのものを見ている。
「架六・・・・・・」
「なんだ?」
「何時になったら宍戸さんの魂を喰らうんだ?」
「もうちょっと、魂の『格』が高くなってからだな。それまではぜひとも善行を積んでもらわんとなぁ」
 架六は、顎に手をやって、撫でる。
「なあ、やっぱり、死神にも神はいるんだろう?」
「あぁ?」
「死神が居るなら、天使も居るよな」
「居るが・・・・、それがどーした」
 嫌そうに、架六の顔が歪んだ。タイムリーな話題に嫌気がさす。
 気付きながらも、水月はそれを無視して質問を続ける。
「天使の仕える偉い人は神様だよな? それは分かる。ポピュラーだから。でもさ、死神に対しては、その神ってのはどう呼ぶんだ? いろいろとあるだろ。魔王とか閻魔とかさ」
「・・・・・・口にするのも嫌だ」
「そんな我が侭な」
 呆れたような口調で、水月が架六を見つめる。
 ジャーナリスト志望だけあって、水月の好奇心の底はとても深い。
 納得するまでは放さないぞと、水月の視線が架六を促す。仕方なく、架六は口を開いた。
「死神にも、神と同じ存在は、居る」
「それをなんと言うんだ?」
「神威」
「カムイ?」
「神を威る者、と書く。神と、正反対な存在だ」
 静かに語る架六に、水月はいつもと違う架六を見出した。それが何なのかは、わからないが。
 そのとき、授業終了の激しい音楽が鳴った。
「・・・・・・今流行りのJ−ポップの曲だな。よくまぁ、教師の許可が下りたもんだ」
「やばい曲なのか? よく、耳にするけどな」
 人間じゃないので、人間世界のことをよく理解していない架六のため、水月は説明した。
「曲自体はやばくない。ただ、これはポップミュージックだから。クラシックと違って、やっぱり、良く思ってない先生もいる。学校には必要ないってね」
 ポップミュージック=若者の好きな曲。クラシック=学のある人の好きな曲。演歌=年寄りの好きな曲。アニメ音楽=趣味が偏った人の好きな曲。
 そういう風にランク付けされている架六の頭は、すぐさま理解(?)した。
「なるほど。勉強の邪魔になるんだな?」
「そうそう。そうなんだよねぇ。嫌になるよね〜、実際さ〜」
 いきなり口調を変える水月。近くに人が来たのだと、架六は分かった。
 水月は、常に仮面というものを被り、本当の自分を見せない。見せるのは、同じ生徒会仲間か、架六の前だけだった。

「架六ちゃんっ!」

 聞き覚えがあるというより、聞き慣れた高い声で呼ばれ、架六もいつものように答えた。
「ちゃん付けは止めろ」
「あ、ご免ね、架六ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わははははは」
 遠慮のない水月の笑い声に、架六はジロリっと水純を睨んだ。
「ご、ごめん・・・・っ」
「水純ちゃん、おはよう」
「お、おはようございます。遠野先輩」
「あいかーらず仲いいねえ。うらやましいなぁ。おれも彼女ほしいなぁ」
「そんな・・・・、架六ちゃんはそんなんじゃ・・・・・・っ」
「水純、何を本気にしてんだ」
「え?」
 水純はどうやら、何も分かっていないらしい。架六は、深く息を吐いた。
「架六ちゃん?」
「も、いい・・・・。で、なんのようだ?」
「授業中、ここで先輩とお話しているのが見えたから。先輩、おにぎり、すいません」
「いいよいいよ。俺、架六好きだしー」
 よっこらせと、立ち上がった水月は、ズボンについた草を無造作にはらう。
「じじ臭い奴だな」
「ほっとけ。じゃあな、架六。水純ちゃんも、バイバイ」
「は、はい、失礼します」
 水純は、丁寧に校舎へと去っていく水月を、頭を下げて見送る。
 架六は、その水月の後姿を黙って見送る。おにぎりに対する礼は何もなかった。
「架六ちゃん、次は体育だからね。体育館で待ってて?」
「体育館だな。何をするんだ? 跳び箱の続きか?」
「うん、また見ていてね。じゃ、着替えてくるからね、架六ちゃん」
「ちゃん付けは止めろって言ってるだろ。いつになったら分かるんだよ、鳥頭は」
 キツイことを言っておきながら、その口調はとても優しい。
 それがわかるから、水純もゆっくりと微笑む。
「うん、ごめんね、架六ちゃん」
「謝る前に動け」
「うん、ごめんね」
 水純はそう言うと、校舎に小走りで戻っていく。
 いつまで経っても、水純の子供らしい素直さは消えない。
 その素直さと清らかさを貶めようとしている架六は、忍びない気持ちで水純から目をそらした。
「・・・・・・さっさと出て来い、生徒会長」
 架六の冷たい声に、垣根の向こうで気配を消していた生徒会長の崎は、やれやれと現れる。
「架六にはばれていたかー。遠野は気付いていたようか?」
「いいや、気付いていたらあんな話はしないぜ。それに、生徒会長の気配を読めるのは俺以外にはいないけどなぁ?」
 自慢たらしく言う架六に、崎は苦笑する。
 水月の話を盗み聞きしていた崎は、意味ありげに架六を見た。
「なぁ、架六。おれはさ、水純ちゃんの魂の『格』ってやつが判ると思う。それでもって、お前が何をしようとしているのかもな。――― 水純ちゃん、おれが知っている 中でも、かなりのいい女だぜ?」
「それがどーした」
「神威」
 架六は、その一言に、親しげな感情をなくし、崎を睨む。
「睨んでも無駄。架六が例え死神でも、おれは生き抜く自信がある。――― だか ら、おれをどうしようなんて無駄なんだよ、架六」
「何が言いたい?」
「頼みたいことがあるんだ。架六にしか出来ないと思う」
 生徒会長としてではなく、一個人の崎愁一として、崎は架六に頭を下げた。
 驚いたのは、架六のほうだった。
「何なんだ、いったいっ?」
「頼みを聞いて欲しい。そして、できれば、それを叶えて欲しい。頼む、架六」
 人に頭を下げるということを知らないと思われていた崎のその態度に、架六は戸惑う。
 いったい、何が彼をこうさせるのか。
 関わってはいけないと思いつつも、興味半々で架六は肯いていた。
「まずは、話を聞こう」
 そう告げた後の崎の笑顔を見て、架六は「しまった」と顔をしかめた。


           

H16.05.01


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