第2章 学校で騒ぎを起こすで候  1



   一年一組のドアをくぐると、いきなり声がかかった。
「ちょっと水純っ。聞いてよ、ちょっと」
「あ、おはよう、果歩ちゃん」
「おはよう。そんな事よりもね、聞いて欲しいことがあるのよ。それなのに今日に限って来るのが遅いんだもの。一体何をしていたの?」
「ちょっと、朝、ごたごたしちゃって・・・・・・」
 申し訳なさそうに笑うと、水純は窓側の一番前の席に座った。
 そこが水純の席であり、時には架六の席にもなった。
「あら、そういえば」
 果歩こと白石果歩は、水純がリュックから取り出した二つのお弁当を見て頷いた。
 どう見ても、朝ご飯用にしか見えないお弁当を、水純は過去に何回も持ってきていた。
「今日も架六に起こされた口?」
「うん。架六ちゃんってば、ひどいんだよぅ? わたしのこと落とすんだもん」
「さっさと起きないお前が悪い」
 窓から教室に入ってきた架六は、水純の言葉に反論した。
「あら、架六、おはよう。どうしたの、今日は遅いわね」
 いつもなら水純を放って置いて教室に入ってくる架六が、珍しく水純よりも遅い。
 果歩は水純の隣の席を陣取り、面白そうに尋ねた。
 隣の席に座ろうとしていた男子(本来の持ち主)は、怒ろうとしたが相手が果歩だとわかると、黙ってその場から引いた。
 彼女はこのクラスで、一番恐れられていた。学年でいちばん恐れられているかもしれない。
 それは彼女の能力にある。能力者しか入ることの出来ない弥瑛西校は、能力者しか居ない。
 そしてその能力は、進級時に自己紹介を称してクラスに披露しなければならない。
 彼女の能力カテゴリーはESP系の『予知』。
 彼女は占い専用の羅針盤を取り出すと、クラスの何人かのこれからの悪い予知を当てた。
 そしてこう言ったのだ。

「あたしの怒りに触れた奴は、未来を変えるつもりだから、よろしくね」

 微笑んだ彼女は、悪魔のようだったと、後に教師が同僚に言っているのを聞いたことがある。
 彼女は宣言どおり、怒りに触れた奴に鉄槌を下した。
 ある者は階段から落ち全治一ヶ月、ある者はプールで溺れ水泳部を退部、ある者は成績を落として塾と家庭教師を増やされたとか。それ以来、彼女に逆らう奴は居ない。
「下で生徒会長に会ったんでな」
「崎先輩と? 仲良かったっけ?」
 水純の疑問を、果歩が口にした。
「別に。ただ、ちょっと気になってな」
「ちょっと、そういうこと言わないでくれる? 死神のあんたが言うと洒落にならないわよ」
「話し掛けてきたのはあっちだ」
 憮然として、架六は果歩を睨む。
 果歩はそんな架六を無視して、架六に続きを促した。架六は嫌そうにしていたが、結局話す。
「授業中、俺が何処で何をしているのか知りたかったんだと」
「授業中? 一緒に授業を受けているじゃない。授業料払わないでさ」
「体育も一緒にやるもんね」
 そういえば体育祭も一緒になってしていた。しかもちゃっかり参加賞もらってたような。
「しかも男子と一緒じゃなくって女子と一緒に。慣れている自分が恐ろしいわ」
「男よりも女を選ぶね、俺様は」
 えっへんと胸を張る架六に、水純はそれはちょっと違うぞと、心の中で呟いた。
「で?」
「で? とは?」
 果歩の言葉に、架六は聞き返す。
「崎先輩になんて答えたのよ」
「別に。俺様の勝手だろう、それは。お前たちにいちいち断らなくてはならないと言うことはない」
「長ったらしく言っちゃっても架六の性格は知り尽くしているわ。今度崎先輩に会ったらよろしく言っといてね」
「はんっ」
 仲が良いのか、悪いのか。二人は睨み合ったかと思えば次にはふざけて笑っている。
 水純にはとても羨ましい関係だった。
「おい、果歩。こいつに聞いて欲しいことがあったんじゃないのかよ」
「そう、そう、そうなのよ水純。この死神のせいでつい忘れるところだったわ。ったくもう・・・・・・」
「えぇっと、何? 果歩ちゃん」
 水純は首を傾げ、果歩に視線を合わせた。
「ちょっと待って、もう時間がないわ。H.R.が終わったらもう一度来るから。その時に話すわ。煩い委員長さまも来ちゃったしね。じゃ」
 果歩は一方的に話を終えると、そそくさと自分の席に戻っていった。
 その向こうからは、噂の委員長が水純の方にやってくる。
 それは単に水純に用があるからではなく、水純の後ろの席が委員長の席だというだけだが。
「おはよう、宍戸さん。架六くん」
「お、おはようございます、村上くん」
 一組の委員長である村上高市が苦手な水純は、少々どもりながら挨拶をした。
 廊下に備え付けられたスピーカーから、H.R.開始を知らせるクラシックな音楽が鳴り出す。
 チャイコフスキー作曲の、『花のワルツ』だ。
 委員長は席につくと、水純に話し掛けてきた。
「今日は一段と暑いですね。もう、クーラーを入れる算段らしいですよ」
「え、もう?」
「ええ。それがこの学校良いところですね。季節に関係なく、寒ければ暖房を、熱ければクーラーを。いつかの生徒会長に感謝ですね」
 同じ年のクラスメイトにも敬語を使う委員長は、架六に視線を移した。
「架六くんには、関係のない話ですが」
 実体のない死神である架六に温度変化はないだろう。
「はんっ。いちいち外気に合わせて衣服を着るような下等な存在じゃないんでね」
「羨ましい限りです」
「当然だ」
 二人の会話に、不穏なものを感じ、水純ははらはらと心臓を押さえる。
 なぜかこの二人は仲が悪い。顔を合わせるたびにこんな口喧嘩を繰り返す。そのくせ、相手を無視しないから始末が悪かった。果歩とは仲良く喧嘩できるのに、どうしてだろう?
 水純の不安を視線に感じたのだろう、委員長は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ、宍戸さん」
「けっ・・・・」
 架六は、汚く委員長に顔を背けると、そのまま窓をすり抜けて飛んでいってしまった。
「あ、架六ちゃん・・・・・・」
 いまさら呼んでも架六は戻ってこなかった。
 水純は、架六の姿が空に染まって見えなくなるまで、じっと見続ける。
 委員長は、そんな水純をじっと見続ける。
 席に戻っていた果歩は、そんな二人を、ため息交じりに見つめていた。
 担任の教師が来るまでの数分、3人は黙ったまま動かなかった。


 クラスを飛び出た架六は、そのまま雲の上で朝寝を決行しようと、高く高く上っていた。
「村上もあきらめりゃいいもんを・・・・」
 弥瑛高校に入学したときから、架六が委員長を見つけてから、架六は委員長の水純への隠した気持ちを知っていた。
 委員長は架六を見るとき、いつもは冷静なその瞳を波立たせる。
 人間の恋なんかに興味はない架六は、そんな目で見てくる委員長が大嫌いだった。
「けっ」
 またもや汚い言葉を吐くと、架六は雲の上で両腕を頭の下に組んで寝転がる。
 心地よい雲の冷たさに、架六は目を瞑った。

 ―――― いつになったら、水純の魂を取ろうか。

 架六は、下げていた目蓋を大儀そうに持ち上げ、痛いぐらいに輝く太陽を睨んだ。
 太陽には、『天』がある。神や天使たちの住まう、苛烈で清浄な地。
 架六の性に合わない、薄汚い神の、絶対的支配の世界。
 空に上ってきたものの、良い気分は一瞬にして吹き飛んでしまった。『天』から現れる、一つの黒い点のために。その点は、するすると大きくなり、一人の真っ白な人の姿になる。
 天使だ。
「・・・・・・暇人どもめ」
 架六は、頬を歪めて起き上がった。
 たとえ実力も格も架六の方が上でも、見下ろされるのは我慢できなかった。
「死神・架六」
「何の用だ、神の下僕め」
 同じ目線に降り立った天使に、架六は、さっそく喧嘩を売った。
 しかし、天使は受け取らなかった。
「神がお前の所業を嘆いておられる。反省せよ」
「嫌だね」
 天使は、金色の長い髪を掻き揚げる。腰まであろうその髪は、頭の上で一つに括っている。
 風は強いのに、その髪は一筋もたなびかない。
 戦いの象徴である純白の鎧に髪を絡ませ、天使の女は架六だけを見る。
 この天使もまた、物質の束縛は受けない精神の存在なのだ。
「反省せよ、架六」
「いい加減、しつこい女は嫌われるぜ、海茨(かいし)」
「みだらに人の名を呼ぶでない」
「なら、おめぇも呼ぶな。お前とは古い付き合いだが、やる時はやるぜ、俺はよ」
「架六」
 静かに名を繰り返す海茨に、架六は黒いフードを外した。
 今までフードで隠していた髪が現れ、太陽の光を反射する。見事なまでに緑色に光る黒髪。
 今も平安時代のような風習だったならば、架六は絶世の美女と呼ばれていただろう。
 それぐらいに見事な、まっすぐに伸びている髪だった。
「天使風情が、俺に何をするって・・・・・・?」
 架六は、瞳に炎を甦らせ、海茨をきつく睨む。
 海茨は、悲しそうに微笑む。
「おまえの事を知っているのは、神と、わたしだけだ。架六、これ以上派手に動くのはやめてくれ」
「なら、止めてみれば良い。暇を持て余していたところだ。相手をしてやるぜ」
「架六」
 海茨は繰り返す。
「もう、止めてくれ。神のためにも」
「誰があんな奴のために・・・・。何か、勘違いをしているぜ、海茨。俺は、死神だ。それ以上でも、それ以下でもない。ただの死神だ。他の死神よりも優秀な、な」
 静かな怒りを架六の中に見出したのだろう、海茨はそれ以上何も言わなかった。
 黙って、足を雲から離す。
「邪魔をした。わたしは帰ろう」
「とっととけ帰ーれ」
「・・・・・・架六、わたしの言葉を忘れないでくれ」
 それだけを言い残すと、来たときと同じように、海茨は、光速で『天』に上っていった。
 やがて海茨は黒い点となり、消えていった。
 残された架六は、太陽を睨む。
 ここでの会話を聞いていただろう、覗いていただろう神の存在に向かって。
―――― 胸くそわりぃぜ、ったくよ」


           

H16.04.24

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