風にのって  序章 


「さっさと死ねっ、お前なんか」
「ひ、ひどいよ、架六ちゃん。わたしだって……っ」
「何度言ったら分かるんだテメーはっ! ちゃん付けで呼ぶんじゃねーっ!!」
「ご、ごめんなさいっ」
 苛立った男の低い声と、女の子の小さく鈴のような声が、真っ暗な空の中に響く。
 二人の居る場所は、空の中。
 雲よりは下にいるが、どちらにせよ、空を飛んでいるのは間違いなかった。
「お前の”格”が上がるのは良いことだがな、だからって俺のいない所で死ぬんじゃねぇ。わかったか!? わかったなら返事しろ」
「う、うん。ごめんね。心配してくれてたんだよね。ありがとう、架六ちゃん」
「その名で俺を呼ぶな……っ!!」
 男は、周りの空間に溶け込むような真っ黒な長衣をかぶっていた。
 反対に少女は、昼間の空のような水色のシャツに白いハーフパンツをはいていた。
「そもそも俺は、お前の心配なんかしてねぇ。自意識過剰なんじゃねーか、お前は」
 冷静になったのか、架六は抱えている少女をチクチクといじめだす。
「う……」
 少女は、嘘の通じない性格なのか、その事葉に傷つき、納得までしてしまう。
「そう、なのかもしれない……。ご免ね、架六ちゃん」
「…………」
 そんな彼女に呆れたのか、それとも嫌になったのか、架六は大きく溜息をついた。
 もう、架六はいじめる気力もなかった。
「架六ちゃん?」
 不思議そうに、架六を見つめる少女。
 架六には、言葉を訂正させることも出来ない。
―――― 水純」
「なぁに、架六ちゃん?」
 少女は屈託なく微笑む。
「次にバカなこと言ったら、ぶっ殺す」
「う・・・・、分かりました」
 水純は、自分を落とさないよう気を付けて空を飛んでくれている優しい死神に、ごめんなさいと、心の中で謝った。
 水純の命を狙っている、自身過剰な死神は、今日も水純を家まで送ってくれた。



第1章 家で騒ぎを起こすで候

「ウラァァっ、とっとと起きねーか、水純っ」
 今朝も、宍戸家は騒がしい。
 2階から聞こえてくる騒音に、台所で朝食を取っていた夫婦は、今日も溜息をつく。
「水純は、いつまでたっても子供だね」
「本当に・・・・。男の人に毎朝起こしてもらうなんて、何を考えているのかしら」
 二人は目を見合し、ドタンッと響いた音に、肩を落とす。
 その音は、ベッドから床に投げ出されて水純が落ちた音だった。
 当の水純は、手で目をこすると、一緒に落ちたシーツをベッドに直していた。ベッドメイキングが済んだところで、水純は起こしてくれたお礼を言う。
「おはよう、架六ちゃん。いつもありがとう」
「ちゃんで呼ぶな、ちゃんで。下で親が待っているぞ」
「うん」
 水純は、そのまま着替えずに部屋を出ると、まず階段を降りて洗面所に行って顔を洗った。
 その後に玄関の近くにある台所に顔を出す。
「おはよう、水純」
 気付いた母親が、声をかける。父は気付くも、新聞を読むのに必死で声も上げない。
 そんないつもの光景に、水純は幸せそうに返事を返した。
「おはよう、お母さん。お父さん」
「ん・・・・・・」
 お父さんは、短く返事をし、天井を見た。
「どうしたの?」
「今日、架六くんはどうしたんだい? いつもなら一緒に下りてくるだろうに」
 水純は首を傾げつつも、納得した。
「朝ご飯が、パンだからだ」
 定席に座ると、水純は用意されていたコップに、牛乳を注いだ。
 暑い朝に、冷たい牛乳はとても美味しかった。
「そうか」
 お父さんも、水純の答えに納得したように、食事に専念した。
 お母さんは、そこで残念そうに、溜息をついた。
「架六くん用におにぎり作ったんだけど、無駄になっちゃうわねぇ」
「ホントッ!!」
 いきなり、頭上から明るい声が響く。
 正体は、天井から蝙蝠のようにぶら下った架六だ。
「あら、架六くん、食べる?」
 架六の突拍子ない変な行動にも、宍戸家は慣れきっていた。
「もちろんっ。お母さんの作るご飯はおいしいっ」
「あらあらこの子ったらっ」
「架六ちゃんは、本当にお米が好きだねぇ。日本人だねぇ」
 理由になってない理由で、水純は納得する。
「おうっ、俺は日本人だからなっ!」
「死神にも国境があるんだねぇ」
 米を前にして、架六にプライドはなかった。死神としてのプライドさえなかった。
 死神の架六が宍戸家に現れて2年、宍戸家は世間一般の家庭からは、程遠くなっていた。
 最初は娘を精神異常者として扱っていた両親も、架六の存在を視てしまった以上は認めなくてはならない。
 水純に取り憑いて水純の魂を狙っている架六は、今ではもう、立派に宍戸家の一員だった。
「やっぱ米だよなー」
 架六は、死神ゆえに、食欲というものはない。
 人間みたいに物は食べられるが、同じ物を食べたいとは思いもしない。
 しかし、味覚はある。
 一度試しに(興味深々で)米を食べて以来、架六は米の魅力に取り憑かれていた。
「お母さん、俺の分のお弁当、ある?」
「もちろん。今日はおにぎりよ。水純、先週みたいに忘れちゃ駄目よ」
「ハイ、分かってます」
「本当にわかっているのか? お前、自分のは持って行ったくせに、何で俺のは忘れるんだよ」
「そもそも、死神がどうして学校行くの? どうしてお弁当がいるの?」
「水純たちだけじゃ寂しかろうという、俺の慈悲が分からんのか、お前は。いったい何回同じことを言うんだ、お前は。その頭は鳥か? 首に乗ってるのは鶏か?」
 鳥は物をすぐに忘れるという、中学校時代に社会の先生が言っていたことを覚えている架六は、事あるごとに、そう言って、水純をいじめる。
「ひどいよ、架六ちゃん」
 水純は涙を浮かべ、水純よりも遥かに背の高い架六を上目遣いで睨む。
「事実だろ」
 水純には厳しい架六は、そんな水純の様子にも流されない。
「それより早く食べろ。遅刻するぞ。無遅刻無欠席無早退が売りなんじゃなかったのか?」
 架六が指差す方向を見れば、時計の針は8時をとうに廻っていた。
「あぁぁー、遅刻しちゃうよぅ。早く着替えなきゃ・・・・・・っ」
 水純は慌てて台所から出ると、大きな音を響かせて、階段を上っていった。
 そんな娘を見て、お母さんはため息をついた。
「架六くん。水純の朝ご飯用の御弁当、作っておくから渡してあげてね」
「はい、おかあさん」
 おいしいご飯を作ってくれるお母さんの言うことなら何でも聞く架六は、素直に返事した。


 自転車で弥瑛学園の門を通り抜ける。水純は自転車専用の駐車場に到着した。
 荷台に乗った架六は、偉そうに足を組んでいた。
「やっと着いたか」
「架六ちゃん、乗ってただけじゃない」
「応援してやっただろうが。俺はお前より重たくないぞ」
「・・・・・・そりゃあ、そうだけどさ」
 架六は死神という意識体のため、重さは一切ない。いわゆる、幽霊みたいなものだ。
「俺をあんな低俗なものと一緒にするな」
「ごめんね、架六ちゃん」
 頭を覗いたとしか思えないような架六の科白に、水純は申し訳なさそうに謝る。
 事実、水純は申し訳なく思っていた。幽霊は怖いけど、死神なら怖くなかったから。
「おい、置いてくぞ」
「あ、待ってよ」
 先を行く(歩いてではなく、宙に浮いて移動する)架六にリュックを背負い直し、水純は急ぎ足で追い付く。
 普段水純の足は遅いが、架六の移動が早いので、水純は架六といる時だけは急ぎ足になった。
「あ、架六じゃん。おはよー」
「おうっす」
「架六、おはよー」
「おう」
「アレー、今日は遅いんだね、架六」
「ちょっとなー」
 学校に来ると姿を見せるようにする架六は、校内では人気者だった。ちょっと歩くと、架六は誰にでも声をかけられる。
 そんな架六を、水純はとても羨ましい気持ちで見つめていた。



           


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