第四章 −4−


「時と、場所だな。場所は・・・・まあ、ステファン王国でいいんだろうけど・・・・・・ああ、もうっ! 本当に情報が足りないよ。王城の書簡室なら何かしら文献が残ってるはずなのに・・・・っ」
「じゃあ行こうよ、書簡室ってところに」
 場所は知らないけど、字面からしてきっと図書館みたいなところだろう。それとも書庫みたいなところだろうか。
 話し合いばかりで頭が沸騰しそうだったので、移動できるなら有り難いと思った。歩くと右脳が刺激されると、聞いたことがある。が、イシュアはばっさりと斬った。
「少しはこっちの文化や風習も勉強してくれるっ? 王室の書簡室は王族のみ立ち入りを許された場所で、王族の許可なくして他の貴族の侵入すら許されない。壁全体に結界も張ってあって、魔法陣すら作れないんだから。ちなみに菫、アンタが召喚された湖も、王族の中でも特に選ばれた人間しか入れない神域なんだよ。それぐらいはもちろん、知ってたよね?」
 完全に見下した、皮肉だった。もちろん菫は知らなかったので、曖昧に笑う。イシュアはそれが気に入らないのか、さらに苛立ちを強くする。

(まだ結婚してないから、王族じゃないんだよねー・・・・)

 言い訳みたいな文章が思い浮かんだけど、口には出さなかった。勉強は続けていたけど、いまいち気が乗らず、惰性で教科書を読んでいただけなのを菫はイシュアに見透されたのだ。
 こうして考えると、本当に自分は異世界に来てしまったんだな、って思う。色んな考え方の違いを目の当たりにしているけど、生まれた世界が違うってだけで、姿形が違うわけじゃない。だから異世界であっても、基本的な根っこの部分で、どこか同じだと考えてる。
 でも、自分の常識はこっちで通用しない。自分の当たり前だった生活の地盤のすべてを拒否されている。
 人殺しはいけません。盗みはいけません。年寄り子供は親切に。
 そういう基本は同じだと思う。でも、戦争が普通にある場合、人殺しは罪じゃないし、魔法という手段がある以上、年寄りや子供でも油断が出来ない。外出なんて、気軽に出来るものじゃないんだ。
 そういうちょっとしたズレが、いっぱいある。
「ここの人たちから見れば、わたしって本当に世間知らずだもんね・・・・」
「事実、世間を知らないんだから当たり前。自信なくす前に、少しは頭を使ってくれないっ?」
「うん、ごめん。ありがとう」
「れ、礼を言われるようなこと、言ってないよ!」
 怒鳴るイシュア。その耳は赤い。
 どこまでも落ち込みそうな菫を、さっきからずっと貶すことで掬い上げてる。それが分かったからお礼を言ったのだが、どうもイシュアは人一倍、恥ずかしがり屋っぽい。
 おかげかどうか、姉のことで受けていた衝撃は薄らいだ。どうにかしようと思う自分がいる。とりあえず、少なくとも前を見ていられる。
 出会って二回目。だけど心の安らぎがある。
 血が繋がっているからだと強く自覚した。一時は同じ“血”の繋がりに恐れを抱いたけど、やっぱり裏切れない頼り所でもある。
 イシュアに対する親愛を深めて、菫は身を乗り出した。
「それでイシュア、こっちに来た魔法使い? で、いいのかな。その人・・・・たち? は、何らかの手段と目的があって、こっちに来れたんだよね?」
「そう」
 話を戻した菫に、イシュアも話を続けた。
「少なくとも、ステファン王国の成り立ちに関わっていると思う。でなければ国王に自滅するような魔法をかけるなんて不可能だし、国の人生を左右させるような考え、出来ないと思う。いや、魔法の過程で必要が生じて、そんな呪いをかけただろうから、やっぱり国の成り立ちに関係しているね」
「うん。・・・・うん、そうだね。必要なこと以外は眼中にないって言うか・・・・」
「こっちにきた地球の魔法使いが、ここで永眠したのか、それとも地球に戻ったのか、それは解らない。けど、いま現在、この時代にはいないと思う」
「え、なんで?」
「国の成り立ちって言っただろ。いつの時代の話だと思ってるの? じゃなきゃわざわざ自動で召喚させる遠距離魔法なんて設置しないよ。それも時代を越えて、さ。もちろん召喚させる少女が解らなかったゆえの案だったかもしれないけど、そう毎回、呼ばれた少女を確かめるなんて事、しないし出来ないだろう。だいたい確かめようとも見たこともない少女をどうやって見分けるんだ?」
「でもそれはイシュアの考えでしょ? もしかしたら知ってたかもしれない。でもそこにお姉ちゃんがいなかったから、いずれやってくる姉にも解るように、そういう条件にしたのかも。そもそもわたしが選ばれるとしても、そこにお姉ちゃんが都合良く現われるなんて、考えるかな」
「ああ・・・・、確かに。でもやっぱり、魔法使いの存在はここにはいらないって事だ。菫が言ってたように、必要なこと以外はしない」
「あ、そっか・・・・」
 じゃあやっぱり、魔法使いはもうここにはいない。いてもいいけど、それじゃ魔法の性質の意味がなくなってしまう。
 もちろん姉もいない。その忘れ形見は目の前にいるけど、もういない。
「もう、いない、か・・・・・・」
 そして誰も、いなくなった。
 小説なら、それで終わりなのに。あとがきを読んで終わりなのに。

 当事者たちの悪夢は終わらない・・・・・・。

 暗くなるばかりの菫をそれ以上落とさないように、イシュアは自分の考えを述べていく。
「それでね、菫。考えたんだけど、実際、菫はここにいるわけだ。つまり目的は達成した。なら、これからどうなるんだろう? 王家に張り巡らされた呪いは解けるのか? それとも魔力が尽きるまで続くのか? それとも、想像のつかない結末が待っているのか・・・・」
「だ、だって、わたしはココにいるのよ? そこで打ち切りじゃないの? 望みは叶ったわけじゃない。わたしはエタースに来てるもの!」
「菫。僕が最初に言ったことを忘れないで。菫の名前が分からなかったから、わざわざ『花の名前がついた女の子』を対象に召喚魔法が設定されているんだ。君が君であるという証拠を提示する・・・・もしくははめ込む『何か』が自分にあると思う? それにいつの時代に出現するかも解らない、膨大な時間の中で」
 次から次へと問題を提示していくイシュアに、解体していく目の前の少年に、もどかしい思いを味わう。
 自分のことなのに、自分のことが解らない。
「わたしがわたしだという証拠・・・・」
 わたしは、わたし。それじゃあ、わたしは誰? わたしは・・・・。
「・・・・・・姉さんの妹」
 ふと、思いついた。
「DNAとか? 姉さんと同じ情報を持っている。両親の名前とか、同じ名字とか、血液型とか、そういうこと? そういうものがあるかどうかっっ?」
 纏らないままに話しているうちに、だんだんとそれが正しいような気がしてきた。
「姉さんの情報とどれだけ一致するか、じゃないのっ!? それだったら打ち止めできるじゃない!! わたしで終わり出来るじゃないっ?」
 喜ぶ菫とは正反対に、イシュアは淡々と、静かに告げる。
―――― たぶん、それが正解だろうね」



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07.05.12



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