第四章 −5−


 冷静なイシュアに、菫は首を傾げる。まるで喜んじゃいけないみたい。
「そもそも召喚条件が 『花の名前 』で、実際にそれは成功しているわけだ。だったら打ち止め条件もあるはずだ。あると僕は思いたい」
 信じていない口振りだった。菫は途端に喜んだ自分を引っ込める。イシュアの言いように、深く考える。もし、自分が魔法使いだったら、どうするだろう?
 エタースは魔法の国。科学的な進歩なんてあるんだろうか? そんな環境で刑事ドラマでよくあるDNA鑑定なんて無理だろう。なら、その方法は?
―――― わたし・・・・ないと思う。今まで無差別に人を召喚するような人間が、親切にそんなこと、してくれるわけないと思う」
 口に出して言ってみると、その通りだと改めて納得する。
 だいたい、打ち止めの魔法を作るような人は、最初から召喚魔法なんてしないだろう。
「さっきと答えが違うね」
 顔を歪めるイシュア。その表情から、やはりイシュアもそう思ってた事が解る。本当は希望を口にしたのだ。希みのない望みを。
 菫には魔法の仕組みは分からない。でも何となく、永久に続くものじゃない事は分かる。時計だって電池が無くなれば止まる。それと一緒だ。充電器のように、魔法を充電させるような何かが魔法に存在するなら、きっと召喚魔法は止まらないだろうけど。
「どっちもありえると思うけど・・・・やっぱり、ないか。どれだけ時間がかかるのか分からないんだ。その間、どれだけの花嫁が召喚されるかも計算できるわけがないし・・・・。そもそも王族が召喚に応じなければ滅ぶだなんて・・・・」
 嫌そうな顔を晒し続けるイシュア。そんな顔も美形のおかげで憂いを生んで、色気がでている。羨ましいと思いつつ、菫は素直に頷く。
「わたしも思うけどさ・・・・。魔法とかぜんぜん解らないから、わたし、どう理解していいのかも解らないし。魔法自体は疑ってないんだけど・・・・」
「けど、なに?」
 素人みたいな考えが思い付き、自然と口が重くなったのだが、イシュアが即すので、思い切って言ってみる。
「もしわたしが魔法使いなら・・・・自然に魔法が止まるままを選ぶと思うんだけど。だって何か、大仕掛けみたいだし、余計な計算とか入れて余分な“力”・・・・魔力って言うのかな。魔力、使いたくないと思うんだよね。それが枯れるまで続けさせるような感じ? 放ったらかしって言うのがいちばんしっくり来るというか」
 言ってること解る? と尋ねれば、何となく、と返ってくる。
「でも菫。考えてくれよ。チキュウから花嫁を喚ぶという魔法は国の成り立ちに影響している。国と同じだけ成長しているんだ。この国が出来てから、極端に言えば土地が現われてから、いったいどれだけの年月が経っていると思う? 百年単位じゃない。神々が生きていた時代からだ。そんな時代から続く魔法だぞ? 自然に枯れるのを待つって・・・・それで結果が出るならいざ知らず・・・・最悪の賭けじゃないか?」
「賭け・・・って、そこまで遡らなくてもいいんじゃないっ? だって国は土地と人が あって出来るんでしょ? 人が住めるようになって、そこでやっと王様とか選ぶんでしょ? それに地球から花嫁を喚ぶ必要があるって魔法を王族に報せる必要が必ずどこかで一度は必要だし、それを記録に残すことも必要でしょ。かつ認めさせなきゃいけない訳だし。ごく最近とは言えないけど、そんな、神話とかまで遡らなくてもいいと思う」
「だから書簡室に入る必要があるんだよ! いつからそんな伝説が出たのか調べるために! チキュウから来た魔法使いが神々になったかもしれない! そうなれば、神の創り上げた魔法陣に時間切れなんて存在するわけもない! だって神だぞ。魔力じゃない。神力だ。この世界には、神力の篭もった神器がそれだけあると思ってるっ? そんなもの、枯れるわけないじゃない。・・・・・・その代わり、条件付けも楽に出来ることになるんだよ。何せ神だからな」
「えっと、じゃ、女の人なのかしら?」
「何が」
 イライラと卓上の上を人差し指でコツコツと叩くイシュア。
「だって、この国の神様は女神様でしょ」

―――――― 何だって?」

 指の貧乏揺すりが止まった。
 菫は最初の日。ラニバとターヴィスに教わった神話を思い出す。
「確か、そう言ってたし。食堂の壁にも女神の画が飾ってあったし」
「女・・・・。そうか、女だ」
 イシュアの手が握りこまれる。
「イシュア?」
「そうだよ。お祖母さまだ!」
 勢いよく椅子から立ち上がるイシュア。興奮しているのか、頬が紅潮している。それどころじゃないのに色気が増して、思わず見惚れる。まさに絵になる美少年、だ。
「お姉ちゃんが・・・・?」
「地球の魔法使いたちはお祖母さまを慕っていた。崇めていた。それこそ神のように! そうだろうっ? じゃなきゃここまでお膳立てしないよ。彼らにとって神はお祖母さまなんだ。神を創ったのは魔法使いたちなんだ!! だから女神なんだよ!!!」
 呆気に取られた。まさか、って思う。同時に、でも・・・・と思った。
 姉がこっちに来てるってだけでも衝撃的だったのに、姉はどうやら神様だったらしい。その発想は突然すぎたが、納得できる部分が多くあった。姉は支配することを望む。現に、エタースに召喚されるまで、されてからも、菫は姉の奴隷なのだ。
「神域だ!」
「ええ?」
「神域に鍵がある!!」
「えっと、ヒトキシラ湖のこと?」
 神様と神域の関係は解るとして、いきなり神域が出てきたのが解らない。解らないけれども、イシュアは理解できているらしい。何度も自分の中の解答を吟味し、そして「うん」と頷いて、菫の方を見た。

「菫。明日は結婚式をあげてくれ」

 もちろん、明日は結婚式だった。本当ならここにいるべきじゃない。
 でもイシュアは、続けて言った。
「そして神の御前で、拒否するんだ」
―――――― ええっ!? ちょ、な、なんでっ? 王家が滅んじゃうんじゃ・・・・っ!?」
 結婚するために召喚されたのだ。それに、実はファレルの事が気になって気になって仕方ない。はっきりと言えば、恋慕が育ちつつある、というか、ね。傍迷惑な伝説だけど、結婚自体は嬉しいもの変化しつつあったのだ。もちろん彼は自分に好意は持っていても恋慕は持っていないだろうけど・・・・。というか、嫌われていなければいいなぁって思ってるけど。
 色々なことが判明した今、いささか、結婚どころではないけれど。
「儀式の間はずっと呪に縛られる。対抗できる呪を教えるよ」
「ちょ、ちょっとイシュア! わたし、滅ぼしたくないっ!!」
 みんな言葉を変えているけど、滅ぶってことは殺すってことだ。
 わたしたちがやろうとしていることは、相手を間接的に殺すことだ。上司が部下に始末しろって命令するのと同じ。実行犯じゃないけど、同じように罪に問われる行為だ。
「時間が足りないんだ。いや、今気付けて良かったと言うべきかもしれないが。とりあえず僕を信じてくれ」
「い、いやよっ。出来ない!」
 大きく何度も首を横に振る。頼まれても無理だ。そんな事。
 なのにイシュアは、何がおかしいのか笑うのだ。それも綺麗に。
「大丈夫だよ、菫。心配しなくてもいい。それだけの確信が僕にはある」
 実の妹よりも、姉のことを知っている、姉の孫として。
 そして言葉を重ねるのだ。菫を呼び出した、最初の本当の理由を ――――



BACK | NEXT


10.07.19

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送