第四章 −3−


 花の名前を持つ少女が必要なのではなく、欲しかった少女が花の名前を持っていた。

 それは同じ意味のように見えて、まったく違う。伝説の内容も、ガラリと姿を変えてしまう。
 そして菫は、今日何度目かの同じ質問を繰り返す。
「つまり、その目的の少女を攫うために、魔法をかけたの?」
 その少女以外はどうでもいい。不幸にも選ばれてしまった犠牲者。そういう事になる。たった一人の少女のために。少女が欲しい。たったそれだけの望みのために、一つの国が生け贄に選ばれたのだ。
「どうしてっ?」
 掠れた声が出た。自分の中に沸いた怒りのやり場が解らない。そんな、意味の判らない我侭に巻き込まれた怒りが、怒りの行き場を迷う。
 国を、国の中心である王族の人間全ての命を犠牲にする魔法。王族だけじゃない。王族に連なる貴族。世話をする子息淑女、そして使用人たち。王族だけの問題じゃない。これは国の問題なのだ。そんな重大な責任を、たった一人の少女に背負わせるのだ。
「知らなかった、んだと、ぼくは思う」
「知らないっ? 知らないって・・・・っ」
 許されるはずがない!
 庇うような台詞。イシュアは視線を合わせない。余計に腹が立つ。そして、妙な焦燥感が菫を襲った。
 じわじわと、理解しようとされる頭を、何度も振って、自分の考えを散らす。それ以上考え続けることを拒否した。拒絶しなくてはならない。自分のためにも。

 だってその思考の先に、強い恐怖を覚えてしまったから。

「魔法をかけた人間は、目的の少女の名前や、もしくは本人を知らなかったんじゃないか? だからこういう方法でしか魔法を発動できなかった」
 そこでイシュアは躊躇う素振りを見せ、しかしそんな自分を振り払い、ひたと、菫を見つめる。
 菫も、そんなイシュアを見つめ返す。何も言わないでくれと、そんな他愛ない願いを込めて。
 しかし、イシュアはそれを敢えて掘り起こす。

「きっと、同じ花の名前を持っていると、それだけしか知らされなかったから」

 同じ花の名前。
 つまり、花の名前を持つ誰かが、間に入る。魔法使いと目的の少女の間に、誰かが入るのだ。

 そしてイシュアは、さらに考えを広げた。いや、広げたんじゃない。曝け出したのだ。
 きっとイシュアは、今までも考えていたんだろう。きっと彼の中には最終的な答えも出ているんだろう。単純に菫に自分の考えを知ってもらうために、一緒に考えている、という形を取っているにだけに過ぎない。
「それは誰だろう? でもそれは今は保留にしよう。判らないことが多いし、他にも焦点を当てたほうがいい」
 答えを先延ばしにしている。そう思わせるほど、わざと答えを避けているように見えた。それでもう決定的。彼の中では答えは出ており、かつ、認めてしまっているのだ。
 菫も、説明できるほど理解はできていなかったが、それでも、答えだけは頭の中にあった。それ以外の答えなんて、ありえなかった。
 むしろ、それ以外はあってはならないように思う。それに、最初に言い始めたのは彼のほうだったのではないか?
―――― イシュア・・・・、はっきり言いなよ。簡単じゃない・・・・」
「菫・・・・。まだ、はっきりと決まったわけじゃないよ」
「でもわたしと同じ答えを持ってるじゃない!!」
 きっと、イシュアの頭の中にある答えは、菫の中の答えと同じ。
 どうして、姉だけだと言えるのだろう?
 菫の後を追ってこの異世界エタースに辿り着いたのは、茜だけだという保障はないのだ。
 そもそも、姉がどうやってエタースに辿り着いたのか、それこそ考えなきゃいけない。最初から異世界の存在を知っている人間がいなきゃ、話が繋がらないのだ。
「お姉ちゃん一人だけで、わたしが異世界にいるって結論に出るわけがない・・・・っ」
 何が何でも、姉は妹の居所を知る。事実、姉はここにいた。その証拠がイシュアだ。
 すでに起こってしまっている。すでに、取り返しのつかない事になっている。

 菫一人を見付けだすために、どれだけの犠牲が積み重なってきたかっ!!

 姉は、誰の手も借りない、と言うような人間じゃない。利用できるものは何でも利用する人。姉には取り巻きも多かった。奇妙な友人も多かった。
 姉には相談できる人がたくさんいた。
 妹が行方不明になったからって、すぐに異世界とか思いつく人はいない。誰だって最初は誘拐だとか、家出とか思いつく。
 そして姉は、妹である菫を支配していると言ってもいい。
 菫のことなら、何でも知ってる。だから、家出でも誘拐でもないことは、姉自身がいちばんよく知っている。
 どこでどう、菫が誘拐されたか、異世界にいるのか、そんなのは菫には知り様がないし、説明だって付けられない。そこに誰が仲介に入るのかも、何も判らない。
 でも茜は菫の居場所を見付けだし、追い掛けてきたのだと判る。血の繋がった姉妹だからこそ、判る。
 どんなものも利用して、追い掛けてきたのだ。菫を。
 どこまでも追い付いてくる鎖。断ち切れたものと思っていたのに、まだ繋がっていた。恐怖と安堵を同時に感じて、菫は思わず涙を零す。

「菫・・・・。泣くのは後だ。すべて終わってから、泣いてくれ。今は体力も気力も消耗させたくない」

 イシュアの言いようは冷たかった。その代わり、菫は頑張ろうと自分に叱咤する。伝説を解明するのだ。そうしなきゃ、申し訳がたたない。
 手の甲で流れた涙を拭い、パチパチと頬を叩く。うん。まだ大丈夫。
―――― 続けよう」
 菫が少しでも持ちなおしたのを確かめ、イシュアは話し始める。
「お祖母さま、つまり菫の姉はここに来た。それは確認できる。それじゃあ、もう一人、もしくは数人は、どこにいる? 彼女と共にエタースに来た誰かは、どこにいるんだろう。そこでまず考えなきゃいけないのは、菫よりも後に地球を脱した彼女が、菫よりも遥かに早く、こちらに出現していること、だ」
―――― っ!」
 菫にも判った。

「同時にこっちに来る方法を試したとしても、同じ時間に現われるわけじゃないのねっ?」



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07.04.29




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