第3章 −4−


「知っているはずだ。ぼくよりも、あなたの方が付き合いは長い」

 菫の動揺ぶりを嘲け嗤うように、イシュアは冷静に言葉を運ぶ。
「嘘よ、そんなの!!」
「嘘だと否定するということは、すでに知っているということだ」
 菫は両手で耳を塞ぎ、目をつぶって、外界との接触を拒んだ。
 それでも入り込んでくるイシュアの見えない触手。気付きたくない事実に、無理遣り向き合わされる。
「どうして、そんなにぼくの顔に驚いたのかな」
 似ていたから。
「どうして、逃げるんだろう」
 同じ匂いがしたから。
「どうして、君はすべてを忘れてここに生きているんだろう」
「やめ・・・・・・っ」
「君の身体は、汚れきっているのに」

「やめてぇ、おねぇちゃん!!」

 思わず叫んでいた。
 恐慌を来す。
「あ、あ、あ」
 押しつけられた期待。静かな怒り。存在しない沈黙。
 いつの頃からなのか、すでに正確には分からない。小学校を卒業する頃にはもう、始まっていた行為。
 一週間に一度だったものが、二度になり、二日に一度になったのは、つい最近。
 殴る蹴るは当たり前。服で隠れるお腹を中心に、痛め付けられた。
「ねえ、ちょっとだけ、見せてよ。興味あるんだ」
 イシュアの口調が、がらりと変わっていた。けれども、違和感は感じなかった。それが、本性の彼の姿だから。
 菫はいつのまにかベッドに押し倒されおり、頭上で両手を押さえ付けられている。
 ワンピースタイプのドレスは、簡単にイシュアの手に解かれる。一気に捲られて、太ももから下着まで、日の光の下に曝される。
 服に隠れた部分は日光にも当たらないので、生まれたばかりのように真っ白だ。
 普通なら、そうなる。しかし、菫は普通ではなかった。
「ひっ」
 冷たい指が、菫のお腹を撫でる。おへそを中心に、輪を描くように。
「これが、あの人の言ってた火傷の痕かぁ」
 無機質な声だった。
 お腹は菫の急所だ。少しでも触れられれば、どうしたって動けない。
「たくさんある。そっちでは、『コンジョウヤキ』って言うんだってね。タバコとか言うもので焼くんだ。これってさ、痕、消えないの?」
 一つ一つ、確かめるように指でなぞっていく。
 菫自身、煙草を押しつけれて付いた火傷痕を、数えたことはない。シャワーを浴びるときだって、下を見ないでいる。それでも、見えてしまうときはある。頭はそれを瞬時に数え、十数個と判定する。もしかしたら、二十は越えているかもしれない。
「ファレル殿下と結ばれたら、やっぱり次は子作りだよね。後継ぎを生むために召喚されたんだから。―――― これを、見せられるかな?」
 愕然とした。
 結婚するということは、つまり、そういうことなのだ。家族になるとは、そういうことなのだ。今まで考えもしなかったことに対して、改めて恐怖感が強まってきた。
 上目遣いに見られている。妖しく光るその瞳は、今までよりも生き生きとしていた。
「見せられないよねぇ、こんなもの。すっごく気持ち悪いよ、実際」
 涙で周りの風景が霞む。身体が自然と震えだす。
 やっぱり自分は、汚い。ここにいる資格はなかった。自分みたいな人間が、この国に血を残せるわけがない。
「泣いても、状況は変わらない。つまらないな、もっと反応すると思ったんだけど」
 本当につまらなさそうに、イシュアは呟いた。
 すでにイシュアは菫を解放している。菫の身体は自由だ。なのに、ベッドに縫い付けられたように、手も、足も、どこもかしこも動かない。舌も痺れて話せなかった。
 小さな嗚咽だけが、菫を動かす。
「あなたのことは、子供の頃からずっと聞かされていた。信じてなかったけどね。でも、伝説を目の当たりにしたら、やっぱり信じるしかないよな。同じ名前だし。見せられたシャシンと同じ顔してるし。あのシャシンって技術、すごいよな。光を利用してるんだって? すごく進んでる世界に住んでたんだね」
 イシュアは菫の手を取り、ベッドの上に座らせる。ぎこちなく、されるがままになる菫。
 菫は、反論しても、いつだって抵抗だけはしなかった。
「へぇ、本当に従順だね。聴いてた通りだ。等身大の、生きた人形ってところか」
「どう、して」
 舌が痺れている。それでも、口にした。
「どうして? それって、どうしてぼくが知っているかって?」
 イシュアは、あの人と同じ笑顔で、菫を見る。

「あの人、君のあとを追って、この世界にきたんだ。何年も前にね」



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H17.03.13


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