第3章 −2−


 残されたファレルは、今の言葉を吟味しようとしていた。
 訳の判らないわがままで彼女が頓珍漢なことをするのは、いつものことだった。
 感情を素直に表に出す彼女は、怒りも喜びも、悲しみさえも恥ずかしげもなくこちらにぶつけてくる。
 考えてみれば、菫は普通の少女だった。そこらにいる、どこにでもいるような、ちょっと活発な女の子。
 ただ、その生い立ちがこの国では『普通』じゃないから、ここまで騒ぎ立てられ、派手になってるだけで。

 先程の涙と、唐突な謝罪。最後の発言の意味。そして『あの人』・・・・。

 苛立ちがファレルを襲う。菫に何が起きているのか、何がそうさせたのか、それが判らなくて、焦燥感にも似た感情の嵐が、ファレルに何事かを告げる。
 この世界に菫の昔からの知り合いはいない。だから、彼女が仕入れる情報はすべてターヴィスとラニバの知っている事柄。あの二人が知らないような事を知っている、というのは、異世界の情報に限られる。
 ときどき彼女が見せる、自嘲的な笑み。無感動な瞳。苦痛にまみれた表情。そして諦めを含んだ雰囲気。  それは、菫が育ったチキュウに関係することなのか?  意志が強く、決して泣くような性格の女じゃない。泣くぐらいなら怒るほうを選ぶような性格だ。それぐらいは短い付き合いながら判る。  だから、弱々しげに泣かれて、あの時、ファレルは菫を抱き締めたいと強く思った。伸ばしそうになった手を押さえるのに必死で、思った端から物騒なことを言われて、そのまま彼女を行かせてしまった。
 呼び止めることも出来なかった。
 泣いてる少女を目の前にして、不覚にもファレルは動くことが出来なかった。慰めることも、何か声をかけてやることも。何も出来なかった。

―――― ファレル殿下?」
―――――― !?」

 背後から名前を呼ばれて、ファレルは肩を揺らして動揺する。そして舌打ちを一つ。
 例え王宮内であろうと、油断は禁物である。なのに今、予想外の展開の所為で、隙だらけの背中を見せ、なおかつ呼び掛けられるまで人がいたことに気付けなかった。
 さらにその相手が、天敵ならば。
「こんな朝早く、何の用だ」
 振り替えれば、そこには弟イシュアの姿。
「ひどい言い草だな。昨日、君たちが忘れていった馬を連れてきたのに」
「・・・・・・それは、済まなかった。礼を言う」
「暇だったからね」
 礼を突っぱねれて、ファレルは不機嫌を隠さず、鼻を鳴らした。本当にこの義弟は気に食わない。
 イシュアは、冷たいその灰色の瞳を、真っすぐにファレルに合わせてきた。
「伝説の花嫁どのは、一緒じゃないんだ」
「いつも一緒にいるというわけじゃない」
 今まで菫と一緒にいたことなどおくびにも出さず、答えた。
 内心では、タイムリーな会話に苛々が積っている。
「明後日、婚儀だと聞いたから、ついでにお祝いでも、と思ったんだけど。彼女、どこにいるのかな。こういうことは本人に言わないとね。きっと突然のことに不安にもなってるだろうし」
 イシュアの台詞に、それに思い至らなかったことに舌打ちしそうになる。イシュアにそれを知らされたことが、余計に腹立だしい。
「自分の部屋じゃないのか。あいつの行動など、知ったことか」
「それを聞いているんだけど。相変わらず、人の話を聞かないんだね」
 刺のある科白に、いい加減ファレルの堪忍袋の尾も切れそうだった。
 それを素早く察したのか、イシュアは早々に会話を打ち切る。
 ここら辺が、長く兄弟をしているだけあると判る。
「こっちで勝手に探すさ。ファレル殿下、愛馬がとても寂しがっておりましたよ」
 菫が消えたほう(裏口)に、イシュアも進み、そして扉の向こうに消える。
 言いたいことも考えたいこともあったが、とりあえずファレルは、厩に足を向けた。馬はとても繊細な生きものだ。きっと、ファレルを待っていることだろう。
 ファレルは歩む足を早め、一つ一つ問題を片付けようと決めた。
 後々に、そのことをひどく後悔することも知らないで。



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H17.02.13


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