第2章 −5−


 喧騒に満ちた街中に入ったとたん、菫は復活した。
 初めて見る珍物や、お店。いろんな人種にいろんな髪の色。着ている服だって、麻が主で、とても動きやすそうである。
 目移りしてしまい、自然、歩く速さは落ちる。
 こうして見てみると、菫のような黒い髪に黒い瞳の人間はいない。少なくとも、菫からは確認できなかったし、見える範囲にはいなかった。
 そして、自分たちは、とても目立っている。
 ちらちらと視線が合うし、耳にも自分たちの噂が聞こえてくる。遠慮ない人たちは、あからさまに指を差すし、無遠慮に見てくる。
「ファレル、離れてよ」
「なに?」
「ファレルのせいで注目浴びちゃってるじゃない。先行ってよ。付いていくから」
 ファレルの背中を押して、後に下がる。
 昔から、菫は注目を浴びるのが苦手だった。他人の評価を聞くのが嫌だった。
「注目を浴びているのは、俺じゃなくて、お前だけどな」
「嘘つき。ほら、さっさと行ってよ」
 肩を寄せ、首を縮め、とにかく小さく、目立たなくしようと努力する。
 時々ファレルの背中を確認する以外は、ファレルの靴を見て歩いた。
 道の両端に開いた屋台のような店先の列を抜け、石の建物が連なった、住宅地っぽいところに入っていく。
 その頃になると人も少なくなり、菫もファレルの隣に並んで歩いた。
 どんどん周りの景色が淋しくなってくる。そして、闇が近付いてくる。
「ねえ、本当にこんなところにいるの」
 盗賊が出てきそうだ。もしかして、騙されているんじゃないだろうか。
「まだ、ここは安心だ。街から遠ざかっているだけで、大したことはない」
 菫の心を読んだかのように、ファレルは答えた。
 家と家の間に距離が出来始めた頃、ファレルは脚を止めた。
 すでにこの時点で、一時間経っている。
「ここ?」
「そう。付いてこい」
 傲慢な命令だったが、菫は素直に付いていった。置いていかれては、怖すぎる。
 家の裏手の方にファレルは回った。
 石を積み上げて造られたその家は、かなり頑丈そうだった。古そうだし、こじんまりとしているが、周りの家に比べたら、ずっと豪華だった。
 裏には使いこまれた井戸があった。井戸の後ろには柵があり、山羊と鶏が飼われていた。

「イシュア」

 ファレルが呼んだ少年は、篭を持って餌をやっている最中だった。
 呼び掛けられたその背中は、細い。
 麻の服を着ているが、さっきまで街の中で見ていたものと違い、高価な工夫がされている。
「・・・・・・ファレル殿下?」
 ゆっくりと彼は立ち上がり、こちらに顔を向けた。
 暗い青色の短い髪と、灰色の瞳が菫を射抜く。
 ファレルの義弟は、どちらかというと、女顔だった。凛凛しい系のファレルとは似ても似つかない、綺麗系の顔。
 それでも、重たそうな荷物を軽軽と持っているから、確実に男の人だ。

(どっかで、見たことある顔だなぁ・・・・・・)

 菫が首を傾げていると、ファレルが紹介をはじめた。
「スミレ、彼が乳兄弟のイシュアだ。俺と同じ年だが、今はお前と同じ年になる」
 菫は一時思考を停止し、親しげな笑みを浮かべて頭を下げた。
「イシュア、こいつはスミレだ」
 菫の紹介はそれだけだった。
 ムカッときたが、黙って耐えた。ここでファレルの機嫌を損ねたら、帰れなくなる。
 しおらしく、ファレルの一歩後で微笑む。
 シュアは、スミレを見て、ニヤリと表現したくなる笑みで、微笑んだ。
「初めまして、スミレ。今度は、ドレスの時にお会いしたいですね」
「何だ、簡単にばれたか」
 ファレルが、舌打ちをした。心底、悔しそうだった。
「ファレルより見る目があるね」
 女性だと一変に見破ったイシュアに、菫は親近感を持った。
「初めまして、イシュア。上坂菫っていいます。仲良くしてくださいね」
「ファレル殿下の婚約者どのと仲良くするのは気に食わないけど、個人的になら、仲良くしましょう。大変でしたね、いきなり召喚されて」
 さらに、婚約者だということまで知られている。
「あの、どこでそれを知ったんですか」
「伝説の花嫁は、有名ですからね。ファレル殿下が普段連れてこない人を連れてきたなら、それは一人しかありえない。簡単な推理です」
 言葉の端々に、嫌味のスパイスが入っている。イシュアは、確かにファレルの義弟だ。
 菫はそう確信した。
 血は繋がってなくても、性格は似るらしい。
「そんなことよりも、イシュア。お前のところの召喚陣を使わせてくれ。夕食までには戻りたいんだ。どこぞのバカが駄々をこねてな」
 忌ま忌ましそうに、ファレルは頼み事をした。
「本当に、誰のせいでしょうねえ」
 菫は白を切った。
 ファレルが睨んできたが、どこ吹く風だ。
 そんな二人を見て、イシュアはクスリと笑った。



戻る】       【進む


H16/03/03

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送