第1章 −8−


「あれ・・・・・・」
 どこかで間違えたのだろうか。そこには、一枚の扉。そして、その扉は今、開け放されている。扉の向こうは、真っ暗な外だ。
 明るい夜になれている菫には、とても恐ろしい光景だった。
 来た道を戻ろうと、踵を返す。
「スミレさま?」
 名前を呼ばれ、びっくりして振り替える。扉から、シオンが顔を出していた。
「シオン・・・・・・っ。やだ、驚かさないでよ」
「すみません。見回りをしていたもので。スミレさまは、どうしてこちらに?」
 不思議そうにしているシオンに、菫は頬を染めた。
 まさか、迷子になったとは、言いにくい。
「お顔の色が、優れませんが。どこか、体調でも崩されましたか・・・・・・?」
 化粧では隠せないほど、そんなに顔色が悪いんだろうか。
「いや、ちょっと呼吸困難。ドレスが苦しくってさあ。部屋に戻りたいんだけど、曲がる場所を間違えたらしくって、もう、泣きたい気持ちです」
 シオンの顔を見たら、今まで我慢していたものが、一気に溢れだす。泣き言なんて言いたくなかったが、素直に声に出していた。
 シオンは、菫を安心させるように微笑んだ。
「ぼくにも、経験はあります。はじめてきた頃は、よく迷いました。何せ、際立った特徴がないものですから、部屋を覚えるのも一苦労でして。スミレさま、お手をどうぞ。御部屋まで案内いたします」
 お姫さまにするように、シオンは少しだけ膝をまげて、手を差し出した。
 思わずその上に手を重ねてしまう。
「お姫さまになったみたい」
「正真正銘、スミレさまはお姫さまですよ」
 馬鹿なことを言ってしまった。でも、それもしょうがない事だと思う。だって、自分がお姫さまになったのは今日のことで、ここに来る前までは一般人だったんだから。
 手に引かれるままに、菫はシオンの背中を追う。シオンの背中を見たとき、ラニバとの会話を思い出した。
「王家の人間と並んで一緒に歩くことは出来ないって教えてもらったんだけど、シオンは違うの?」
「ぼくは、爵位をもらっていますから」
「シャクイ?」
「はい。伯爵の位です」
 一瞬、思考回路がストップする。

(伯爵って、偉い人のことじゃなかったっけ? 王家の次に偉い人だっけ? 男爵の方が上だっけ? あれれ、よくわかんなくなってきちゃった)

 ちなみに、爵位は五段階あり、男爵はそのいちばん下である。伯爵は真ん中に位置している。
「えっと、夜の見回り?」
 伯爵がする仕事なの、それって。
「はい。もともと農民の出ですから。ぼくの本来の仕事は、厩係です。さっきも、馬の様子を見にいっていたんですよ。馬というのは、繊細ですから」
「伯爵・・・・・・?」
 脳味噌に酸素がいかない状態。でも菫はまだ立っている。驚きが、立たせていた。
「今まで通り、シオンで良いですよ。伯爵といっても、王宮内に出入りするために必要だったので、王が授けてくれたものなんです。名ばかりの位ですから」
「へぇ〜。そうなんだ」
 菫は感嘆の声を上げる。
 爵位を与えられたということは、それだけシオンが頑張ったということだし、王にも気に入られているということ。運だけでは、どうにもならないことだ。
 だから菫は素直にすごいと思った。
「だからシオンとは並んで歩けるんだ。良かった。シオンとは友達になりたいから、やっぱり並んで歩きたいしね」
 シオンが、驚愕の表情で菫を見つめている。足も止まっている。
「そんな、恐れ多いことは出来ません」
「なんで?」
「スミレさまは、王家の人間ですから。それに、伝説の花嫁さまであせられる」
 今までの親しさが鳴りを潜め、他人行儀な仮面が表れた。ファレル殿下の時と同じような怒りが、菫のなかに顕れる。
「どうして? そんなのおかしい」
「スミレさま」
 嗜めるような、口調。
「シオンだって、わたしと一緒でしょ。農民で、伯爵。平民でお姫さま。今の立場が邪魔しているだけ。わたしたちは、ここにいなかったら友達になれてるよ」
「仰るとおりです。今の立場が、スミレさまの言う関係を許さない」
「シオンはわたしと友達になりたくないのっ?」
 気付いていたら、大声で怒鳴っていた。夜の王宮内に、響く。
 シオンが、人目を気にするように角を曲がった。曲がったそこには、見慣れた階段があった。この階段をあがれば、部屋に戻れる。
 シオンは黙ったままだ。
「シオン、わたしは友達がほしい。何でも話せるような友達じゃなくって、一緒にいて落ち着く友達がほしい。ここでの知り合いはほとんどいないの」
「ラニバが、います」
「うん。ターヴィスは教育係だから無理そうだけど、ラニバとは友達になれる」
「でしたら・・・・・・」
「でもラニバは、わたしと一緒に歩けないんだよ」
 わたしが欲しいのは、一緒に歩いてくれる人。伝説の姫だとか、王家だとか、伯爵だとか、そんなの関係なしで一緒にいられる人。忘れさせてくれる人。
「ファレル殿下が、おられます。貴女は、ファレル殿下の御婚約者なのですから」

「後免被る」

 菫の声と一緒に、誰かの声が重なった。菫とシオンは、驚いて声の居所を探す。
 階段の上に、いた。今話していたファレル殿下が、そこにいた。
「ファレル殿下・・・・・・」
 シオンが、慌てて菫の手を離す。
 いきなり自由になった手。暖かさが消えて、寒さが身に染みる。
「盗み聴きですか」
 菫は問い返す。食堂での怒りが、再熱する。
 ファレル殿下は着替えたらしく、食堂で見せたものよりも、はるかに軽い服を着ていた。腰に差してある大振の剣が、目に入る。重厚なそれは、飾りには見えない。
「あれだけ大声で話していれば、嫌でも耳に入る」
 不遜な言い方だ。でも、他人行儀な言い方よりは好感が持てた。
「俺のことは気にせず、続けてくれ」
 言われて、シオンが顔を真っ赤にしたと思ったら今度は真っ青にしてすぐ様否定した。
「いいえ!見回りの途中、姫さまをご案内していただけですので、これで失礼します」
「あ、シオン!」
 深く深く頭を下げると、後を見ずにシオンが走り去っていく。角の近くにいたので、シオンの姿は瞬く間に消えてしまった。
 菫は、いつまでもシオンが消えた角を見つめる。
「・・・・・・シオンに惚れたか?」
 ファレル殿下が、静かな声で言った。背中を向けているので、その表情は分からない。
 でも、きっと馬鹿にしたような笑いを張りつけているに違いないと思った。
「友達に、なりたかっただけなのに」
「無理だな。シオンのあの生真面目な性格では。お前の望みは、ただの迷惑でしかない」
 迷惑。
 その一言が、菫の胸に刺さる。
 無理強い、させてしまった。自分の都合を押しつけ過ぎてしまった。
 自分のことしか考えていなかった。淋しいという理由だけでは、駄目なんだ。
「権力って、本当に必要なときには、役立たずだ」
 菫は、階段上のファレル殿下を見た。
 階段を上り、ファレル殿下が立っている階の一段下に、腰を下ろす。
「ねぇ、伝説って何? なぜ、男子は地球の花嫁を娶らなきゃならないわけ?」
「この国を造った奴が、流されてきたチキュウの人間だからさ」
 親切にも、教えてくれた。嬉しくなって、質問を続けた。
「何で、その言い付けを守ってるの? おかしくない?」
「お前にとったらな。それより、立て。お前の部屋にいく。こんなところでお前と話していたなんて、あとで噂を立てられると困る」
 嬉しく思った自分が馬鹿だった。腹立ち気に立ち上がると、さっさとファレル殿下を置いて階段を上がりきる。上がったところには、一つの部屋しかない。そこが、菫の部屋だ。
 軽く扉をノックして、中に入る。
「お帰りなさいませ、姫さま。どうでしたか、晩餐は」
「後ろの奴に聞いて」
 ターヴィスとラニバの笑顔に迎えられた。ターヴィスの質問には、後ろから付いてきたファレル殿下を見せることで納得してもらう。
「邪魔をするぞ、ターヴィス。ラニバ。悪いが、席を外してくれ」
「ファレル殿下っ!?」
 驚いて右往左往するものの、二人は紅茶の用意をすますと、さっさと出ていった。さすがに教育を受けているだけあって、行動は素早い。
 ターヴィスの意味ありげな視線と、ラニバの煌めいた視線が、残された菫は気になった。
 何で二人を追いだすのか、その時になって疑問が浮かんできた。尋ねようとした途端、ファレル殿下が真剣な表情で、言った。

「ドレスを脱げ」

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H15/07/11

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