旋律の薫り 〜第1章〜


第1章 −1−


 川のせせらぎが、菫を覚醒へと誘った。

(お婆ちゃん家に来てるんだ)

 菫はそう思った。
 祖母の庭には、小川があった。本当に小さな小川だったけど、縁側で昼寝をする時、いつだってこの水の音が菫を包んでいた。
 思わず寝返りをうつ。いったん起きたら、寝返りをうつのが癖だった。
 枕にあたる頬が痛い。まるで太い草の上で眠っているみたい。青臭い匂いだってしてる。

(リアルな夢)

 おかげで目を覚ましてしまいそうになる。
 そこまで考えて、菫は唐突に起き上がった。ガバリと、擬音を付けたくなるぐらいに。
「ここ、どこ?」
 一面の野原。
 川のせせらぎは、記憶にあるものよりも大きく、川自体が、湖のように見える。
 それらを囲むの深い森。空をみれば、綺麗に晴れ上がっている。鮮やかな森のグリーンが、太陽の光を浴びて自慢気に空に見せている。
 一見したところ、ここは日本じゃない。
 外国のどこか。それも空気の良い、スイス辺り(行ったことないけど)。だって、森を抜けたら真っ白なお城が聳えたっているような雰囲気なんだ。
 菫は、混乱していた。
 昨日は金曜日だった。週休二日制だったので、今日はお休み。土日は毎週、家でごろごろする計画。旅行に行くなんて、聞いてないし、そもそも連れてこられた記憶なんてない。自分は二階にある自分の部屋のベッドの上で、クッキーを食べていたはず。 現に口の中にはそのクッキーの味が残っており、水分を要求している。
「これは夢だ」
 口にしてみたが、妙に現実じみている。夢を見ているという感覚がない。ますますこれは現実であるという感覚だけが、妙に働いている。
 それに、夢の中でこれは夢だと自覚すると、目が覚めるって聞いたことがある。
 ちゃんとこれは夢だなって言っているのに、目覚める気配なし。
 それともアレだろうか、小説や漫画でよくある、異世界への旅というものだろうか。今わたしは、ファンタジーというものを経験しているのだろうか。
「そんなのないない」
 言葉にして否定してみる。
 冷静に客観的に情報を集めている自分。それを否定している自分。夢だと思い込もうとしている自分。現実だと認めたくない自分。

(もう一度寝れば、何とかなるかもしれない)

 そう思うと、それ以外の方法などないかのように素晴らしいものに思える。
「よし、寝よう。寝ちゃえば目が覚める。目が覚めたら、そこはわたしの部屋だ」
 誰ともなしにお休みと呟くと、菫は目覚めた時と同じ態勢で寝転がった。
 興奮して眠れないかもしれないと思ったが、案外早く睡魔は表れた。菫はその睡魔を歓迎して、夢のなかに落ちていった。


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H15/05/23
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