何が起こったのか、ちゃんとこの目で見ていたのに、理解できなかった。
 理解したくない現実だった。

0.繋がっているもの V



 封を切ったつよしは、今まで感じられなかった、とてつもなく大きな妖の気配に、愕然となる。なぜ気付けなかったのかと、のちのち悔やむほどに。
 今は悔やまない。対処するほうが重要優先事項だからだ。

 妖気は、鋭い殺気に変化している。つよしはすぐさま身を低くし、呪を唱える。見えない壁が、つよしの前に現れる。
 殺気の出所は、つよしを狙っている。なら、志紀は無事だ。ワンコも付いている。
 つよしが張った結界に、激しくも鋭い殺気がぶつかった。ビリビリと結界を通じて腕が痺れる。結界は何度か弛み、そして数秒後、ひび割れ、散った。なぜか殺気はそれだけだった。まがまがしい妖気も、残り香のみで、気配は何も残されていない。不審に思うほど綺麗に消えている。
―――――― ?」
 まだ警戒は解かない。視界が効かない中、気配を探る。
―――― 志紀?」
 名前を呼ぶ。
 気配は一つだけだった。幼なじみの、一つだけ。
 嫌な予感が、背中を這い上っていく。眉をひそめ、目を懲らす。
「つよし? 大丈夫かっ? なんか、変な音が・・・・」
 煙る向こうで、人影が動く。志紀だ。
 変な音というのは爆発のことか、それとも結界が壊れたものか。
「妖気が消えた・・・・」
「つよし?」
 志紀がこっちに近付いてくる。つよしも歩み寄ろうとして、出来なかった。

「来るなっ!」

 ビクリと、志紀の歩みが止まる。こういう時、素人という事実を認識している幼なじみは、つよしの言うことを無条件に信じ、従う。
 つよしは歩けなかった。一歩も動けなかった。
 視界を転じることさえ、出来なかった。
 それらは、他者による強制じゃなかった。つよし自らが、したくないと強く願った思いだった。
 妖の気配が消えた。同時に、もう一つ、消えたものがある。
 濃厚に漂う血臭。それは、つよしの足元から漂っている。だからこそ、つよしは地面を見ることが出来ず、一歩も動くことが出来なかった。
 後ろに下がるのも論外だった。そうすれば、必ず視界が広がり、地面も見えてしまう。
 いずれ視界は鮮明になる。いずれ、事実は突き付けられる。

「・・・・・・志紀、外に出ろ」
「・・・・・・つよし、ワンコがいない・・・・」

 志紀は何も気付いていない。いや、何かに気付いている。だから口答えした。いつもなら、文句を口にしないながらも不満を顔に出して離れるのに。
 騙したい時には、騙されてくれない。
 本当に厄介な幼なじみ兼、親友。
「つよし」
「何も見るな」
「何をっ!! いったいどうやってっ!!」
 感情が高ぶっている。ぶつけられるつよしも、高ぶってくる。
 お互いに認めたくない。でも、自分たちのせい。だからこそ余計に認められなくて、でも事実だと、突きつけられる。目の前のそれに。漂う濃厚な血臭に。
 煙が晴れる。視界が鮮明になる。遠く離れていない志紀も、そこに見えた。
 志紀の表情は、あやふやに歪められている。その目はつよしを見ていて、つよしも志紀を見ている。
 誰一人として、床を見ない。見ちゃいけないと定められているかのように、床だけは視線を外す。
「つよし・・・・、ワンコ、どこだよ」
 ワンコの名前を出せる分、志紀の方が強い。つよしは、何も言えない。

 ワンコの気配が感じられないなんて、つよしにはあってはならないことだ。

 昔から霊感が強くて、修業もしてないのに除霊が出来て、天才だと、すごく甘やかされてきた末っ子。
 そんな自分が、間違いなんて起こすわけがない。
 起こしちゃ、天才じゃいられなくなる。我が侭に生きられなくなる。

「つよし! いい加減に目を覚ませ、この馬鹿っ!!」

 幼なじみの叱咤に、思考の迷路から脱出する。何を気弱な考え方してたんだ。
「・・・・・・そんな台詞、一度でいいから成績で勝ってから言ってくれ」
「学年トップにどうやって勝つってんだよ、馬鹿!」
「学年トップになればいいんだ」
 無理だろうけど。
 その一言はいらなかったのか、志紀の表情が怒りで真っ赤になる。言い返してくるかなと思ったが、そういう状況じゃないと、志紀は押し黙った。
 喧嘩できるところまで冷静になれた。
「志紀。先に出てろ」
「・・・・・・俺のせいなんだから、俺も一緒にするよ」
「志紀のせいじゃない。俺のせいだ」

「そうね。明らかにこれは愚弟の責任ね」

 場違いなほど軽やかな声が響いた。蔵の鉄の扉から、女性の声。姉貴の声だ。近くに兄貴の気配も感じた。
 扉は開いたままだ。つよしの家族は退魔師の一族で、誰もが霊感を持っている。遠くない敷地内で何が起きたかは、明らかに理解の範疇にある。
「二人とも出てきなさい」
 静かな、それでいて口答えを許さない口調。志紀とつよしは大人しく出る。
 そこにはつよしが感じた通り、長兄と長女が揃って恐い顔をして待っていた。
「お姉さん・・・・」
「志紀くん。君は向こうで卓の説教を受けなさい。それとつよし、君はお姉さんのところに来なさい」
 志紀は長兄の卓のところへ。つよしは長女のミカへ、近付く。
 背後の蔵が気になる。中にいるワンコが、気になる。それが表に出てたのか、ミカは恐い顔をさらに凶悪にし、つよしの頬を思い切りぶった。

「素人が出しゃばるものじゃないっ!!」


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H16/09/26


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