3 世界の理


 志紀が部屋に引っ込んだと同じく、つよしも最初に通された部屋に引っ込まされた。
 せっかくの隠し玉が、切る相手と和気靄々と会話していたのだ。そりゃあ怒るだろう、なんて、他人事のようにつよしはイーガーの内面を読んだ。そしてその通り、イーガーは怒っている。ある意味、判りやすい男だった。
「メイジェン! いったい何をしていたんだっ!!」
「申し訳ありません、イーガー殿」
 八つ当りされたが、素直に頭を下げるメイジェン。その拍子に髪飾りがシャランと軽やかな音を響かせる。一挙一動が絵になる女性だ。はらりと落ちる横髪も、揃えられた爪先も、すべてが絵になる。
 イーガーの愛人をやっているのだとしたら、勿体ない。
 そんな俗物的なことを思いつつ、二人を横目に、つよしはチェアに深く座り、二人の会話を頭から締め出した。じっくりと先程のことを思い出したかったからだ。

(あの感覚は・・・・・・)

 式である犬・ワンコを出した時、いつもより集中力を必要としなかった。腕を動かすのと同じぐらいの脳からの命令しか出さなかった。ワンコを思い出し、利用しようと考えたとたん、ワンコが床に座って主であるつよしを見ていた。
 他にも色々とある。
 人の気配が、濃厚だ。元の世界では、確かにつよしは感覚は強いほうだった。霊感があったので人が近付けば人の発する“気”を遠くから感じ取れ、それが誰かが分かった。
 ここではそれが強くなっている。人間の存在のみの感覚が、まるでその人間の感情とか、体調とか、気分とか、そういう物まで分かるようになった。少し集中すれば近くに存在している動物なんかも解るような気がする。否、きっと解る。その確信がつよしの中にある。

 それはまるで、鍵のかかっていないドアと同じ。

 普段は厳重な管理下にある霊能力の制御が、それを押さえるストッパーが、まるで自動ドアになってしまったように、簡単に大量の“力”が溢れだす。
 つよしは最初、能力が上がったのだと思った。
 でもそんなはずがない。つよしは良くも悪くも、自分の“力”の限界を把握している。修業嫌いの自分が、持って生まれた“才能”以上の力の向上などありえない事に。
 ならば出される答えは一つ。
 この世界と自分の“力”は、非常に相性が良いという事だ。
 同時に、“力”を使う上での恐怖が両肩に伸し掛かる。“力”を無制限に使えるようになったからと言って、無敵になったわけではない。今まで働いていた安全装置が無くなったに等しい。
 ギリギリのところでいつもショートしていた自分の能力。それは安全装置が働いていたからだ。だから、本当の意味で命の危険に曝されたことはない。
 でもここでは違う。ここでは安全装置は働いてくれない。きっと“力”を使い果すまで、自分は自分の命の限界を計ることが出来ない。

(・・・・・・早く、帰らないと)

 志紀を連れて、早くこの場所から出なければならない。
 志紀を、何としてでも地球に戻さなければならない。
 それはつよしの義務であり、一番の願いだ。すでにつよしの中には異世界に来てしまった原因は忘れ去れている。
―――― メイジェンさん。イーガーさん」
 呼ばれた二人は、同時に口を閉ざして招かざる客を見つめた。その瞳には何の感情もない。二人とも、感情を隠す術を知っていた。
 それでも、つよしの口から出てきた言葉に、思わず瞠目した。
「第二王子を消せばいいんですね?」

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『第二王子を消せばいいんですね? なら、手を貸します』
 テーブルの上から聞こえてきた声に、チェアに浅く腰かけていた少年は片眉を持ち上げた。そして続けて流れてくる会話に、面白そうに身を乗り出す。
「へぇ、けっこう使えるじゃないか、異世界の人間も」
『この者、離れていてもその存在が分かります』
『風の流れは読めていないくせに、存在感は強いです』
 少年の者とは違う、明らかに少女の鈴のような声が二つ、少年のすぐ近くでした。声の大きさも十分だが、しかし微妙に不鮮明なところがある。
 バルコニーにいるのは少年一人だけだ。用意されている香草茶も一人分だけ。しかし、会話は三人分あった。
「それが特徴なのかな? もう一人の人間はどうだ?」
『第二殿下の存在が強く、邪魔されて読めません』
『まったくのただの人間。読めないのも道理』
「やれやれ。そんな人間しか喚べないなんて、魔道士最強の座、ウィディンから取り上げちゃおうか」
 楽しそうに発言する少年。それに賛同するように少女の声が重なる。
『異界に関しては強くても、それ以外はただの魔道士。ただの教育係』
『そもそも異界に関する術はすべて禁術。魔道としての格は上位に食い込んでいるだけ』
「ただの人間だしね、彼も。良くも悪くも・・・・ね」
 意味深に少年は微笑む。そうすると、年令以上に大人っぽくなる。
『サルト様。メイジェンが気付きました』
『痕跡を残さずに散らせました』
 同時に、テーブルから流れていた会話が途切れ、今まで存在していなかったモノが、そこに突如、現われていた。声と入れ替わったみたいに突然だった。しかしサルトと呼ばれた少年は、驚かない。
「ご苦労さま、シンビ、ジューム」
「「いいえ」」
 今度こそ、同じ声がはっきりと聞こえた。テーブルの上には、サイズこそ小さいものの、少女が二人、手を繋いで立っていた。姿形は同じ。大きさは地球で言うところのリカちゃん人形。精巧に出来た人形がプログラム通り、滑らからに動いている。そんな表現の場面だった。
 しかし、それは人形ではない。その頬は血が通い、うっすらと紅に染まり、その瞳は感情豊かにくるくると回る。それは人形には決して出来ない芸当である。
「だいたいの計画は分かったし、あとは奴らが勝手に自滅するのを見るだけでいいさ」
 その言葉に、クローンのようにそっくりな二人は、そっくりな声で両手を胸の前で組み、祈るような姿でサルトを見上げた。
「さすがサルト様。性格の悪さも一品です」
「付いてきた甲斐がありました」
「・・・・・・・・・・お前たち、少しは社交辞令とか、覚えろよ」
「「わたしたちに嘘を口にしろとおっしゃる?」」
 サルトは頭を抱えて、手を振った。
「分かった。分かったから、そのステレオ、止めてくれ。頭が痛くなる」
 二人の正体は精霊である。それも双子の姉妹で、特に自然界で幅を聞かせている風の統領の娘たちだ。風の精霊あるところ、伝わらない画はない。どこにでも道を繋ぎ、どんな情報も秘密裏に持ちかえる。そして先程のように同時中継も熟す。
 彼女たちは、サルトの専属魔道士だった。
 王族の子供はみな、専属の魔道士を持っている。そして彼らから政治や理を教わる。幼少の頃は家庭教師としても動く。
 サルトは、彼女たちが流していた情報に時を奪われて冷めてしまった香草茶に手を伸ばす。冷めた香草茶も、別段の味わいがある。
「サルト様。来客です」
 左側の少女が姿を消す。同時に右側の少女が来訪を告げ、遅れて姿を消した。彼女たち精霊は仕える主以外にその姿を見せることはない。
 さらに数分後、侍女が姿を見せて客の訪いを告げた。
「入れて」
 侍女が頭を下げて出ていったと入れ代わりに、背の高い男性が入ってきた。
「サルト、話があるんだけど」
 姿を見せた白い人影に少しだけ驚愕を滲ませ、それでも立ち上がり、第三王子のサルトは、歓迎を素直に見せた。
―――― どうぞ、レウィシア兄上」






06.06.11


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