4 三人の王子


 サルト王子の私室に訪れたのは第一王子であり、王位継承を城下及び身辺で賑わせているレウィシアだった。ユースファの私室を訪れた後、こちらに赴いたようだ。
「珍しいですね。兄上がこちらに寄るのは」
 兄弟と言えどライバルである。共に勉強することはあっても気を許して会話を楽しむことはない。食事の場でさえ、全員が揃うのは義務づけされた朝食のみ。それも会話は当たり障りのない天気の話で終わり。時折執務の関係で話が上るぐらい。ずっと沈黙を保つのが食事の礼儀だ。
「ずっと、気に掛けてはいるんだよ」
「知っています」
 レウィシアは家族思いで有名だ。計算高いサルトでさえ、その親愛の情には気が抜けることがある。そしてそれを不快に思わせない不思議な兄。
 王位を巡るライバルの関係だけど、基本的にサルトはレウィシアを好いていた。実の兄として、尊敬もしているし、慕ってもいる。
 もう一人の兄とは喧嘩している記憶しかないが。
「香草茶を入れましょう。どうぞこちらに」
 テーブルの向かいにレウィシアを誘う。一客しかなかったチェアが何時の間にかある。双子の精霊の仕業である。もちろん香草茶も熱いものに煎れ替わっている。
「ありがとう」
 静かに足を進め、肩から流れるローブを絡ませることなく、優雅に腰を下ろす。ユースファとは別の意味で目を奪われる存在だ。もちろん兄が座ったのを確認してから腰を下ろしたサルトもきびきびとした動きが清潔で眼が洗われるような感覚を味わう。
 手ずから香草茶をカップに注ぎ、兄の前に置いた。レウィシアは再度礼を言い、音を立てずに香草茶を味わう。
「やはり、ここの香草茶がいちばん美味しいな。ユースファのは少し香りが強くて、僕のは甘くなる。同じ葉を使っているのに、煎れる人間が違うだけでここまで味が変わるから、なかなか同じ味に出会えない」
「葉の保存状態や湯の温度も影響しますから」
 自ら煎れた香草茶を誉められ、少しだけ頬を緩めるサルト。彼自身、香草茶に関しては譲れないプライドがあるのだ。
「双子にも徹底させてます」
「それはすごいな」
 破顔する第一王子。年相応のそれは、彼を王子と思わせない屈託がある。
 誰もが愛する第一王子。平等に愛を育む第一王子。
 この世に犯罪があることを知っていても、自分に降り掛かるとは、身内に降り掛かるとは、まったく考えていない、ある意味幸せな人間。
 レウィシア本人を知らない人間は、決まってそう言う。しかし違う。誰よりも人の深淵の、心の醜さを知っている。それでも人を信じる気持ちを決して失わない強い人だ。

(だからこそ、誰よりもシビアな人だ。無駄なことは決してしない)

「兄上、そろそろこちらに寄せた本題に移りませんか」
「そうだね。美味しい香草茶も頂いたことだし、僕の話を聞いてもらおうか」
 陶器のカップをおき、テーブルの上で指を組む。
 穏やかな表情はそのままで、レウィシアは告げた。

「王位継承を降りようと思う」

 第一王子レウィシアの言葉に、第三王子サルトは表情を変えなかった。すでに知っている事柄だったからだ。幹部の者なら、たいてい知っているだろう。
「驚いていないようだね」
「隠す必要もないでしょう」
「じゃあ、知っていたんだね」
 レウィシアもサルトが知っていたと分かっても、驚かなかった。サルトの専属魔道士は風の精霊だからだ。自然界の精霊を専属にした王族は、過去を見渡しても希少だ。そして例外なく、そんな王子は国王となる。
「こんなことを言うのは憚られのですが・・・・兄上のことを慕っているからだと思って聞いて頂きたい。兄上の母君であせられる第二妃の最近の動きには、目に余るものがある。たとえ双子がいなくても、この耳に届くぐらいには」
 大きくレウィシアは息を吐いた。彼自身、それこそが頭痛の種だと言うように。
「母上にはそれとなく話をしているが、聞く耳を持たないというより・・・・はっきりと告げたら軟禁される可能性があってね」
 恐ろしいことをさらりと言ってのける。けれどサルトは僅かに首を傾げて納得する。レウィシアの母親は国王と出会う前は娼婦をしていた。普通は貴族しか王には近付けないが、第二妃と国王の恋物語はなかなか面白く、吟遊詩人が謡にして残したほど、その出会いは運命的で情熱的なものだった。
 今でも王と愛妾は仲が良い。正妃が出来た人だからこそ、レウィシアは他の兄弟とも仲が良い。
「母の生き方は、あれはあれで、尊敬できるんだけどね」
 でも僕には合わないから。そんな呟きが聞こえそうな瞳を、サルトに当てる。
「サルトの母親が羨ましいね」
「そうでしょうね。王位に興味のないお方ですし。でも上に立ちたい人間にとっては、障害になりうります」
 自分も王位は狙っている。サルトはそう言った。レウィシアは微笑むばかり。王位を放棄する人間として、関わらないことを宣言したに等しい。
「・・・・・・兄上、よろしいんですね?」
 はっきりと尋ねた。レウィシアは弟の目を見て強く頷く。
 サルトはそんな兄に答え、目を伏せた。


 必要な話が済むとレウィシアは早々に退出した。王位を放棄するとはいえ、まだそれは正式なものではない。彼はまだ王位継承者たる重要な人間なのだ。継承者として、王族の人間として、成さなければならない責務は腐るほどある。
 サルトだって香草茶を飲みながら策略を練っているだけじゃない。城下の報告や環境保全の書類を一日中まとめていた。
 貴族が尋ねてくる事もあるし、一日に何回も茶会に誘われることもある。しかしそれは決して娯楽ではなく、ちゃんとした情報収集だったり、人事の顔見せだったり、色々な意味を持つものなのだ。
「ふぅ」
 考えることは嫌いじゃない。盤上の駒のように人を動かす心理を、サルトはとても興味深いと思っている。
「馬鹿で愚かな兄上たちだ。自分の身内が、いちばんの敵だとは思わないらしい」
 楽しくて溜まらない。そんな浮かれた声は、表情にまで表れる。
 まだ十代の前半だが、その微笑は大人顔負けの妖艶さを含ませ、策略を巡らせる瞳を鋭く輝かせていた。
「さて。もう一人、釘を押しておこうか」
 音を立てずに椅子から立ち上がり、サルトは双子の魔道士を呼び寄せた。



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06.12.24


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