3.王子の事情 U


 城の中と外。その中央の位置する静かな湖畔。林というよりも森を抜けたような、広大な土地。その、一角。
「王子、王子っ」
 湖の静かな小波を、朝露に濡れた草の上に寝転びながら、耳で楽しんでいる細身の青年が、いきなり騒音をたてた人物に気付き、起き上がる。
 静かな時間を潰されたというのに、彼に怒りの表情はない。むしろ微笑みを浮かべている。内心を悟らせない表情とも言えた。
「第一王子殿っ!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえるよ」
 鳶色の瞳を柔らかくさせ、第一王子であるレウィシアは、近付いてくる人物に首を傾げる。
「イーガー、この時間は確か・・・・・・」
「それどころではありませんぞ、王子」
 ぽっちゃり系というより、ボッテリ系の宰相の声に、レウィシア王子はさらに首を傾げる。宰相の荒い呼吸のせいで聞き取りにくかったが、充分にその意味はわかる。
「第2王子であるユースファ殿下の企みが分かったのですっ」
「ユースファの企み?」
 ますます首を傾げるレウィシア王子。その美しい眉間にはシワが寄っている。内心では「下らない」と考えているが、それを表に出さず、宰相を喜ばす不安そうな声と表情を心がける。
「ユースファは・・・・、いったい何を・・・・・・?」
「貴方の弟君を悪く言うのは気が引けますが、とんだ悪党です! 実の兄に対してなんという仕打ち! なんという悪意!!」
「・・・・・・つまり?」
 早く言えとその目は訴えているが、幸いにも宰相は気付かず、主君が危険な目にあうと言った口で、意気揚々と告げた。
「なんと、異世界から魔術師を召喚してきたのです! それも異端の、この世界とはまったく造りの違う魔術師を!!」
「魔術師の召喚・・・・」
 さすがの第1王子もそれには本気で驚いた。突拍子のないことをする弟だという認識はあったが、そこまでやるとは想像できていなかった。
 その驚きの表情に水を得たのか、朗々と宰相は歌い上げる。
「これは非常事態ですぞ。きっと兄君の命を亡きものにするに違いない。異世界から呼び出したのは足を出さないためでしょう。しかしそうは問屋が卸しません! その魔術師はわたしの手で捕まえました。証拠は揃っております! 今すぐにでも継承位を取り下げられるでしょう!!」
 支離滅裂な発言を繰り返すのは、自分の考えに没頭し、感激に浸っているからだろう。傍目から見ても宰相は、浮かれていた。
「うん・・・・、でも、国王や大公老たちに報告するのはまだ止めてくれないかな」
「王子っ!?」
 まだ庇いたてするのかと目を剥く宰相に、そうじゃないとレウィシアは首を振る。
「自分の中で決着を付けたい。幼少の頃より共にあった弟だ。出来れば最後は・・・・・・」
 意味ありげに語尾を止めると、宰相はコロリと騙される。宰相がマヌケなのではなく、王子が上手なのだが、それに宰相は気付いていない。気付かずに王子を手玉に取っていると思い込んでいる。王子はそこに付け込んだだけだった。
「分かりました。王子がそう言うのなら、私は知らないことにしましょう。しかし、第二王子が少しでも動くようなら・・・・」
「もちろんだよ、イーガー。その時は、貴方に任せる」
「承りました」
 そして、また静かな湖畔に戻る。

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「そういえば俺、なんで召喚されたんだ? 王様になる手伝いか?」
 志紀は、今更に召喚された理由を尋ねる。色んなことが立て続けに起こって、そこまで思い至らなかったのだ。むしろ神経は麻痺している。
「それもあるが・・・・別の面から見てほしくてな」
「別の面?」
「つまり、この国の事情を知らない者の意見だ。この国は王には絶対だからな。悪く言う奴は存在しない」
「ああ、そう」
 なぜそれだけの理由で自分がこんな目に・・・・。国外から連れて来いよ。なんてことは殊勝にも志紀は告げなかった。またぞろ我侭だろうと当たりを付けたのだ。むろん、それは紛れもない事実だが。
「王子は有名ですから」
 取り成すようにウィディンが言った。志紀はいまいちそこら辺の事情など分からなかったので、素直にそうか、とだけ返した。
 そこに、部屋にノックする音が響く。こちらの返事もまたずに、ひょい、と扉から顔を出す一人の青年。
「やぁ、ここにいたんだね、ユースファ」
「兄上っ」
 扉の向こうから、いかにも王子さま、という風体の青年が現われた。それに対しユースファは「兄上」と叫んだ。つまり・・・・第一王子だ。
 彼はユースファとは正反対だった。黒一色のユースファと違い、彼は白系統でまとめている。鳶色の髪や、同色の瞳。男にしては目が大きいが、その色は落ち着いた大人を思わせる。
 王族の人間だと、人目で分かる落ち着いて威厳に満ちた雰囲気。明るく愛された風体。そして美形度はかなり高い。

(もしかしてこの世界の奴らって、美形しかいないのかっ?)

 志紀がそう思うのも仕方なかった。志紀が出会った人間は、男も女も、系統は違うが、世界遺産並に美形なのだ。美人なのだ。超絶美形なのだ。
 その中では『平凡』の自分すら格下という勘違いをしてしまいそうだ。顔の美醜に拘るほうじゃないが、これだけ美形が揃うと卑屈になりそうだった。
「実は、君が召喚した魔術師をイーガーが預かっていると言うんだよ」
「やっぱりそうか・・・・。ウィディンの魔術に対抗できるのはあいつぐらいだからな」
「何でも、君が僕を亡きものにするらしいよ」
「魔術師を使って? 馬鹿馬鹿しい」
 心底呆れているのか、その口調には刺がある。
 それよりむしろ、志紀は『魔術師』という存在が気になる。もしかしなくてももしかして・・・・それはつよしなのか?
 確かにあいつの実家は退魔師の家系で、あいつ自身、すごい能力も持っているが、人を殺すようなことはしないだろうし・・・・そこまで力はないと、思いたい。
 志紀が自分の考えや不安の中にいる間、王族の会話は続いている。
「仲違いさせている現場を見せているから、まだ大丈夫だろう。イーガーも単純だし、侮れないのは母上だが、国王が見張っているのでおいそれと動けはいないが・・・・」
「問題は、メイジョンだな」
「いつまでも通用しない。これからもっと迷惑をかけると思う。何とか耐えてくれ」
「大丈夫ですよ、兄上。なんたってこっちには、偉大な魔術師がいるらしいですから」
 傍からみても仲が良い兄弟だった。王位継承をかけて争っている風には見えない。それは事実だし、この姿こそが本来の彼ら二人の姿だろう。
 周りの思惑のせいで自分らしく出来ないなんて、自分だったら耐えられない。早々に癇癪を起こしてすべてを没にしてしまうだろう。

「おい、お前」
「なにっ?」
 突然こっちに話を向けられ、志紀は戸惑う。
「どうやらお前の言う『つよし』とやらは、魔術師として活躍中らしい。いったいどういう素性のものか、後で詳しく聞こう」
「・・・・・・すまん」
 本当に申し訳ない気持ちだった。つよしのせいで謝るのが苦にならなくなったぐらいだ。本当にあいつは、トラブルばかりを引き寄せる。
―――― 彼は?」
 レウィシア王子の視線が、やっと志紀に止まる。今まで気付かなかったようだ。
 そんなに影が薄いのだろうかと、少し落ち込んでしまう。
「こいつは志紀。本当は彼一人だけ呼ぶつもりだったんですが、どうも引っ掛かったみたいで」
「それは好都合」
「・・・・・・兄上?」
 すぐに理解を示した兄の発言に、ユースファ王子の表情が固まる。志紀の表情の固まる。しかし知らぬげにレウィシア王子はローブの下に隠していたものを取り出す。
「メイジョンのことだから、色々と考えていると思う。とりあえず、彼は変装させるべきだよ」
「兄上の言うとおりかもしれないが・・・・」
「いちおう、ここに僕のものを持ってきている。気に入らなければユースファが用意すればいいよ。本当は魔術師さまに渡すつもりだったんだけど、君の方が似合う」
 そう言ってレウィシア王子は、麻袋を床に置いた。軽く、柔らかいものだ。中身はすぐに、こちらの洋服だと知れた。志紀は恭しく受け取り、いそいそと麻袋の紐を解く。
「君と仲良くしているところを他の人に見られても困るから、僕はもう行こう」
「辛い立場にさせてしまい、申し訳ありません」
 真実その面持ちで頭を下げれば、レウィシア王子は気にしないように首を振る。
「大事な弟であり、友でもある君のためだ。それももう、あと数ヶ月を残すのみ。大丈夫だよ。少しは君の兄を信頼なさい。それじゃ、ウィディン、志紀、また」
 そう笑顔で手をふる兄に、ユースファ王子も屈託ない笑顔で見送る。
 そして志紀の方を見て・・・・・・首を傾げる。
「何をしてるんだ、いったい」
 王子が思わずといった感じに言ったとおり、志紀は麻袋を覗きこんで首を左右に振ったり、中に入っている服をゴシゴシと拭ったりしている。
―――― これが、あの人の?」
「そう言ってたから、そうだろうな」
 何を当たり前のことを、という顔をする王子に、志紀は気付かない。視線は袋のなかに釘付けだ。
―――― この国では、これが普通なのか?」
「お前のいる世界と文化が違うのは当然だろう」
 ますます訳がわからない王子。その隣ではウィディンも同じ様子。
―――― 俺の世界では、一部にマニアックな・・・・」
「はぁ?」
「いや、外国では男でもするって言うし・・・・、意味はないんだろうな、うん」
 志紀一人で納得している。
「何なんだ?」
「いや・・・・」
 そこでやっと、志紀は顔をあげた。

―――――― どう見ても、スカートなんだけど」



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H16/05/15

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