2.王子の事情 T


「攫われた・・・・って、ええっ!?」
 ウィディンが告げた言葉に、志紀は理解したくないはないが、理解しなくてはならない事を起こったことを知る。
 ただせさえ召喚が失敗したのに、なんでこう、問題を大きくするんだ、あの馬鹿は。
 ここにはいない幼なじみを詰ると、志紀はウィディンに詰め寄る。
「何とかならないのかよっ! 攫った奴の正体とかっ!!」
「申し訳ありません。障壁を張られているため、魔法による探索は無理です。ですが王宮に存在する魔術師は限られておりますから・・・・・・」
「御託はいいから、さっさと調べてくれ〜〜〜〜っ!!」
 頭を抱え、志紀は椅子代わりにしてたベッドにへたれ込む。
 頭の中がどうにかなってしまいそうだった。胃が痛い。確実に穴が開く。というか、とっくの昔に開いてなきゃおかしい。
「つよしに何かあったら・・・・」
 いや、むしろ、あいつが何かをしでかさないか、そっちのが心配だ。
 ただでさえトラブルメーカーなのに。これで本人に自覚なけりゃ諦めもするけど、あいつは自覚があって、しかもわざと悪いほう悪いほうへと自ら進んでいく。
 さらには、途中で無自覚のトラブルすらも引き寄せてしまうのだ。
 そのおかげで志紀の小学校時代は最悪・・・・いや、中学校も高校も大学も今も、現在進行形で最悪だ。
 なんであんな奴と幼なじみやってんのかと思うと、マジで泣きたくなる。
 そこへ、同じベッドで寛いでいた王子が声をかけてきた。

「おい、まあ・・・・、そんなに悩むな。犯人の心当たりは、一応、ある」

 我侭王子・・・・ユースファという名前はすでに知っているが、言いにくいから言いたくない・・・・は、なぜか躊躇いがちに言ってきた。
「犯人っ!?」
「さっきも言っただろ? ウィディンは国でも五指に入る優秀な魔術師だ。そんなウィディンが捉えることの出来ない魔術師は限られてくる」
 微妙な希望が湧いてくる。
 さらに我侭王子は言う。
「ついでにこの時間帯で庭園を散策する趣味の野郎を知っている」
 多少の希望が湧いてくる。信じてもいいかもしれないと、王子を見つめる。
「というか、そいつが犯人だったら、ちょー厄介なんだよ。でもそいつしかいねーから、仕方なく認めよう」
 いきなり「ちょー」なんて軟派な口調になる王子に吃驚し、その後の台詞にさらなる驚愕に襲われる。
「! どういうことだよ!?」
「あまり、表立って喧嘩したくない相手なんだよ」
「お前にそんな遠慮とかあったのか。へー、初耳だねぇ」
 最高に嫌味ったらしく言ってやると、王子は顔をしかめた。それでも美形は崩れないんだから、本当に美形なんだなって、納得する。
 俺は男だから女ほど美醜にこだわらないけど、こいつの美形度は見慣れない。美人は三日たつと慣れるっていうけど、あれは嘘だ。嫌味な奴だけど、美形なのは認める。それ以外は最低なんだけどさ。
「まぁ、睨み合いはそこまでにして、つよしさんの安否を考えましょう。そして、これからの対策を練らなくては」
 ウィディンの言葉に、志紀はハッとする。
「安否って・・・・殺されたりとか・・・・・・っ!?」
 日本じゃ、誘拐イコール殺人。
 志紀の頭の中に、ロープでぐるぐる巻きにされたつよしの死体が浮かんだ。それだけで貧血を起こしそうだった。
 しかし王子が一蹴した。
「は、まさか! あいつにそんな甲斐性あるもんか。せいぜい利用するだけだろうよ」
「利用っ? 利用ってなんだよ。犯人知ってるんだろっ? そいつのとこ、案内しろよ!!」
 それがいちばんの解決策だろ? それにつよしは利用されるようなタマじゃないんだよ!!
 なのに、だ。この我侭王子は、こっちを見下すように鼻で笑った。
「そういうわけにもいかないから、こんなに悩んでるんだろ」

「お前のどこが悩んでるんだよ!!」

 王子はベッドに優雅に寝そべり、ウィディンがいれた香草茶の香りを楽しんでいる。見ていて様になってるが、志紀にしては腹が立つことこの上なかった。
 とうてい、志紀にはできそうもないほど、王子は余裕綽綽だ。
「あの、志紀さま。どうか怒りをお納めに下さい。殿下も悪気があるわけではないのです」
「俺にはそう見えるけどねっ」
 ウィディンの顔が悲しそうに歪んだ。そういう顔をされると、志紀も強く出れない。
「分かった。分かったよ。ウィディンの顔を立てる」
「あ、ありがとうございます!!」
 泣きださんばかりに感謝されたら、そりゃ、身を引くよ・・・・。


 そして、ウィディンは王子の悪気の無さを説明してくれた。
 まぁ、漫画に有りがちな王位継承問題らしい。
 それによると、王子は王様のに2番目の息子であり、継承権は2位になる。しかし母親は正妃であるため、三人いる息子のなかではいちばん王に近い場所にいた。
 ユースファ自身、王になる気はない。しかし周りはそう考えておらず、彼が継承すべきだと考える者が多数いる。
「多数?」
「つまり、国民のほとんどです」
 そして多数以外の少数派は、ユースファの兄であるレウィシアを王にと望んでおり、そうのための動きも見せている。レウィシアの母親は愛妾・・・・第2妃の一人で、特に彼女と宰相が強く望んでいるがそれが叶った例しはない。
「なんで?」
「第一王子に継承の意志がないからです」
「だからその弟である俺を亡き者にせんと企む奴らが現れる」
 王子の淡々とした口調に、志紀は知らず知らずのうちに肩を強ばらせた。とんでもない事態に巻き込まれたのかもしれないと、改めて血の気が引いてくる。
「実際はそこまで大きな問題はありません。もともとこの国は穏やかな者ばかり揃っていますから。彼らはただ、第一王子をその気にさせ、こちらに『王位を継がない』という言質を取りたいだけなんです」
 言質され取れば、ユースファに王位継承の権利は剥脱される。
 ウィディンによると、国王はまだまだ健在で、退位するのに後三十年は必要らしい。けれど退位して王子に場を譲っても、何も出来なければ意味はない。
 王位継承者は、22歳になるまでに王位を継ぎ、父王の元で政治の勉強をしなくてはならない。だから、早く継げば継ぐほど、その分国は安泰だった。
 そして問題の第一王子は、今年で22歳になる。残り2ヵ月の猶予しかなかった。そのせいで母親である第2妃と宰相は焦っている。
「この頃、嫌がらせも増えてきて、困ってるんです」
「よく聞く話だけど・・・・、マジで大変そうだな、王様って」
「ええ・・・・」
 ウィディンの肯定に、志紀は王子に向き直る。
「で、お前はどうなの? 王様になりたくないのか?」
 なら、狙われるのはいい迷惑だろう。巻き込まれた志紀も迷惑だった。・・・・同情はするが。
「・・・・・・俺は、今、この時が続けばいいと思っている」
「うん?」
「俺は、ずっとこのままいい」
―――――― ?」
 ピーターパン症候群か?
 志紀はそう思った。やっぱりまだ子供なんだと、思った。しかし王子の次の台詞に息を呑んだ。

「俺はこの時間を続けたい。いつまでも、永久に、この戦乱のない平穏な時代を、終わらせる事なく守っていきたい。そのためだったら、王にでもなる」

 どこにでもある話だった。漫画や小説で、使い古された設定。
 本当にそういうことがあるんだなと思った。けど理解はしていなかった。
 いま、一国の王子の言葉を聞いて、やっと自分が異世界にいるのだと、そういう世界に立っているのだと、しっかりと確認した。
 王子は一国を担う一端。次世代への希望。
 最初はただの我侭王子だと思っていたけれど、その認識を志紀は正す。
「お前なら王になれるよ。そんな王に、皆は付いていくだろうな」
 ああ、と言葉少なげに答える偉大な少年に、志紀は笑いかけた。



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H16/04/02

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