1.ステファン王国


 いきなり異界に召喚された幼なじみである志紀を追って、異世界に飛び込んでしまったつよしは、ちょっと困った状況にあった。

 当の志紀と、逸れてしまったのだ。

 手を放したつもりもなければ、しがみ付いた志紀を手放したつもりもなかった。
 なのに、近くに志紀の存在がない。
 つよしの霊感レーダーによると、志紀は間違いなくこの異世界にいた。が、その所在までは判らない。近くにいることだけは、確かなのだが。
「・・・・・・・・・・暑い」
 日本では正月の最中だった。外では雪も降っていた。寒風もあった。つららまで下がっていた。
 ストーブは捨てたし、コタツも化石並みに古い。着込むのは常識だ。でも、この世界ではその常識は通用しないらしい。
 太陽は真上にのぼり、蜃気楼まで立ち上っている始末。
 額からは粒のような汗が吹き出し、身体に熱が篭もっている。
 つよしは立ち上がり、セーターを脱ぐ。その下は薄手のトレーナーに、カッターだ。トレーナーも脱いでしまうと、カッターの腕を捲る。セーターは肩から掛け、トレーナーは腰に巻いた。これで歩き回るのに邪魔なものはなくなった。
 が、本当に歩き回っていいものか?
 つよしは、辺りの景色を一猊する。調和よく整えられた豪華な花。まるで迷路みたいな垣根。それでも、毎日はさみが入っていることがよく解る。
 ここは、どこかの庭園だ。それも、大金持ちというレベルではなく、すでに王国というレベルで。
 なぜそういう判断ができるかというと、別にたいしたカラクリがあるわけではなく、召喚される前に、アパートで志紀の話のなかに、お城のイメージがあったからだ。それに、全体像は見渡せなくても、白い城の屋根みたいな尖塔部分が、ここからでも十分に望めた。
「これも不法侵入か・・・・・・」
 志紀を探してもいいが、山で遭難した時は歩き回らない方がいいと、習った覚えがある。ここは山でもなければ日本、もしくは地球でもないが、大人しくしていたほうが無難かもしれない。

「・・・・・・・・・・?」

 つよしの霊感レーダーに、近くに人がいるという気配が伝わってきた。それも一人じゃない。二人・・・・。一人は素人っぽいが、一人は玄人っぽい。
 さて、どうしようか。
 頭をかきながら、つよしは彼らが姿を表すのを待つ。何かあっても、事情を説明すれば何とかなるだろう。
 そんな楽観的なことを本気で考えながら、それでも心のどこかに志紀が引っ掛かっていた。
 志紀のことだから、今頃パニックになっているかもしれない。もしかしたら、すでに泣いているのかもしれない。志紀は、昔から泣き虫だった。涙腺が弱いのか、よく映画を見ては泣いていた。

(また、怒られるな・・・・)

 志紀の怒り癖には慣れてるから簡単に躱せるが、それに泣きが加わるとつよしは弱い。
 昔からそうだ。あいつは、昔から何でも泣けば済むと思う奴だった。
 そして俺は、そんなあいつに弱い。―――― あいつは知らないだろうけどな。

「―――― そこにいるのは誰?」

 声を掛けられる。垣根のすぐ横。身体を半分隠した状態で、その女は警戒心のかけらもない目で問うてきた。
 日本にはない色合いの、プラチナブロンドを長く背中に垂らしたその女性は、白いローブを身に纏い、つよしの目を見ている。
 目と目を合わせた瞬間、つよしは分かった。
 目の前の女性がただの可憐な女性なだけでなく、危険な刺を持っていることに。そして相手も、つよしのことを理解したことがわかった。
「―――― この世界の者ではありませんね」
「召喚されました」
 友と一緒に、とはあえて言わなかった。相手が都合よく誤解してくれれば、説明する手間が省ける。
 何よりも面倒なことが嫌いなつよしは、相手の反応を見る。
 相手の女性は何やら考え込んでいたが、すぐに背後を振り返り、何事かを呟いた。彼女の後にも人がいた。これで足音が二名だと立証されたわけだ。
「―――― 貴方からは不思議なオーラが流れてきます。何か、不思議な力を持っておられる?」
 オーラが流れてくる。なんて文学的なんだと思った。
「いちおう、これでも実家は陰陽道の流れを継いでるからなぁ・・・・」
「つまり、使えると?」
「かなり優秀な方だな」
 自分で言うのもなんだが、つよしは謙遜は嫌いだ。自分でも優秀だと思ってる。
「では、こちらへどうぞ。貴方が召喚された訳を説明いたします」

++++++++++++++++++++
 豪華絢爛。百花繚乱。エトセトラ。
 そんな単語がつよしの頭の中を飛び跳ねている。
 何から何まで金がかかっているということが分かる、金ピカな室内。賓客室とかいう部屋らしい。ただの一介の大学生が泊まれる部屋じゃない。
 しかし、つよしは心からこの状況を楽しみ、くつろいでいた。美味しい茶菓子においしい紅茶。これ以上にないほど、安らかな空間である(つよしにとっては)。
「香草茶のおかわりはどうです?」
 ここまで連れて来てくれたプラチナブロンドの美女・・・・メイジョンと言うらしい・・・・が、手ずから香草茶(紅茶じゃなかったらしい)をいれてくれる。つよしは遠慮なくおかわりを所望した。
 エタースでは紅茶はほとんどないらしいが、ハーブ茶だけは大量に出荷されているらしい。この国は高級な香草茶が豊富で、国の目玉でもある。つよしは日本茶の方が好きだが、神経を休める作用をもたらす香草茶は、かなり好きになりそうだった。
「落ち着きましたか?」
「ええ。とっくに」
「―――― そうですか。では、なぜエタースに召喚されたのか、お解りになる、と?」
「いえ、まったく」
 不甲斐ない幼なじみに連れられて・・・・とはさすがにつよしも言えない。まだ情報収集の段階だが、目の前にいる美女が『悪者』だということは理解している。後ろにいた男が美女の雇い主であるそうだが、この国の王族ではなく、宰相ということは教えてもらった。
 国に黙って賓客室に得体の知れない異世界人を簡単に住まわせ、かつその賓客室は豪華絢爛の百花繚乱。確実に国の財政を食い潰しているハイエナというのは、通なら誰だって理解できる。
 さらにはメイジェンは美女だ。美女は悪と、相場で決まっている。
 見た目で充分判断できる彼らの中で、素直に話すわけがない。いくら仲間うちから『常識知らずの変人』と言われているつよしでも、それぐらいの判断は訳なかった。
「いきなり、光ったんですよ。そうしたらもう、重力がめちゃくちゃのところに放りこまれて、で、この様です」
 まさかこの年で迷子になるとは思わなかった。志紀の奴は、ちゃんと人が居るところに出れたのか。かなり心配だ。
 メイジェンはこちらに同情の視線を投げ掛け、深く首肯いた。
「分かります。とつぜん召喚されたんですから。大変でしたね」
「いや、別に?」
「・・・・・・・・と、とにかく、あなたはどうやら魔術に巻き込まれたようです。術式と魔力の波動から見て、犯人は十中八九、第2王子の魔術師、ウィディンでしょう」
 彼女の言っている意味が分からない。魔術師は霊能者。術式は、たぶん術の法則だろう。魔力は霊力に変換させ、波動は術を発動させる時の気の流れ。
 彼女のファンタジー記号を分かりやすく頭の中で変換し、つよしは新しい名前に興味を示す。その名前は、志紀の言葉の中にもあった。
「水を使う魔術師?」
「ええ。この国でも五本の指に入る優秀な魔術師です。・・・・まさか、こんな倫理に反することを行なうなんて・・・・・・っ」
 信じられない、とメイジェンは口元を手で覆った。
 普通の人間ならここで騙されて絆されるんだろうが、つよしは幼少の頃から人間の汚いところや暗いところを見てきた。霊は嘘をつかない。人間の嘘は、いくらでも見てきた。つよしの目は誤魔化せない。

 この女、何か企んでいる。

 自分を使ってよからぬ事を考えている。利用しようとしている。それも、ウィディンという人物に関することで。
 人知れず、つよしの口元に微笑が浮かぶ。
 利用しようとされている。なら、利用されてみようか?
 どうせ志紀を捜し出さなきゃならないし、自分ひとりの力じゃ元の世界に戻れない。大人しくしておいた方が得策で、その間に情報や知識を埋めていく。そして最後に奴らを利用して地球に帰ればいい。
 何より、こんな居心地のいい所を離れたくない。戻ったところで寒いし食物はないし大家は煩いし、いいことはない。
 一夏の経験、もとい人冬の経験。
 こんな楽しいこと、今を逃せば永遠に回ってこない。
 目の前にいる美女に気付かれぬよう、つよしはにやり、と笑った。
「で、俺は何のために召喚されたって?」
 彼女の希む質問を繰り出し、そしてつよしは、この王宮の事情をすべて飲み込んだのであった。



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16/02/06

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