4.異 世 界


 突然の浮遊感から、放り出される。放り出された場所は、柔らかく、弾力があるものの上。それは大きな天蓋付きのベッドだった。
 何度目かの移動(召喚)のおかげで、すでに免疫は出来ている。気持ち悪くなければ、気絶もしない。
 志紀は素早く自分の身体を調べ、次いで周りの状況を把握しようと見回した。
 今度は意識を失わずにすんだ。
 しかし目を覆いたくなり、実際に覆っても、耳さえも両手で塞いだ。
 目の前のものが何のかを、志紀は考えたくもなければ、思いだしたくもなかった。

「・・・・・・なに、この坊や。突然、現われたけど」
 女性らしい、柔らかく、かつ高い声が塞いだ耳を通して聞こえてくる。
「・・・・・・ウィディンに暇を出した途端、これか」
 否定したい声も聞こえた。

(ああ、やっぱり。さっきの映像の嘘じゃなかった)

 志紀がさっき、不注意にも見てしまった映像は、くっきりと網膜に張りついている。
 二人の年若い男女が、薄いシーツの中で抱き合い、いかにも情事の真っ最中というシチュエーションが展開されている。
 白い肌。形のいい乳房。深紅の長い髪が真っ白なシーツのうえに波打っている。
 健康そうな肌と筋肉のついた、唯一の知り合いであるわがまま王子は、激しく志紀を睨みながら、舌打ちをした。
「おい、帰れ」
「なら、呼び出すなよっっ!!!」
 その言いように、涙声で怒鳴る。
「お前に言ったわけじゃない。シンビに言ったんだ」
「女より男を優先させるなんて、いい男になったものね、ジュニア」
 艶やかに微笑むと、名残惜し気もなくその見事な肢体をさらし、下着姿に近い格好のまま、その部屋から出ていった。
 あまりの堂々とした姿に、志紀は見惚れてしまう。
 ポケ〜〜としていたら、後頭部に衝撃を受けた。
「あいたっ!」
 いつのまにか着替えおわっているわがまま王子が膝で志紀の後頭部の蹴ったのだ。文句を言おうと口を開いたとたん、
「鼻の下が伸びてる」
「え・・・・・・っ」
 と言われ、思わず鼻の下に手を延ばして隠す。
「冗談だ」
 笑い声を隠すように、くつくつと笑う年下の美形。
 翻弄されている。年上の志紀が、年下の子供に。
「どうやら、時間の流れが違うみたいだな。お前、向こうに戻って、どれぐらいしてこっちに来た?」
「・・・・・・10分ぐらい、か?」
 何となくわがまま王子の言いたいことがわかって、素直に答える。時間なんてはかる余裕なかったけど、早口の説明と手際のいい治療には、それほど時間はかかっていない。
「なるほどね。こっちでは5日経っている」
「つまり、時間の過ぎ方が、こっちのが早いってことか? 一日が、向こうでは約2分ぐらい・・・・経過してるってことか」
「思考能力が早くて助かる」
 本気でそう思っていないことが、手に取るように判った。
「おい、いったいどういうことだよ! 何でまた召喚されなきゃならないんだっ!」
「俺さまの命令は絶対だ」
「意味わかんないし! ていうか、何のために俺は喚ばれたわけ? 人違いじゃなかったのかよ。俺はただの大学生だし、一般人だし、つよしみたいな特殊能力も持ってないし・・・・・・・・」
 そこで志紀は、ハタと気付く。そして慌てて周りを見渡す。
 広い部屋だ。最初に喚ばれた部屋と同じように見えた。ここはベッドの上で、近くにはわがまま王子がいて、さっきまでいた女性の残り香が、志紀の鼻孔をくすぐる。
 この部屋にいるのは、志紀と王子の二人だけだ。
 それ以外の生きものの存在や気配は、いっさいなかった。
「な、なあ。俺だけ?」
「俺が望んだのはお前だけだ」
 面白そうに、志紀の動揺を眺める年下の美形。
「じゃあ、ここに来れるのは、俺だけ、だ?」
 例え召喚時に引っ付いていよう(しがみ付く?)と、喚ばれるのは志紀だけということになる。
 そう思って安心しようと思ったとたん、志紀のその考えに気付いたのか、王子は言葉を付け足した。
「ただし」
 もったいぶった言い方に、志紀は不安を隠せない。
「召喚の水の揺らぎにお前以外が触れれば、そいつも引きずり込まれる」

「うわ ―――― っ! つよし ―――――― っ!!!」

 志紀はその恐ろしい言葉に、恐慌を来す。
 あのバカは、一緒に行きたいと言い出し、水に触れるどころか、自分にしがみ付いてきた。完全に水の中に飲み込まれた時も、つよしの腕は放れなかったことを志紀は覚えていた。そしてその感覚に、ひどく安心したことも。
「つよしっ!! つよしはどこだよ!!!」
 一緒に召喚されたはずのつよしが、同じ場所に現われないなんて、どういうことだ!?
「おい、落ち着け。誰かと一緒だったんだな?」
 王子は深刻そうに眉をひそめ、志紀に問うてきた。
「つよしだよ! 幼なじみ!! あいつ、俺も行きたいって言いだして!! 一緒に落ちた!!!」
 志紀は、完全に錯乱している。
 迷子とか、行方不明とか、そういう問題じゃないことは、充分に理解できた。問題は、ここが異世界という事だ。
 あいつは自分と違って、神経が図太い上に、腹が座っている。だから、たぶん、あいつはどこに居ようと動揺せずに冷静に対処できてしまうんだろう。志紀がいなくても、それに対して恐慌に陥ったりはしないんだろう。
 でも志紀は違う。
 例えこの異世界の知識が幼なじみよりも深くても、繋がりが深くても、つよしがこの異世界に迷い込んでしまったという事実だけで、心臓が張り裂けそうなほど、キリキリと志紀の精神を苛む。
 安全な地球上にいるなら。あの壊れそうなアパートに居てくれるなら、安心していられるのに。
「どうしよう・・・・、俺のせいだ・・・・・・。助けなんて、呼ぶんじゃなかった・・・・・・っ」
 見る間に、涙がせり上がってくる。そしてそれは盛り上がり、ある瞬間を越えると、ぼろぼろと頬を濡らした。
「俺のせいだ・・・・・・っ」
「落ち着けよ、おい。そんな、生死の判らない状態じゃあるまいし」
 今まで強気に突っ掛かってきた異世界人の、気弱な表情と態度を見て、王子の心が不安定に揺れる。
 慰めたいと、王子は唐突に思った。女を抱く時みたいに、彼の肩を引き寄せ、背中を撫でてやる。
 自分で自分が信じられない行為だったが、腕の中の存在は、されるがままに、泣き続けている。女みたいな欝陶しい泣き声じゃなく、心が引きつるような泣き声だった。
「大丈夫だ。そんなに離れた所にはいない。すぐに見付けられる。ウィディンを呼び出して、そいつの安否を確かめさせよう」
「ほ、ほんとに・・・・っ?」
「第2王子として、約束する」

++++++++++++++++++++
 それからわがまま王子はすぐにウィディンさんを呼び出し、簡潔にこちらの事情を伝え、ウィディンさんは何も聞かずに捜索してくれた。
 普通の捜索じゃなくって、魔法の捜索だった。もう俺の頭は完全に麻痺してて、どんなことでも受け入れられる態勢になっていたので、ウィディンさんが水を空中に鏡のように浮かせても、そこに映像が映っても、驚くことはなかった。
「・・・・・・痕跡が見つかりました。しかし・・・・・・」
 水鏡はどこかの豪華な庭園を映している。
 ウィディンさんの言っている痕跡は、志紀には見えない。
「しかし、なにっ!?」
「『つよし』さんですか? 彼がいません。どこかに移動したみたいですね。もう少し、範囲を広げてみます。そう、遠くには行ってないでしょう」
 志紀を安心させるためか、ウィディンさんはこちらが和むような笑顔を見せた。
「御託はいい。さっさとしろ」
 なぜか不機嫌そうな顔と声ではっぱをかけるわがまま王子。
 それに応えて、志紀には解らない言語で呪文を唱えているウィディン。水鏡の映像が数秒単位で色々と変化する。
 志紀は目を懲らし、つよしの姿が見えないかと、一心に見つめる。

「―――――― 駄目ですね」

 ウィディンさんが、唐突に言った。とたんに、水鏡が水蒸気となって消滅した。
「どういう、こと?」
「邪魔されてるな」
「間違いなく、第三者の関与が感じられます。おそらく、高位な存在かと」
 真剣な口調で、ぴりぴりとした空気が辺りを包む。
「おい、おれに判る会話してくれよ!」
 わがまま王子がこちらをふりかえり、深刻な表情で告げた。

「つよしとかいう異世界人は、ウィディンと同等か、それ以上の魔術師に攫われた」



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H15/09/25

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