2.異 世 界


「・・・・・・暑苦しそうな格好だな」
「殿下、お静かに」
「ウィディン、さっさと起こせ。暇じゃないんだ」
「わたしだって暇じゃありませんよ! しかもこんなことが神官長殿にばれたら、わたしは、わたしは、どうやって身の潔白を・・・・・・っ」
「実行犯が何を言ったって、誰も信じないさ」
「殿下っ。そもそもあなたの我侭がこの状況を生んだんですよ!?」
 二人の男が、交互に言い争っている。
 一人はのんびりと、一人は怒りもあらわに、うるさく人の耳元で会話する。
「結局のところ、お前は自分の意志で動いたんだから、責任は取らないとな」
「散々脅してきた人が何を言うんですっ!」
「お前、俺に逆らうつもりか?」
「殿下っ」
 情けない声が、一際大きくなった。
 一体なんだというのだ、こいつらは。人が寝ている頭下でいきなり口喧嘩をするなんて。
 これじゃあ、落ち落ち寝てもいられない。つよしの奴は何をしているんだ、友達を呼んでおいて放っておくなんて。まったく、信じられない奴だな。
 志紀は、いかにも不愉快という表情を張りつけ、目蓋を上げた。
 視界に飛び込んでくる鮮やかな青色。見事な黒耀。それは髪の色だ。
 異国風の服を着た男が二人。ここからでは、顎しか見えない。
「あんたら、ちょっとは静かにしてくれよ・・・・・・」
 擦れる声で、それだけを言って、志紀はまた、瞼を閉じる。
 目蓋の裏に、先程の光景が映し出されている。まるで、映画を観ているみたいにきれいな景色だった。
 闇色の髪と、月光の髪。
 正反対の色彩は、それでいてしっくりと嵌まっていた。しかし、志紀の目覚めを促すものではない。
 しかし、志紀は目を覚ました。
「いだだっだだだあっ!」
 耳に受けた激痛によって。
 耳を引っ張られている。力一杯引っ張られているのか、頭が持ち上がる。
「貴様、一国の王子に向かって、いい度胸だな」
 心臓を捕まれたような、痺れる声。
 恐怖ではなく、その声の響きに。
「もう一度言ってみろ。ほら」
「なだだだだっ!?」
 痛みの所為で、黒髪の男の言っている意味が分からない。
 黒髪の男の後から、銀髪の男が大慌てで志紀と男の指を放した。
「殿下っ!」
「教育的指導だ」
 不遜なその態度に、志紀は眠気を吹っ飛ばしてそいつに食って掛かった。
「あんた、いい加減にしろよ! 何様か知らねぇけどな、人ん家で何だよ、その態度はっ。客なら客らしく、宿主を敬えっ!!」
 一息に怒鳴った。
 怒鳴りおわった後は、阿呆らしくも深呼吸を繰り返す。
 片眉だけを持ち上げて、黒髪男は感心したように志紀を観察していた。怒鳴られたことなど、一筋も気にもかけていない。
「おいっ!」
「訂正が必要だな」
 黒髪男は偉そうに呟いた。その後でパンク野郎がオロオロと動いている。
「周りを見渡してから、先程の科白をもう一度吐くがいい」
「なんだとっ?」
 志紀は、素直にも周りを見渡す。
 首を右にやったとたん、動きがとまる。思考もとまる。
 大理石の広い床。タイルの壁。高い天井。頑丈そうな扉。
 窓ガラスのないただの穴が開いただけの窓からは、赤い夕焼け。それといくつかの家の屋根が見える。日本では見ない様式。
 室内はお城のように豪華絢爛。否、城そのもの?
 自分が寝かされているベッドも高価なものだ。シーツは上下ともに絹。枕も絹。ランプはランタンで、蝋燭がちらりちらりと揺れ動いている。
 一目で、ここが日本じゃないことはわかった。匂いからして違う。外国のどこかだ。アジアじゃない。ヨーロッパでもない。
 韓国以外の国に行った事はないが、ここは、地球には存在しないような気もする。かつ、時代も違うような・・・・。
 そもそも、自分はどうやってここに?
「ここ、どこだ」
 自分の声とは思えないほど擦れている。
 黒髪男は、そんな志紀の科白を一刀両断した。情けのない奴だ。
「エタース。ドイガ王国。ちなみにおれはこの国の王子。お前は、こいつが召喚した」
 黒髪男が、後ろにいた銀髪男を、ゆったりとした袖をつかんで志紀の前に押しやり、勝手に自己(他人)紹介をした。
「ウィディン。俺の専属魔道士だ」
 されるがままにされてしまったそいつは、蒼白になって頭を下げた。
「申し訳ありません! こちらのわがままに付き合わせる結果になってしまい、本当に申し訳なく思っております。無論、あなたを丁重に本来の世界に送り返します。本当の本当の本当に、申し訳ありません!」
 外見の派手さとは反比例して、腰の低そうな真面目な奴だった、そいつは。
 しかし、
「本来の世界・・・・・・?」
 そういえば、えたーす、とか言ってたような。
「え? 魔道士? 召喚?」
 RPGで見聞きしているため、単語の意味はすぐにわかる。
 魔道士というのは、自然の力を借りて超越したことをする人のことだ。召喚は、ある場所からある場所へと、異なる次元に、人や物を移動させてしまうことだ。
 しかし、通常の会話で使うような代物だったろうか? いや、『召喚』ぐらいなら政治家も違う意味で使うかもしれないが、それに自分は当てはまらない。
 それとも、ここは本当に、そういう言葉を使う世界?
「つまり、おれは、召喚されたの? このエタースとかいう世界に」
「理解は早いな」
 いちいち引っ掻る言い方をする黒髪王子。
 幼なじみの仕事を幼少の頃から観てきているため、ちょっとやそっとじゃ驚かない心臓は持ち合わせている。
 しかし、それにしても、
「どうしてもおれが巻き込まれるんだ・・・・・・」
 普通は、ある程度能力がある者を選ぶだろ。幼なじみのつよしとかさ。
 志紀は、自他共に認める平凡な大学生だ。
 それが自慢でもある、平和を愛するただの日本人。だったはず。
 少なくとも、召喚されちゃうような変人じゃなかったはずだ。
「なんでっ!?」
「申し訳ありません! わたしは、階級制度のない国の普通の学生を召喚対象にしました。すみません、もう少し情報を細分化するべきでしたっ!」
「そういうことじゃ、ねーだろ!!」
 思わず突っ込んでしまった。
 しかも、片手をそいつにぶつけている。

(これじゃ、下手な関西つっこみと同じじゃねーか)

 それでも、心底申し訳ないと思っていることがそいつから伝わってきたので、それ以上は責めなかった。
 専属魔道士ということは、いわば上の人に仕える人種。
 考える迄もない。どうせ、この王子とか吐かす我が侭黒男に命令されちゃったんだろう。
「まあ、別にそれ以上は謝らなくてもいいよ。元の世界に帰してくれる気はあるんだろ」
「それは、もちろんっ!」
「なら、いいや。おまえの苦労も、少し、いや、すっごく解るからさ」
 幼なじみのつよしのことを思い出し、ウィディンを慰めた。
「あ、ありがとうございますぅ〜」
 涙を浮かべて、ウィディンは何度も何度も頭を下げていた。
 基本的に、善い人のようだ。この人とは仲良くやっていけそうである。
「ウィディン、欝陶しいから泣くのを止めろ」
 眉間に皺を寄せて、我侭王子はウィディンの背中を足で蹴った。
 ウィディンは見事に大理石の床に転がった。
「あいたっ」
「こら! それが人間のすることかっ! ちゃんと謝まれっ!!」
 志紀はウィディンに駆け寄ると、抱き上げ、ローブの乱れを直してやる。
 我侭王子は、おや、という顔をして、無口になった。
「おいこら、そこの傍若無人男! ちゃんとここにきて頭を下げろよっ!」
「いえいえいえいえいえ、め、滅相もありません!!」
 激しく首を振るウィディンに、志紀は憮然となる。どうしてそこまで言いなりになるのか、全然理解できなかったのだ。
 しかし、我侭王子は、楽しそうにウィディンに問い掛けた。
「おい、ウィディン。謝ってほしいなら、そう言えよ。ちゃんと、頭を下げて謝ってやるからな」
「そんな、滅相もありません」
「何でだよ、こいつが悪いんだろっ」
 志紀の言葉の何が悪かったのか、ウィディンは蒼白になって首を横に振り続けている。
「ちゃんと謝ってもらえよ。人間関係は、いつだって対等にあるべきなんだ」
「そうだぞ、ウィディン」
「あんたが言うな!! ていうか、さっさと謝れ!」
「しかし、ウィディンは謝ってほしくなさそうだ。無理強いするのも、なんだしな。なあ、ウィディン?」
 にやにやと、精悍な顔を笑みでいっぱいにし、楽しそうにウィディンの言動を待ち構えている。志紀の行動を、おもしろそうに眺めている。
 打って変わってウィディンのほうは、居たたまれない気分で一杯一杯だった。
 天下のユースファ殿下を「こいつ」呼ばわりし、説教をし、「傍若無人男」などという不名誉な名前を付けて呼ぶ少年の常識のなさに、心臓が破れそうであった。すでに胃はキリキリと痛みだし、最高潮までもう少しというところまで来ている。
 まだ、ユースファ殿下も本気になられていないから安心できているが、この宮殿内を血で汚すことは何としてでも阻止しなくてはならない。
 そして、殿下に注意を出せるのも、少年を止めるのも、自分しかいないのだ。
 ウィディンは、覚悟を決めた。
 今だ罵り合いをしている(耳に痛い)二人の間で、ウィディンは小さく呪文を唱える。
 先ほど少年をこちらに召喚するときにも唱えた呪文の、簡略したものだ。
 すでに道は出来ている。
 ユースファが気付いた時は、遅かった。呪文はすでに唱えおわっていた。
「しまっ・・・・・・!」
「な、なんだぁっ?」
 突然に包まれる浮遊感。その浮遊感は、水のなかの浮力と似ている。
 足元から青い光が発生した。円を描くように、志紀を中心にして。
 覚えのある不快感。
 この感覚は、アパートの中で体験した。ジェル状の液体に、沈んだときと同じ感覚。
「お、おい。まさか。嘘だろっ?」
「重ね重ね、申し訳ありません。一度通ったことで、すでにチキュウとは『道』が繋がっております。お達者で」
「か、帰れるのっ?」
 半信半疑で問い掛けた。しかし、その声は相手にも志紀の耳にも届かなかった。
 まばゆい光に視界を遮られ、身体のコントールを奪われ、意識さえも奪おうとしている。
 そのまま、ブラックアウト ―――――― 。



「ウィディン、返答次第では許さん」
 いつになく低い、ユースファの声。普段から不機嫌を隠そうともしない彼だったが、ここまで機嫌が悪く、目を据わらせ、無表情になったことはない。
 本気で怒っている。
 ウィディンは、怖じけそうになる自分を叱咤した。
「彼は、殿下の相談役として、相応しくありません。別の者を用意しましょう」
「俺は、あいつがいい」
 ユースファは、ここで初めて志紀の名前を知らないことに気付いた。
 向こうはこっちの名前を知っているのに、こっちは知らないのだ。これほどむかつくことはない。
 ぜひとも、面とむかって文句を言わなければ気が済まない。
 ウィディンを苛めるだけでは、八つ裂きにするだけでは、気が済まない!

「王族に対して諂わない者。それを望んだはずだ。ウィディン、もう一度『道』を開け。これは、ユースファの名において命ずるものとするっ!!」



戻る】       【続く

H15/07/20

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