序 章



 異国の地。異国の風。
 エタースの内陸に存在する七つの国。
 その内の一つであり、二大大国に挙げられる王国・ドイガ。
 ドイガ王国の中心にあり、首都・イハクの端に佇んでいる宮殿。
 そこにドイガを治める王族は住んでいる。
 一年中過ごしやすい、暖かい気候のドイガは、その国に住む人々の性格も穏やかな、七国中で二番目に平和な王国だった。
 もちろん、そんな人々の上を統べる王族も、穏やかな性格をしていた。
 ―――― 例外を除いて。


「つまらん、つまらん、つまらんっ!」
 その威勢の良い声が響き渡ったのは、宮殿の一室。
 王の実子である第二王子の私室であった。
「この国には、まともな人間はいないのかっ?」
「僭越ながら、殿下。お言葉に注意していただきたい」
「僭越すぎるぞ、ウィディン。口を謹め」
 殿下と呼ばれた第二王子は、漆黒のマントを翻すと、全面大理石の足の低いテーブルに腰掛けた。そして同じく大理石のチェアの背もたれに長い足を置く。
 行儀の悪い行為だが、それがしっかりと嵌まっていた。
 まだ十代の少年だと分かるぐらいの若い王子は、十人中、十人の女の子が放っておかないぐらいに男らしさをもった美形だった。
 何の手入れもしていないのに整ったその眉が、苛たたしげに跳ね上がる。
「気に入らないというのなら、言いなおそう。何故、どいつもこいつも同じことしか言わないんだっ! 能無しカボチャどもめっ!!」
「ユースファ殿下!」
「答えろ、ウィディンっ」
 にらまれた男は、気弱そうな雰囲気そのままに、大きく喉を鳴らした。
 王子とそんなに年は離れていない。しかし少年というよりは、青年に近い彼は、ドイガ王国第二王子の専属魔道士だった。
「・・・・・・この国の誰一人として、殿下を知らない者はおりません。それだけ、あなたの影響力は高い。つまり、これ以上に利用しやすい者はいないのです」
「―――― 俺のことを知らない奴をここに呼べ」
「他国ならいざ知らず、そんな奇特な方はいません」
「なら他の国から連れてこい」
 傲慢な命令に、ウィディンは金切り声をあげる。
「そんなこと、出来る訳がないでしょうっ。王族の人間が誘拐めいた事をして、許されると思っておいでですか」
「それは違うぞ、ウィディン」
 心底驚いたという表情で、王子は否定した。
 何も塗っていないのに艶やかな唇を釣り上げ、王子は極上の笑顔で微笑む。
「俺が誘拐するんじゃない。おまえが誘拐するんだ」
「殿下!」
 自分の手は汚さないと、はっきりと告げられたウィディンは、今度は真っ青になって、無駄と知りつつも王子の説得を試みる。
「そもそもこのエタースで、王族に逆らえる存在は皆無に近いのです。殿下の気持ちも痛いほど分かりますが、我慢してくださいっ」
「エタースでは、皆無、か・・・・・・」
 何度も交わされた会話に、王子は長めの前髪をかきあげる。しっとりとした髪質のそれが、ぱらり、と頬に掛かる。
 憎たらしいほど、様になっていた。もちろん、本人は狙ってやっている。
「ウィディン。そんなに俺は、無茶な注文をしているだろうか?」
「出来ることと、出来ないことがあります。例え出来たとしても、人間としての尊厳だけは失いたくありません」
 王族の人間にたいして、はっきりとウィディンは告げた。
 たいして王子も、ウィディンのそんな態度には何も言わなかった。彼の周りの中で、数少ない、本音を明かしてくれる人間だったから。
 が、それも王子が王族だと理解した上での発言なので、どうしてもフィルターがかかっている。王子は、そのフィルターがとても邪魔だった。
 そして毎度のように、今のような会話を交わしているのだった。
 だが、今日の王子は少し違った。
 いつもならそこで終わるはずの会話を、しつこくも続ける。
「なあ、ウィディン。お前は俺の専属魔道士だよな。俺が大変なときは、お前が助けてくれるんだよな。行動だったり、知識だったり・・・・・・」
「それは、そのためにいますから」
 胡散臭そうに、ウィディンは少し、身を退いた。長い付き合いから、こうした行動をでるときの王子の、無謀さというものを、身をもってウィディンは知っていた。
 反対に、王子はウィディンに身を寄せる。
「真実、俺は今たいへん困っている。それはお前も分かるよな」
「それはもう・・・・・・」
「人間の尊厳を失わないことならば、手助けしてくれる、と」
「事と次第によりますが・・・・・・」
 どんどん小さくなっていくウィディンの語調。
「安心しろ。誘拐しろなんて、今回に関して言えば、もう言わない」
 何げに『今回』といい、次からは知らないと宣言している。
 それが分かって、ウィディンはますます嫌な気がしてたまらない。
「お前は優秀な魔道士だ。ドイガでお前の相手になるのはいないだろう」
「いえ、そんなことは、ありませんよ?」
 控えめに発言するが、黙殺される。
「誘拐じゃなければ、いいんだよな?」
「ユースファ殿下?」
 王子の美しくも精悍な顔が、悪魔の微笑みのように、ウィディンには見えた。

「ウィディン。第二王子の名において命ずる。即刻エタース以外の世界から、俺のことを知らない奴を召喚しろっ!」


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H15/06/01

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