「愛しているんだ、美史・・・・っ!」
 少年は叫ぶ。心の奥から、深く、深く、絶え間なく溢れてくる想いのままに。
 アンタしかいないと、涙を流しながら・・・・・・。


愛に従う少年と、愛に殉ずる神の奴隷。 01


 宮原香也が彼を見付けたのは、日曜の朝。近くの教会が開いているバザーで、サッカー部の午前練習に向かう途中だった。道中はずっとリフティングしている。
 近道をしたくて教会の中に入った。そこを通り抜けるのは学校から禁止されていたが、そんなものは誰も従わない。そこを通れば、通学路を通るよりも五分も時間を短縮できるし、何より部室に近い裏門に出るのだ。
 そして、彼を見付けてしまった。
 それは、運命の瞬間。それを香也は信じて疑わない。神に誓ってもいいと、信じていない神の名前を出すほど。

 彼は、ただ、立っていた。

 ほんの少し、仰いだ顎のライン。風に曝され、見え隠れする耳たぶ。
 大学生だろうか。ノリが効いたシャツのボタンはきっちり上まで止められ、白く輝いている。
 運動している様子はなく、文学という言葉が似合う細身。

 ただ、見惚れた。

 天使とか、マリア様とか、色んな表現があるけれど。自分のボキャブラリでは、その辺しか思いつかないけれど。
 心が震えた。その震えが全身を駆け回り、指の先まで震えた。それが恥ずかしくて、強く拳を握り締める。なのに、力がうまく入らない。
 ふいに、彼がこちらを振り向いた。見られているのに気付いた。彼の瞳に自分が入っているのだと分かり、無性に恥ずかしくなった。
 彼の視線から逃れたくて、すぐさま踵を返して走りだした。溢れだす激情のまま、がむしゃらに足を動かして教会から飛び出し、そのまま学校まで走っていった。
 学校に辿り着き、部室で着替えている間も、ずっと心臓は煩く叫んだまま。呼吸の乱れは鳴りを潜めているのに、全身が熱くて、頭からその光景が離れなくて、チームメイトが話し掛けてきたのも、すぐには気付かなかった。

―――― 宮原!」

 びくりと肩を揺らす。一気に視界がクリアになった。いつのまにか、自分はグラウンドに移動していた。それも太陽の位置が、高くなっている。いつのまにか、午前の練習は終了の時間を迎えていた。
「どうしたんだよ、いったい。ぼーっとしちゃってさ。そのくせ俺の必殺シュートを塞ぎやがって」
 話し掛けてきたのは同じ二年生の矢代だ。
「お前の必殺は力任せなだけじゃんか」
 うっすらとだが、覚えている。蹴足に力を込めすぎるので、ボールの走るコースがバレバレなのである。必殺シュート以外は優秀なエースプレイヤーなのに。
「ま、いいや。メシ食おうぜ、メシ」
「おー」
 言われて、お腹が空いているのに気付いた。全身が、練習後の程よい疲れを感じている。なのにその記憶はあいまいで、しかし思い出そうとするとはっきりと会話まで記憶にある。
 こんなのは初めてだった。こんな経験は、したことなかった。
 だから、分からない。この全身を包む高揚感や、頭から離れない今朝の大学生の姿も、まったく意味を見いだせない。
 思い出すたびに不確かになる記憶。なのに動悸は激しくなるばかり。
「なぁ、宮原。今日、リフティングしてこなかったのか?」
「ええっ?」
 ドキリとした。今日は走ってきたのだ。見られてたのかと不安になった。どうしてそこで不安になるのか分からないまま、判らない振りを続ける。
「何でだよ」
「だって今日はボール持ってきてねーじゃん。いっつも馬鹿みたいにボールに触ってんのに」
 サッカー馬鹿っていうか、ボールマニアだ。
 そう茶化す矢代に、香也は怒った振りをして、矢代の弁当箱から唐揚げを失敬する。
「あ、最後に残してたやつだぞっ!!」
「だから嫌いなのかと思って」
「俺が好物を最後に残すって知ってるだろうがっ!!」
「自業自得。はい、ご馳走様でした」
 恨めしく見つめてくる矢代を無視して、食べおわった空の弁当箱を包んでリュックに直す。ボールから話題が変わって、内心でホッとしていた。

 ボールを拾う余裕などなかった。

 同じ学年に、同じポジションを競うライバルがいる。もちろん隣にいる男だ。
 どうしても勝てない。でも実力はあるから、違うポジションに移動させられた。レギュラーになれたのだから文句は言わない。けど、諦めたわけじゃない。だから行き帰りのリフティングは日課にしていた。
 今朝も、そうやって教会を通り抜けようとした。

 フラッシュバック。
 鮮明に瞳に映し出される光景。

 仰ぎ、無防備に曝された白い喉。その喉にむしゃぶり付きたいという狂暴な思い。
 一重の奥の瞳は純粋かつまっすぐで、汚したくなく、守りたいという切なる思い。
 相反する思いは、いつも鬩ぎ合っている。ほんの数秒の出来事なのに、とても長い間見つめていたような感覚があり、それを何度も何度も繰り返して思い出す。
 ここまで心を奪われたことはない。
 そして、そのまま日常生活を過ごしている自分も、どこかおかしかった。

「おーい、宮原? また何かトリップしちゃってるか?」
―――― 俺だって、考えることぐらい、あるわい」
 矢代の声に、また正気に戻らされる。でも今回はいつも通りの反応を返せた。でもやはり、午後の練習の記憶が曖昧に残っている。
「練習が終わってんのに、まだボーっとしてるからさ」
「終わったから、ボーっとしてんだよ」
「なるほど。正論だ」
 こんなに馬鹿なのに、サッカーでは適わない。世の中ってのは、こういう風に出来ているものなんだな。
「帰りさー、コンビニ寄らね? チョコマンが無性に食いたい気分なんだけど」
「わりぃ。俺、寄るトコある」
「おー、分かった」
 誘ってきたくせに簡単に引き下がる。付き合いで誘っているわけでなく、本当に矢代は何かに執着することがない。自分は自分。他人は他人。そういう考え方をする奴だ。
「また誘ってくれ」
 もちろん香也のは社交辞令。矢代もそれは知っている。自分だけのルールを持ってるが、世間の常識も身についている。
「おー。またな」
 同じ返事で別れた。香也は少しだけ迷い、今朝と同じ道を通って帰る。
 ボールを取り戻すため。という理由がある。もちろん本命は別にある。けれど香也は眼中にないボールを前面に持ってくることで、やっと教会に足を向けることが出来る。
 足早に坂道を下る。気が急く。もうすぐだ。
 住宅街が途切れる。自然が多くなる。公園と見間違うほどの広場に出る。
 彼がいたのはその奥。朝はバザーの準備で忙しそうだったけど、今はもう静かな空間を作り出している。ベンチが点々と並べられて・・・・・。

 足が止まった。

「あ・・・・・・」
 見慣れたサッカーボールがベンチの上にあった。土の汚れが取れなくなるまで練習したサッカーボール。
 その横に。彼がいた。
 逢いたくて、もう一度逢いたくて、でも逢うのを躊躇うほど望んだ彼が、そこにいた。



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+まえがき+

 BLです。中学生×大学生。香也には突っ走ってもらいますよ。
 もちろん悲恋です。それでも良ければ続きをどうぞ。

06.10.15

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