雨が降って、湿気は高くて、肌はベタベタだけど、わたしは元気だ。
受話器を持つ手とは反対の左手に読みかけの文庫が開いている。
前に一度読んだことのある小説だったが、文庫化に伴い、読み返しているところに電話があったのだ。それも行き来が自由な隣の幼なじみから。
『いいからさっさと来いって!』
「用があるならそっちから来ればいいじゃない・・・・」
『そっちは暑いし、うっとおしいんだよ』
未室は何をするにも、エアコンを使いたがる。というか、朝起きたらリモコンを掴む、というのが日常だ。だからわざわざ隣から声をかければいいのに電話を使う。わたしの家は空調すら滅多に使用しないのに。ていうか禁じられてるのに。
でも暑いのには大賛成だった。なぜか今日は朝から湿気が多く、蒸し蒸ししていた。扇風機だけじゃ不快な空気は吹き飛ばせない。
受話器を掴む手が汗ばんでいる。持ち続けている文庫の、本屋で付けてくれるカバーに指の跡が付くぐらい蒸し暑い。
切れた電話の子機を本体に戻し、すぐに文庫の続きを用意して部屋から持ってきたリュックに詰める。他にもお菓子をつめて、隣の家に向かった。無用心にも鍵は開いている。声をかけてから勝手に入った。もちろん鍵は閉めた。
広いリビングに入ると涼しくて気持ちのいい風が肌をなぞった。ここは天国かもしれない。
「未室・・・・、来たけど」
「自由にしていいぞ」
「用があるって言ってなかった?」
わざわざ呼び出したくせして、未室は特に用があったわけではないらしい。いつものことなのでわたしも文句を言わずに勝手知ったる他人の家を堂々と横切る。
「用はないけど、カフェオレ飲みたかったら作ってくれ」
「あのねぇ・・・・」
それを用と言う。しかもなんて我儘な。
それでもいつものこと、とため息をこぼして落ち着けそうな場所を探す。
成瀬はフローリングの上で幾つものクッションを下敷きにしたり抱き抱えたりと昼寝していた。未室は直接フローリングに置いたテレビでゲーム中。そんな二人の後ろのソファに座って、わたしは読書の続きをした。
一冊分を読み終えた頃、小腹が空いた。でも固形物を食べる気分じゃない。未室の言う通り、カフェオレでも飲もうと立ち上がった。
「俺もカフェオレ」
「俺もオレだ(笑)」
同時に言われた。成瀬は寝てたんじゃなかったっけ? それにしても誰がどっちを言ったんだろうか。この兄弟は外見も中身も違うくせに、声だけはそっくりで困る。
勝手知ったるキッチンで、インスタントコーヒーと牛乳でホットカフェオレを作った。まだアイスって気分じゃない。クーラーも効きすぎているしね。
わたしと成瀬はここにクリームを落とす。未室は何も入れない。
夏は夏でアイスオレの時も、わたしと成瀬はアイスクリームを落とす。でも未室は何も入れない。甘いものが誰よりも好きなのに、体質的に甘いものを受け入れられないのだ。
こんなにおいしいのに、勿体ない体質だと思う。むしろ同情する。優越感だって出てくる。・・・・・・本人は怒るけど。
「出来たよー」
「持ってきて」
「俺もー」
「はいはい」
ぐーたら兄弟にマメマメしくカフェオレの入ったカップを手渡し、わたしは一口甘いカフェオレを口に含んで存分に味わった。インスタントだけど上出来。
そして同じソファに同じ格好でまた座り、文庫の続きに戻った。
そうしてまったりと自堕落に過ごした日曜日の翌日、梅雨はカラリと上がっていた。
本格的な夏が始まろうとしている。
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