永遠の片思い  10.腕の中で


 今日は特別な日。だから、佐々は朝、会いにきた塚本さんに提案した。
「ねぇ、塚本さん。今日は授業をサボッて、あの丘に行こう」
 佐々は、何気ない自分を装って誘った。けれど彼女は何かを感じ取ったらしく、責めることなく、承諾した。
 そしていま、二人はあの丘にいる。
 塚本さんが好きな場所であり、佐々自身も気に入った場所に。
「夕暮じゃなくても、ここはいいね」
「風が通りやすいのかな。気持ちいいんだよね」
 一緒に町を眺める。佐々が通っている中学校を。塚本さんが通っていた図書館を。自分たちの覚えのある道や、店や、駅や、バス。
 気に留めていなかったものが、ひどく、懐かしく感じられる。
 喉が震えそうになる。言いたいことを言えなくなる。受験前に学校をサボった。それは、高校を引き替えても大事なことだから。
―――― 塚本さん」
「なに?」
 佐々は彼女を見ずに、町や緑を見ながら言った。
「塚本さんが幽霊になった日から、今日は何日目か、分かる?」
 死んだ日、とは言えなかった。
「今日まで? えっとね・・・・えっと・・・・・・」
 考える塚本さん。指を使い始めたり、辺りにカレンダーはないかと探したりしている。
 本当に、最後まで予想どおりのことをしてくれるよね、君は。
「幽霊になった日の曜日と、今日の曜日から数えなよ」
「そ、そっか。今日が水曜日でしょ。で、あの日が確か・・・・うん。あの日も水曜日だから・・・・・・」
 それからまた数えだす塚本さん。一生懸命悩む姿が、佐々の心に痛みを作り出す。
 早く気付け。早く答えを出せ。
 佐々の口から、それは言いたくない。自分で、それに気付け。
 そして彼女は、答えをだす。そして・・・・・・彼女は何かに思い至った。佐々が突き付ける、今日の真実。
「佐々くん・・・・。今日って・・・・四十九日・・・・・・? わたしの、四十九日、だよね」
「そうだよ、塚本さん。そしてそれがどういう意味か、判るよね?」
 四十九日の意味は、知ってるよね。
「えと、何だっけ・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
 信じられない気持ちで塚本さんを見てしまった。
「だ、だって! 親戚で亡くなった人かいないし! お葬式とかって、出たことないんだもの!!」
「そ、そっか。そうかも、しれない、よね」
 あんなに深刻に悩んでた自分は何だったんだと、脱力する体にムチをいれて説明した。
「つまり四十九日とは、裁判の期間なんだ」
「裁判???」
「そう。人間というのは、死んだからと言って、すぐにあの世に行けるわけじゃない。特に塚本さんみたく事故で亡くなった人はね。生きていた間に成した善悪を計り、六人の神様と対面し、四十九日目に最終判断がなされ、そこでやっと成仏する権利を与えられる。つまり、君は今まで天国か地獄かの裁判の真っ只中にいた、ただの浮遊霊だ」
―――――― はあー」
 奇妙な返事をする彼女に、佐々は塚本さんの目を細目で睨んで聞く。
「本当に理解できてるかい?」
「えと、うん。何か、聞いたことある話だったなーって」
 感想がそれだけなのか・・・・・・。

「あと、じゃあ、今日で完全にこの世から消えるんだなぁーって、思った」

 塚本さんは、いつも通りだった。昨日と同じ塚本さんだった。
「つかもとさ」
「佐々くん、知ってたんだね。知ってて、今日まで黙っててくれたんだ。ありがとう」
 それは違う。
 最初は煩わしいのが嫌だから、あえて言わなかった。でも最近は、別れの日を数えるのが嫌で、わざと言わなかった。
 自分でももう、気付いてしまっている。無視できないほど大きくなっている、彼女の存在の大きさに。
「だから今日、学校さぼったんだ。最後まで、迷惑かけてばっかだね、わたし」
「そんなことはない! これは僕がしたかったから。僕が、授業で時間を潰されるのが嫌で・・・・、その、最期に立ち合いたかったんだ」
 塚本さんがゆっくりと視線を外す。佐々は彼女の視線の先を追う。
 そこには、彼女が生きていた、見てきた、存在していた町がある。
「・・・・・・今日で、お別れなんだね。わたし、成仏する時は佐々くんにお礼を言おうと思ってた。でもどういう風に言えばいいのか判らなくて、まだ考えてなかったの。こんなだから駄目なんだよね、わたしって」
 そして彼女は再度、佐々を見た。
「ごめんね。先に謝っとく」
 そして・・・・彼女は佐々の目を見る。迷いを見せたまま、口を開く。
「わたし、佐々くんのこと好きだと思う。一堂くんの時と同じ気持ちじゃないけど、でも、最期に会いたいのは佐々くんで、いま、一緒にいてくれてるのが佐々くんだから。佐々くんがいっぱいで、佐々くんが好きみたい。ごめんね、こんなこと、迷惑だね」
 最期は涙目だった。ぎゅうっと噛み締められた唇が痛々しかった。
 女の子に、告白されるのはいつものこと。それに対して佐々はいつも断っていた。
 好きな人がいるから。そう言って、彼女たちを振った。
―――― 塚本さん」
「・・・・・・はい」
「昨日、好きな人はいないけど、気になる人はいるって、言ったよね」
「うん・・・・」
「それね、塚本さんのことなんだ」
「うん・・・・て、え? わたしっ?」
 吃驚眼。当然か。涙は引っ込んだみたいだ。
「うん。それでね。これからも僕は色んな告白に対して同じ言葉で返すつもりなんだ。好きな人がいるからって。ねぇ、塚本さん。これからは嘘をついてるわけじゃないから、怒らないよね?」
「あ・・・・。佐々くん、ごめん。ごめんね。ごめんなさい・・・・っ」
 とうとう彼女は泣きだす。告白の答えの結末に驚いて。
 佐々も驚いている。自分の気持ちじゃなく、先を考えずに行動している自分に。
「わたし、佐々くんを傷つけてる。ごめんなさい、ごめんなさい」
「塚本さん。両思いなんだから、泣くことないと思うよ」
「うん。うん・・・・っ」
 それでも彼女は泣き止まない。けれど、笑顔には戻りつつある。
「一堂の時は間に合わなかったけど、でも、それはそれで良かったよ。おかげで僕は一堂と対決しないで済んだから。って言うと、不謹慎かな」
「そんなことない。わたしだって、まさか・・・・」
 幽霊になってる間に違う人を好きになってるなんて。
 佐々は自分も同じだと彼女に告げる。たった一週間弱。時間にすればもっと短い間。それなのに、塚本さんのことが好きになっているから。
 彼女はもう泣いていない。でも佐々には判る。彼女は我慢している。

(抱き締めたいのに・・・・)

 抱き締めたい。彼女の暖かさを感じたい。そして触れたい。
 けど無理だ。最初の頃、さんざん自分が、彼女が、やってきたこと。自分たちは相容れない存在だ。世界は異質を排除する。
「あ、佐々くん。なんか空が、急に明るくなったよ」
「そうだね」
 佐々には判らない。空はそのままで、確かに太陽が真上に来つつあるけど、急には明るくならない。
 だけど、彼女の目には映っている。きっと暖かくて、明るくて、眩しいぐらいの光量なのに、光の奥が見えるそれが。
「なんか・・・・眠くなってきた」
「うん。そうだね。気持ちいいね」
 きっとそこは、気持ちいいよ。昼休みが終わった苦手な教科の、窓際の席の暖かさと眠たさに似ているんだろうな。
「でも・・・・・・」
 迷いを見せる塚本さん。
「大丈夫。僕はここにいるよ。お休み、塚本さん」
「うん・・・・。お休み・・・・・・」
 迷わずに、塚本さんが見えている光の中へ、意識をもっていけばいい。ここに居てはいけない。未練を残してはいけない。佐々のもとへあってはいけない。
 そんなことしたら、本当の自縛霊になってしまうから。
「おやすみ、塚本さん。ーーーー さようなら」
 佐々の目の前で、彼女の姿は次第に輪郭をあやふやにさせ、身体が透き通っていき、向こう側の景色がはっきりと見えだす。
 そして完全に消えた。彼女がそこにいた形跡は何もない。当たり前だ。幽霊だから、重力も関係ない。足跡だって、探したって見つかるものか。

「・・・・・・だから嫌だったんだ、幽霊なんかと関わるのは」



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05.12.28

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