永遠の片思い 9.誰もいない
あと二日。佐々は思う。あと二日と。
朝、昇降口で上靴に履き替えている時、女子に呼び止められた。
「佐々くん、おはよう」
「おはよう。えっと・・・・栗本さん?」
「私のこと、知ってた?」
「うん。一堂の隣だろ?」
あの一堂の隣の席にいる女子だ。他の女子から羨望の視線を一身に集めている少女だけに、記憶にあった。
「うん。あのね、佐々くん。昼休み、もし時間があるなら、中庭に来てほしいんだけど・・・・・・」
「中庭? うん、いいよ。12時半ぐらいでいい?」
「うん。ありがと。待ってる」
ほっ、としたように安堵の表情を覗かせ、彼女はそのままスカートを翻して階段を軽快に上っていく。
反対に佐々の気分は下降気味。何だって今になって、という心境。
こういう事は、珍しくない。これまでも何度もあった事。
確かに一堂よりはモテないけれど、確実に佐々もモテる分類に位置する男だ。
一堂はあの性格ゆえ、威圧感ばかりが押し出され、女子もそう易々と近付けない。その代わり佐々は優しげな風貌であるため、女子がよく告白してくる。
(中庭か・・・・)
昼休み、塚本さんがそこにいたら、どうしたらいいだろう?
人に聞かれたい内容じゃない。もちろん、塚本さんがいたところで噂が広がることはない。けれど佐々自身は、特に塚本さんには知られたくないと思っている。
今は。特に今は、彼女にだけは。
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「ごめんね、他に好きな人がいるから」
頬を赤く染めた栗本さん。用件なんて分かってる。それでも彼女の告白を待って、そして返事した。否定の言葉を。
比較的彼女は、抵抗もせずに納得してくれた。最後に「ごめんね」と呟くと、俯いたまま校舎へ消えていった。
残された佐々は、ふっと緊張した肩の力を抜く。
何度経験しても慣れない。傷つけるしかない結末は、本当に慣れない。そして決して応えられないために、さらに心が重くなる。
「
―――― 塚本さん。出てきたらどう?」
隠れている彼女の気配は、充分に感じていた。佐々は視えるだけじゃない。感じることも出来る。
そしておずおず、といった風に塚本さんが姿を見せた。今まで透明人間のように消していたのを、輪郭をはっきりとさせたのだ。こういうところは、幽霊だなと思う。
「ごめんなさいっ! 聞くつもりはなかったんだけど、昼休みに佐々くんがこっちに来るの珍しいと思って後をつけちゃって・・・・っ。自分でも、あの、聞いちゃ駄目って思うのに、隠れてるだけで精一杯で・・・・っ!!」
「いいよ、別に。塚本さんはバラすような人じゃないって知ってるから」
平謝りの彼女に、気にしないよう、首を振ってやる。事実、聞かれていたことは気にしてはいない。
それでも消沈している彼女に、佐々は声をかける。
「いつも、ああやって断ってる」
「
―――― ?」
会話の繋がりが見えず、きょとん、とする塚本さん。でもすぐに断り文句だと気付き、佐々の言葉を待つ。
「好きな子もいないのにね」
「・・・・・・うそ、ついたの?」
「最近はね。ああでも言わないと諦めてくれないんだ。付き合ってから決めてくれとか、ときどき会ってくれるだけでいいとか、言われて。そんなの無理に決まってるだろう?」
彼女たちが求めているのは、『特別』な関係。そしてそれが、ずっと続くこと。
佐々にとって彼女たちは『特別』になりえないし、続けたいと思えない。好きな人はいないと言ったところで、彼女たちは可能性はあると考え、諦めない。なら、嘘でも好きな女性がいると言えば、踏ん切りもつきやすいだろう。
そう佐々が思うのに、女子はさらに言葉を重ねてくる。例えば、その女性は誰か、とか。二股でもいいとか。それも『特別』かもしれないけど、佐々にその気はいっさいないから、本当に止めてほしい。余計に鬱陶しくなるだけだから。
女子が思うほど、男ってのは一途なんだ。・・・・・・言ってて恥ずかしいけど。
「好きになってくれたお礼に、完全に諦めさせてやるのも答えの一つだと思ってるよ」
「でも・・・・嘘でしょ・・・・・・」
「そうでもないよ?」
あながち、嘘でもない。特に今は。
「好きな人って言うから誤解があるかもしれないけど・・・・気になってる人はいるからね」
「そっか・・・・。そっか・・・・・・」
佐々の発言に吃驚したのか、そわそわと落ち着きをなくす塚本さん。
「今までそういう素振り、見せなかったもんね。驚いた?」
「えっと、その、うん。もしかして、わたしのせいで変な目で見られたりとかしてるのかなって」
「あははは。僕は顔がいいから」
さらりと言ってのける。事実、それだけの理由で、霊に対する僕の奇行は黙認されている。
「そんな。やっぱり、変に思われてるんだっ?」
「塚本さん。変な目で見られてる男に、告白する女の子がいると思うっ!?」
「え・・・・・あ、あー! だ、騙したのねっ?」
「塚本さんは何でも素直に信じすぎ。気を付けなくちゃね」
「もー! この頃佐々くん、いじわるすぎるよっ?」
「そうかな。いつもの通りだと思うよ」
「最初の頃は優しかったんもん!」
「んー、最初ねぇ・・・・・・」
優しくなかったと思う。消えてほしくて、邪険に振る舞っていたように記憶している。
なのに塚本さんは優しかったと言う。
それは多分、今までずっと気付いてもらえなかった分、反応を返した佐々に多大な思い入れがあるからだと思う。
でも今はそんな関係にも慣れて、いじわるだと彼女は言う。
どうしようか。本当にもう、時間がない。
最初はたったの十日あまりだと、甘く見ていた。
なのに、期日はもう明日。
いじわるだと言われた自分は、明日、どうすればいいんだろう。
05.12.17