永遠の片思い  7.いつか行ってみたい場所


「どこまで行くんだっ?」
 というより、どこまで登るんだ?
 佐々は学校付近を探索するような趣味も時間も持ち合わせていない。だから、彼女がこれからどこに行くのか、向かっている先に何があるのか、まったく知らなかった。
「もうすぐだよ。本当にもうすぐ」
 制服姿の彼女と、私服姿の自分。
 翌日の日曜日。佐々と彼女は会う約束をしていた。昨日だけじゃ、やはり時間が足りなかったのだ。
 待ち合わせの時間が夕方の4時だったので、佐々は普段どおりに時間を過ごしたが、彼女はいったい午前中、何をしていたんだろうか。昨日言ってたような探索を、今日もしていたんだろうか。
「あ、ほらほら、ちょうどいい時間だよ、佐々くん」
「時間?」
 約束の時間を指定してきたのだから、やはり意味はあったのだ。
 疲れることを知らない幽体の彼女は、さっさと頂点に上ってしまっている。遅れながら彼女についていき、そして佐々は見た。
「これは・・・・」
 そこには、空全体を包み込みそうな、とても大きな夕陽。空を同色に支配し、街すらも支配せんとする、神聖なほど巨大なもの。
 こんなにじっくりと景色を眺めるなんて、最近はあっただろうか。
 夕陽を夕陽と認識し、見てきたことはあっただろうか。
「キレイでしょう? わたし、いつかあの夕陽の向こうに行ってみたいの」
 夕陽の茜色で全身を染めながら、彼女は言う。
 大きな自然の前には、彼女も夕陽の明るさや暖かさを感じるようだ。
 しかし、地面に彼女の影は映らず、佐々一人分の影だけが長く細く、この世の存在を示している。
「きっと、きれいな場所があるんだろうなーって思う」
―――― あったかい場所かな」
「うん。暖かくて、柔らかくて、眠気に勝てないぐらい、気持ちがいい場所だね」
 彼女の言葉に、思わず佐々は微笑む。
「五時限目の窓際の陽射しのように?」
「そう! すっごく眠いの。特に古典とか覿面よねっ!?」
 力説する彼女に、佐々はさらに笑う。
「古典、苦手なんだ?」
「だってあんな言葉、普段生活するのに必要ないじゃない。だいたい昔の人が普段、あんな会話を交わしていたとも思えないもの。いつも交わしている会話をそのまま載せなさいって感じじゃないっ?」
「あっははははっ」
 とうとう佐々は、大声で笑ってしまう。周りに人がいないことは判っているから、遠慮なしに笑った。
 こんなに大きく笑うのは、本当に久しぶりだ。
「ソレってさ、どの教科においても苦手な人は同じ事を言うよね。『普段の生活には関係ない』って」
 そう言うと、むっ、と彼女の表情が憮然としたものに変化する。
「でも事実でしょっ」
「専門職の人は、必要になるよね」
「専門職の人だけ頑張ればいいんだわ」
「自分の将来は、自分じゃ判らないからな。だから、そのための総合教育なんだ。その過程で理数系が好きだと思うなら、理数系の高校や大学に進むし、情報もまたしかり。それでもまだ決まらなかったら文系や総合に進んで、さらに増えた枝・・・・教科で模索する」
 自分でもなんて説教じみた言葉だろうと思う。けど、これは自分に向けての言葉なんだ。
「塚本さんが古文を嫌いなのは、古文というものを知っているからだよ。知らない人にとっては何の意味もない。だから、まずは知ることが必要なんだよね。塚本さんは古文というものを知って、苦手だと判った。だから、将来に古文は必要ない生活に進むのだと、自分の将来を決めたんだ」
――――――
「いいよね、そういうの」
―――― どうして?」
―――― 俺は、自慢じゃないけど、頭がいい。どれが好きで、得意なのか。そう いうのがない。高校も・・・・先生や親に勧められてる所を選別しただけだし・・・・。志望校、決めてるけど、そこで正しいのかは、俺には判らない」
 もうすぐ冬になる。もう志望校も決めている。なのに休日にまで学校に来て高校を調べている。そのおかげか、塚本さんに出会えたのだけど。
―――― 勧められた高校は、どうやって選んだの?」
「んー。勉強は二の次だな。交通の便とか、蔵書の量とか、近くにどんな店があるのかとか、そんなのばっかで決めた」
「じゃあ、佐々くんはさらに増えた選択肢の中に入っていくんだね」
「そう、なるかな」
「でも佐々くん。選択肢は増えたけど、でもその選択肢、もう決まっちゃってるよね?」
「え?」
「だって、高校によって違うでしょう、選択肢って。地学を教える学校と、教えない学校。アメフト部がある学校とない学校。いっぱいあるもの。その中で佐々くんが選んだ学校は、きっと佐々くん自身が気付いていない、将来のためのものがあったりするんだよ」
―――― 受験理由が交通の便でも?」
「うん」
「食堂の味で決めても?」
「うん」
―――― そういう、ものか」
「そういうものだよ、きっと」
 そうかもしれない。
 今は判らなくても、将来、きっとその選択は間違っていないことに気付くんだ。たとえ受験理由が何であれ、将来、判るときがくる。
 この高校は、間違っていなかった、と。
「なんか、話したらすっきりしたな」
「それなら良かった。この夕陽も見せられたし、今日はいい日になったね」
「そうだね。今日の夕陽は、きっと忘れられない」
 きっと、忘れることはない。
 塚本さんがいた、塚本さんと一緒に見た、塚本さんとの共通の思い出だから。



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05.11.27

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