永遠の片思い  6.時間


「おはよう、佐々くん」
――――― ・・・・・・」

 彼女は、いた。登校途中、坂の途中で、前と変わらない笑顔で、佐々の前に立っている。
 いつもの登場と同じ挨拶で。いつものように、無意味だろうに、ぶつかってくる人間を避けて歩く。
「昨日はごめんね。さすがにわたしも、ちょっと・・・・辛くて、佐々くんの顔が見れなかったです」
 佐々は、言葉に表すことの出来ない感情に襲われていた。
 どう、説明すれば解ってもらえるだろう。
 むしょうに、泣きたい気持ちになる。でも怒りもあり、嬉しさもあり、安堵もあり、悲しみもあった。
 色んな感情がせめぎあっていた。彼女が出てくるまでは心配一色だった気持ちに、そんな雑多な感情が盛り込んできたのだ。
「佐々くん・・・・?」
 おそるおそる、という感じに首を傾げてくる彼女。
 どうしてだろう。彼女がそんな顔をする必要なんて、どこにもないはずなのに。
「・・・・塚本さん・・・・・・」
「はい・・・・?」
 不安そうに返事する彼女。佐々もまた、惚けたように告げる。
「おはよう・・・・・・」
「うん、おはよう。・・・・・・佐々くん、怒ってる?」
 やっぱり彼女は遠慮がちに尋ねてきた。
「・・・・なぜ?」
「様子がおかしいから・・・・もしかしたら昨日、心配してくれたのかなって、思って」
「うん。した」
 自分でも自然と頷いた。自然と認めていた。
「さ、佐々くん。本当に大丈夫っ? ここ、通学路だよっ? みんな見てるよっ?」
 彼女の言うとおり、端から見れば一人で頷いて喋っている自分は、さぞ変な人間だろう。
 それでも、それでいいと思うぐらいには、彼女の出現に安堵している。
「そう思うなら、気をつけて声をかけてくれよ、塚本さん」
 いつもの皮肉も戻ってくる。
「そ、そうよねっ、ごめんなさい、わたしったらっ!!」
 もはや癖になっているだろう、彼女の謝罪。
 自分がそうさせているのに、罪悪感よりも安堵感の方が強い。
 ゆっくりと歩きだしながら、彼女が横に並ぶのを待つ。
「あのさ、塚本さん」
「なに?」
「今日、土曜日だから午前中で学校が終わるんだ」
「うん。明日は日曜日だもんね」
 幽霊に曜日なんて、特に休日なんてもう必要ないと思うけど、それでも彼女は嬉しそうに日曜日を待っている。
「それでね、今日はいつもより話しようと思うんだけど」
「話?」
「そう。普段塚本さんが何をしているのかとか、何を見て、何を考えているのかとか」
「わたしのことっ?」
「そう、塚本さんのこと。それじゃ、放課後でね」
 彼女の返事も聞かずに、裏門で彼女と別れる。きっと、彼女は待っていてくれるだろうと思って。

+++++++++++++++++++

 今日の授業は、ことのほかゆったりと進んだ。どうしてこう、大切な用がある時の授業というのは、こんなにも時間の進み方が遅いんだろうか。
 しかも授業は終わったが、すぐに塚本さんのところに行くわけにはいかない。裏門に人の気配がなくなってからだ。
 と、思っていたのに、当の塚本さんが下駄箱で佐々を待っていた。
 昇降口の玄関から入る日光を背負って、ソワソワと待っている。太陽の光は彼女を差し、その部分は光を遮っているのに、地面に影は出来ない。
 単に佐々の視覚の問題なんだろう。
「佐々くん。お疲れさま。あのね、お話するのにいい場所があるの。そこまで付いてきてくれる?」
―――― 待っててくれた人に、断れないって」
「あは。ありがと」
 そして靴をはきかえ、彼女の後を追う佐々。いつもと反対だ。いつもは彼女が佐々を追い掛けるのに。
 そして彼女は佐々を焼却炉のある裏庭まで進んでいく。ここらは昼間でも影があり、苔も壁に張りついているので女子はなかなか来ない。

―――― 非常階段?)

「これで屋上まで行くの。ここからなら、学校の先生に見咎められないでしょ?」
「なるほど。さすが授業中は出歩いているだけあり。穴場を知ってるね」
「サボってるみたいに言わないで下さいっ」
 彼女はちょっと怒って、でもすぐに笑って先に階段を登る。その体重を感じさせない軽やかな動きを見つつ、佐々も足音を立てないよう、付いていく。
 そして屋上に出れば、近くに太陽があって暖かく、頬をなぶる風も気持ち良かった。
「いい天気だなー・・・・」
 それから佐々は、彼女から色んな話を聞く。
 それは彼女が動ける範囲での出来事ばかりだけど、中学と家との往復だけの佐々にとっては、とても新鮮で、とても意外な話だった。
 例えば、魚屋は近所の野良猫が近付いてきたら箒を振り回して追い払うけど、夜になったらエサをあげて、むちゃくちゃ可愛がるとか。
 例えば、この学校の用務員のおじさんはフェンス直しの達人で、一時、不良たちの脱走経路を競って直したり壊したりを繰り返し勝負していたとか。そして勝ったとか。
 例えば、駅前の美容院の娘さんは外見は派手だし朝帰りが頻繁だから、遊んでいるって周りから思われているけど、でも実際は看護師さんで、仕事に熱心だからとか。
 例えば、そういうこと。
 日々の暮らしを、その人の本質を、きちんと見ている。
「それでね、佐々くん。わたし、ずっと考えてたの。わたしが見ているものも、佐々くんに見てほしい。わたしがここにいたって言うことを、知っておいてほしい」
「塚本さん・・・・」
「わがままでごめんなさい。でも、怖くて。すごく怖くて。今までこんなに怖いこと、なかったと思う。成仏できなかった時も、これからどうなるんだろうって、怖かった。でも、今はもっと怖い。だって、本当にわたしが消えるの。わたしがいた事実が、だんだん消えちゃうの。それって、わたしにとって本当の『死』なんだと思うの。それが、本当に怖くて・・・・独りは、怖くて・・・・・・」
 彼女の指が、細かく震えていた。
「だから、佐々くんに覚えてほしくって。ときどき、わたしみたいなのがいたな、って思い出してくれたら、まだ救われるかもって・・・・思って」
「なに言ってるんだよ、塚本さん」
「え・・・・?」
 泣きそうな顔が、目の前にある。でも佐々はことさら明るい声で言った。
「僕はまだ塚本さんのこと、何も知らないんだから」
 だから知ることから始めなきゃね。そう、あえて明るく言った。
 彼女のことを知らないのも、知りたいのも、本当の気持ちだから。
―――― うん!」
 そして彼女は、泣き笑いの笑顔をみせ、自分が見てきたもの。昔起こった笑い話、そして時には自慢話を話す。
 話すことは尽きない。たった十数年の人生でも、それでも、語るには時間はまだまだいっぱい必要だ。それだけの時間を、彼女は生きてきたのだから。ちゃんとこの世界で、生きていたのだから。

 だから塚本さん。もっともっと、君のことを僕は知りたい。



BACK | NEXT


05.11.12

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送