永遠の片思い 5.自分の死んだ後
母親。
それは、特別な存在と誰もが思う。
父親とは違う、母親という存在。
きっとそれは、塚本さんにとってもそうなんだろう。
彼女が母と呼んだ女性は、すぐに見つかった。いや、見付けられない訳がない。
道路を挟んで向かい側。何故なら彼女は、電信柱の下に飾られた花束に向かって、熱心に目を瞑り、手をあわせている。
「塚本さん・・・・・まさか・・・・・・」
ここが? ここが事故の現場なのか?
そして塚本さんはここで亡くなった・・・・・・?
「・・・・・・交通事故なの。車道に飛び出した猫がいてね、それを避けてトラックが、スピンした・・・・って言うのかな。急ブレーキをかけたせいでタイヤが横すべりして・・・・わたしって間が悪いから、そういう場に居合わちゃうんだよね」
居合わせるだけならいい。でも彼女は、それに巻き込まれた。
彼女は被害者だ。今だに成仏していない事を悩んでいる幽霊だ。
「あ・・・・・・っ」
塚本さんが声をあげる。
見れば、彼女の母親は立ち上がり、立ち去ろうとしていた。
追い掛けたいんだろう。その足は何度も前に進もうとしている。けれど、その足は一歩も前に進むことはない。その手も、身体も、それ以上、一歩も進めない。足を踏み出すつもりが、数ミリも進まずに地面に降ろされる。何度も、何度も。
それを見るのは辛かった。
彼女の表情が泣き崩れるのを、見たくなかった。
けれど彼女は泣いていなかった。泣きそうに顔を歪めながらも、進もうと力を込め、そして何度もよろめいては、それでも母親から視線を逸らそうとしなかった。
「
―――― 塚本さん」
彼女は、僕が一緒にいることを忘れていたんだろう。その証拠に肩を揺らし、驚いたように身を引いた。
「あ・・・・・・」
気まずそうに彼女は佐々から視線を逸らす。
初めて見せた、彼女の、本心。そして、欲求。
一堂の時だって、そこまで必死じゃなかったよね?
「塚本さん。悪いけど、あの人には何も言えないからね」
先手を打つ。
きっと君のことだから、「自分のことは大丈夫だと伝えて」と、言うに決まっている。その証拠にほら、また視線を遠くに外した。
「僕は何も言えない。言うつもりも、ない」
「でも・・・・・」
「それは、君が楽になりたいからだ。違う?」
「
―――――― っ」
図星で俯く彼女。
それでも、君は泣かない。我慢しているのがバレバレだけど、でも泣くのは我慢している。なんで我慢するんだろう。泣けばいいのに。泣けば、少しはすっきり出来ると思うのに。
「でもお母さん、辛そうにしてる、から・・・・っ」
佐々には彼女のほうが辛そうに見えた。こんな時でも他人を思いやる彼女は確かにすごいんだろう。けれど、それは佐々を苛立たせる結果にしかならない。
「それで塚本さんの気持ちも、お母さんの気持ちも、救われるって・・・・?」
「少しは、もしかしたら・・・・・」
「救われるわけないだろう」
はっきりと強く言ってやった。きっと一堂なら、こう言うだろうと思って。
「お母さんが本当に救われる日は、もう来ない。君は最大の親不幸をしてしまったのだから。そして、君は死んだ。これは当然の事実で、変えようのない真実だ。人間は生き返らない。例え姿が見え、声が聞こえても。例え生き返ったとしても、君が亡くなったという事実や過去は変わらない。誰も救われないよ。何かしても、何か出来ても、虚しいだけだ」
言うのは辛い。
けれど、誰かが悪者になって、ちゃんと言ってあげなくてはならない。
この場合は佐々だ。佐々にしか出来ない。協力すると決めた以上、自分が動かなくてはならない。
彼女の母親は、時間が母親を救うだろうし、周りの人間が支えてくれる。
そして塚本さん本人は、自分で自分を救わなくてはならない。彼女には、もう時間は残されていないから。荒療治だとしても、佐々が動かなくては。
「塚本さんには、成仏の時間が迫っているんだから」
「
―――― え?」
何を言われたのか解らないんだろう。ゆっくりと顔を上げる彼女。
「塚本さん。塚本さんは、成仏できるんだよ」
「なに・・・・・え・・・・・・・?」
「四十九日だよ。塚本さんも、その意味は判るよね? 君が事故にあってから、どれだけの日数をその姿で過ごしたのか、考えてごらん」
佐々は、正確に彼女がいつ事故を起こしたのか、いつ亡くなったのか、知らない。今日、課題のついでに過去の新聞で調べようと思っていたからだ。
「君は、君のことを考えるべきなんだよ」
なぜなら、そこに『成仏』が近付いているから。
そしてそれは、第二のお別れ。
この世界から、身近な人たちからの、最後のお別れ
―――― 。
次の日。彼女は姿を見せなかった。
朝、挨拶をしにくる事も。昼間、一堂を見ることも。夕方、会いにくる事も。
その濃厚な霊としての気配すらも。
佐々の前に、まったく姿を見せなかった。
05.11.06