永遠の片思い 3.あのころ
朝、まだ眠たいけど、必死に眠気を誘う電車の座席から立ち上がり、いつもように裏門への道を歩いていた時だった。
「おはよう、佐々くん」
前方から塚本さんが現われた。
唐突に姿を見せたわけじゃなく、ちゃんと彼女はここまで歩いてきてた。
「・・・・・・おはよう、塚本さん」
何が嬉しいのか、彼女は佐々の隣に立ち、今歩いてきた道を並んで歩く。
その様子からは、昨日の失敗は微塵も見えない。立ち直ったのか、それとも無視したのか。そんなの、佐々には関係ないけれど、気分が楽になったのは事実だった。
「塚本さんさ・・・・何でうちの学校にいるの? その様子だと家にも帰ってないよね」
「帰っても誰も気付いてくれないもの」
「一緒にいたいとか、思わなかった?」
「ううん、全然。ただわたしは、気付いてほしかっただけ。でもお母さんにもお父さんにもわたしは視えないみたいだから。佐々くんが初めてなんだ。気付いてくれたのも。ちゃんと会話してくれるのも。『おはよう』に『おはよう』を返してくれるのも」
ね、と笑いかけられる。
佐々は、少しだけ意地悪く笑ってやる。
「人前じゃ勘弁して欲しいな。変な奴に思われる」
今も、マフラーで口元を隠して喋っているけど、視線の先だけは変えられない。話し掛けたいとき、絶対にそっちを見てしまうのだ。
「そ、そっか。ごめんねっ? えっと、えっと、そうだ! 携帯とかでカモフラージュすればいいんじゃないかなっ?」
「ああ・・・・、それは思いつかなかったな」
確かに有効かもしれない。次からそうしよう。次があれば、だけど。
佐々は、ちらりと隣の彼女を盗み見る。
彼女は確かに幽霊だ。つまり、この世に物質として存在していない。
佐々の目には普通の女子高生のように視えているが、周りの景色との違和感は拭えない。まるで世界が、彼女たちを排除しつつあるかのように。
それでも佐々には視える。視えてしまう。そして感じ、声を聞いてしまう。声なき願いを。不満を。未練を。
彼女たちは口にはしない。それでも、気付いてしまう故に聞こえてしまう。
「・・・・・・塚本さん」
「なに?」
楽しそうに返してくる彼女。よっぽど会話に飢えていたんだろう。
「好きな人がいるから、ここにいるんだよね」
「
―――――― っ!!」
パパッと頬を赤くする彼女。素直な様子は愛らしく、確かに同情せざるを得ないけど。
でも正直に言って、付きまとわれて迷惑。
だからさっさと成仏して欲しい。そのための協力は惜しまないつもり。
「・・・・・・一堂のどこがいいわけ?」
瞬間。
ぶわっ、と一気に真っ赤になった彼女。それは、ものの見事に佐々の予想が当たっていたことを示している。
「一堂に未練があるんだ。だからここにいる。違う?」
「・・・・・・違わない、です」
俯きながら、耳まで赤くしながら、聞こえないぐらいの小さい声で、それでもはっきりと応えた。
その様子が佐々にも感染したのか、思わず佐々も恥ずかしくなる。
しかし、裏門が見えてきた。話はここまで。
「それじゃ」
「あ・・・・、い、行ってらっしゃい」
自分でも何を言っていいのか分かってないんだろう。そんな感じの「行ってらっしゃい」だった。
放課後でもない今は、無視するしかない。
でも、引きずられそうになった自分は、否定できなかった。
+++++++++++++++++++
わが校自慢の生徒会長さま、一堂 律。
名前すら堅っ苦しい男は、校内校外問わずファンは多い。真剣に惚れてる女子もちらほら見られる。
そんな彼に、幽霊は近付けない。
そうだ。近付けないんだ。意志の強い人間は、それだけ霊的な防御に優れている。それはつまり、霊にとっては魅力的であり、かつ、なかなか近付けない猛者。
佐々にも霊は近付けないけれど、その代わり、寄ってくる。向こうも気付いてくれる人間が分かるんだろう。たびたび、佐々の時間を彼らに奪われた。
生きていた頃の常識が、彼らの中から消えるのだ。自分だけが可哀相で、自分だけしか見えない。だからこっちの迷惑なんて気にしない。むしろ、自分のために動けと言わんばかり。
だから佐々は霊が嫌いだ。極力付き合いたくない。
でも・・・・・・。
彼女は違う。決して学校では姿を見せない。姿を見せるのは中庭や、グラウンド、そして裏門付近。
彼女は、決して表に出てこない。一堂が現れる場所には、ほとんど姿を見せていなかった。
幽霊となった今、彼女は一堂に気付いては貰えない。だから、もっと堂々と一堂に付きまとってもいいぐらいなのに。
(
―――― これは、考える必要あり、だな)
+++++++++++++++++++
佐々の一日のスケジュールは、細かくは違えど、大きくは変わらない。
ゆえに、登下校に裏門を使うことは必然で、ゆえに彼女に出会うことも必然だった。
「お疲れ様、佐々くん。今日はマラソン、大変だったね」
「昼明けの体育がいちばん辛いよ」
長距離走は苦手だ。長い間、走るのが苦痛だ。トラックを何周も走るだけだから、変わらない景色がつまらない。まだ短距離の方が結果も早くて好きだった。
「一堂は一着だったろ?」
「う、うん・・・・」
自分の気持ちがバレたのが今だに恥ずかしいのか、頬を赤くして頷いた。
「自分の気持ちを伝えたい?」
「やだ! 止めて!」
「なぜ?」
「だって・・・・っ」
だって、と何度も口にする。そしてついには両手で顔を覆ってしまった。
そして彼女は小さく語る。
「・・・・・・判ってるの。成仏できないのは、彼に告白できなかったせいだって。自分の気持ちを伝えていないからだって。でも、言えなかった。だって死んじゃったんだもの。ううん、そうならなくても言えなかった。絶対に言えない。私はもう死んでるから、だから言えるんだよ。だって、誰も気付かないんだもの」
泣いているのだろうか。その声は少し、震えていた。
「死ぬ気で頑張って告白すれば良かったって思う。でも私が見えてないから、だから、一堂くんの傍にいられる。成仏したくないって思ってる。だって、一堂くんと別れるのは辛い。気付いて貰えないのも辛いよ。でも、今を無くすのも辛いの。だから言えない」
死んでから、幽霊になってから、やっと彼に近付けた。その現在を失うのも辛い。
つまり、自ら望んで幽霊になったと言ってるも同然。
「
―――― 違うだろう、それは」
彼女の告白に、佐々は思わず反論する。
「それは言い訳だ。実際に塚本さんは今、ちゃんと一堂が好きだと言っただろ。今朝だって、ちゃんと認めた」
「でもそれは・・・・っ」
「違わない。君は君だ。死んだところで性格が変わるはずもない。だから、言えた今の塚本さんは、生きてた頃にもあった塚本さんだ」
伝わっているだろうか。ちゃんと説明できてるだろうか。
佐々の感じた怒りを、ちゃんと言葉に出来てるだろうか。
「塚本さんは最初から頑張っていない。今もだ。違う?」
「
―――――― っ」
「成仏できないのは、それが理由じゃないよ」
彼女の顔が歪む。最初は怒りに、そして羞恥心に。
本心を言いあてられれば、みんなそうなる。彼女も例外じゃない。人間も幽霊も関係なく、同じだ。
「塚本さんは、塚本さんだよ」
「・・・・・・・・」
「誰にも塚本さんの代わりなんて出来ない」
「・・・・・・・・」
俯いて、黙ったまま。
佐々は言いたいことは言ったので、荷物を抱え直す。
「じゃあ塚本さん。さようなら」
もしかしたら、君はもう僕の前に現われないかもしれないから。
05.07.31