永遠の片思い  2.私の名前


 翌日、佐々はまたあの少女を見かけた。今まで忘れていた昨日の出来事を、一気に思い出させてくれる少女の姿を。
 校舎の三階にある教室から、それは見えた。窓側の佐々からはよく見える。

(一堂のクラスだな・・・・)

 窓の下では、体育の授業が進められ、男子がグラウンドを走っている。来年の三学期にはマラソン大会がある。そのための長距離走だ。
 一堂はどんな時でも真剣に取り組む。今も、勝ち負け関係なしに、完走しよう、前回よりもタイムを上げよう、と、考えていることが顔に出ている。

(なるほどね・・・・)

 一心に、ただ一人だけを、楽しそうに見つめる彼女。
 この学校の女子の制服じゃない、少女の幽霊。
 自分の学校ではなく、この学校に現われたのは、どういうことだろう?
 そんなの簡単だ。
 会いたい人が、ここにいるからだ。自分の学校ではなく、この学校に、彼女の会いたい人がいる。
 それはきっと、彼女が見つめる先にある人物だ。

(まったく・・・・・・)

 他校の女子までも虜にするなんて、さすが我が校自慢の生徒会長さま。
 おかげで佐々は、彼女が成仏するその日まで、自由を奪われることになる。

+++++++++++++++++++

 学校から出ようと、裏門に向かう。
 そこでまた、佐々はあの少女を見かけた。彼女は昨日と同じく、実体を持たない幽霊のくせに、自転車や人にぶつかりそうになれば避け、謝る。
 思わず、歩を止めてしまった。周りに昨日以上に人がいるせいもあったし、彼女の方から見付けてもらおうとも思ったからだ。
 そして佐々の思う通りに彼女は佐々を見付け、手を振ってきた。
「お疲れさま。ねぇ、お名前、何て言うの?」
「自分は名乗らずに名乗らせる気?」
「あ、ごめん。わたしは塚本映子。中3です。あなたは?」
「佐々和哉。中3」
「じゃ、受験生なんだ」
「お互いにね」
「わたしは違うよ」
 吃驚したように言う彼女に、佐々も思わず吃驚する。そして佐々から視線を外してしまう。
 これは失言だった。
「ごめんね、塚本さん」
 ううん、と首を振る彼女。
「行きたい高校とかって、なかったから。悩まずに済んで良かったって感じかな。それにいまは・・・・何で成仏できないんだろって、そっちが深刻かな・・・・」
 翳りを見せて笑う。

―――― 彼女もか・・・・)

 佐々は、子供の頃から幽霊が視える体質だ。それ故に、幽霊以上に解っていることがあった。
 ほとんどの幽霊が、誤解している事実だ。
「塚本さんは、幽霊になってどれぐらい経つの? 一ヵ月以上?」
「んー・・・・それぐらい、かな。事故ったのが、先々月の28日だから」
 今が7日だから・・・・あとちょっとかな?
 路上じゃ計算しにくけど。たぶん、あと一週間ぐらい。
「それがどうかしたの?」
「色々とね」
「なにー? それじゃ分からないじゃない」
「いずれ分かるよ。それでも分からなかったら教えてあげるよ」
 彼女は拗ねたように唇を尖らせ、
「いま教えてくれてもいいじゃない」
 と、しつこく尋ねてくる。彼女は佐々の制服を引っ張ろうとしたみたいだけど、その指は制服を擦り抜けた。
 それはちゃんと解っていただろうに、なまじ話が出来る理解者を得たことから、生きていた頃のように接してしまっている。
 それに気付いたのか、彼女は泣きそうな顔になった。

 慣れたはずだった。
 納得したはずだった。

 それでもふとした瞬間、思い知らされる。
 自分は死んだのだと。もう、そこには無いのだと。意識しかないのだと。
 今の自分が幽霊だという現実に、彼女はこれまで、何度たたき落とされただろう?

(でもそれは、仕方ないな)

 それが、親不幸してしまった彼女の末路だ。
「じゃあね、塚本さん。たまには家に帰ったら?」
 ことさら何もなかったように、佐々は昨日と同じ挨拶をした。
―――― うん。ばいばい、佐々くん。またね」
 それまでと違って小さく別れを告げる彼女に対し手を振るわけにもいかず、佐々は肩を竦めるだけに止めた。



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05.07.17

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