永遠の片思い  1.見えないもの


 私立青藤学園中等部の生徒会長は、年に似合わず腰が座った男である。
 悪く言えば、老けてる。頑固。ジジくさい。
 それでも女子にモテるのはやはり彼が、頭脳明晰、運動神経抜群、生徒会長で、弓道部の部長、そして学園一の美形だからだろう。
 無口なところがいいと、女子の評判もある。

 世の中には、二物どころか三物も与えられた人間もいる。

「一堂って、人生の半分は得してるよね」
「何だ、いったい。薮から棒に」

 生徒会長こと一堂は、不審そうに己れのクラスメイトを見やる。
 恐れ知らずな発言をした本編の主人公である佐々は、笑顔を絶やさずに首を傾げた。

「その恐い顔。絶対にファンの数を減らしてるのにさ」
「そんなのはいい。それより佐々、生徒会関係者以外の人間は立入禁止だ。出ていってくれ。そもそも用もないのに日曜にわざわざ学校まで来るな」
「そういう融通の効かないところも、一堂の価値を下がらせてる要因だと思うよんだけど」
 それでも人気が下がらないのは、美形だからか?
 生徒会室の安っぽいパイプ椅子から立ち上がり、長机に放り出していたリュックを肩にかける。それからマフラーを首元に巻いた。
「時間潰しに付き合ってくれてありがとう、生徒会長。また明日」
「次から部活動に励め」
「もう引退したよ」
 夏が終われば、もうそこには虚しい受験勉強しかない。まだまだ引退には程遠い文化系の部活でも、もう部長は二年生へと移行している。

(今日も一堂は、意志が強し)

 一度でいいから、あの男が慌てる顔を見てみたい。同時に彼の怒りも買だろううけど。
 佐々は昇降口に下りると、三年間同じ靴箱を開く。中には外靴と体育館用運動靴が収められている。
 部活をしていない生徒には帰宅時間が遅く、部活している生徒には早い時刻。しかも今日は日曜日。志望校の事について生徒指導室に用があったものだから、佐々は休日出勤だ。一堂はきっと、生徒会の引継ぎに追われているんだろうけど。
 誰もいない昇降口を出て、佐々は裏門に向かう。裏門には自転車置場がある。しかし佐々は電車通学だ。裏門からの方が駅から近い。裏門を通るのはその程度の理由だった。
 風が強く吹く。そのせいで目元まで流された髪を整える。その、隙間から。

―――― 今・・・・、いたな)

 佐々の琴線に引っかかるものがあった。それはたいてい、ある共通点を持つ。
 視線を巡らす。そして違和感がなければ、そのまま足を進める。数歩進ませ、そして気付いた。
 女子がいる。青藤学園の制服じゃない。他校の女子だ。これほど判りやすい違和感もない。
 彼女は佐々と同じような境遇の生徒を、自転車通学の男子を眺めている。自転車が通れば避け、ぶつかりそうになれば謝る。
 何とも鈍臭い女子生徒。さっさとその場を離れば、問題は解決するのに。もちろん、彼女にとっても、自分にとっても。
 しかし、現実はそう甘くない。わざと神が試練を与えているかのように。そして佐々は、それを呼び込む。終わらせるために。
 佐々はことさらゆっくりと歩を進める。帰っていく男子が見えなくなるまで。
 女子生徒はまだうろうろしている。素早く佐々は辺りを見渡し、人が周りにいなくなった頃を見計らってから声をかけた。
「そこ邪魔だよ。入らないなら帰ったら?」
「・・・・・・えっ?」
「用があるからここにいるんだろ。さっさと中に入って用を済ませなよ。誰も邪魔はしない」
 彼女を遮るものは、何もない。
 それは、彼女自身が分かっているはずなのに。
「私のこと、見えるの?」
「見えるよ」
「でも私、幽霊だよ?」
「だからって、見えないわけじゃない」
 昔からこの手の現象には付きまとわれている。憑かれる、という事はないけれど、あまり係わり合いになりたくない。
 この手の連中は、話が通じる人間に付きまとうのだ。その、淋しさから。
 佐々はそれが鬱陶しかった。奴らは人間を主張しながらも、人間だった頃を忘れ、生きている人間のプライバシーも考えずに邪魔をする。
 現に、彼女は佐々の後ろについて来ている。仕方なく、聞いてやる。
「なに?」
「え?」
「用があるから付いてきてるんじゃないの」
 すると、吃驚したように立ちすくむ彼女。
「あ・・・・そうね。思わず、つい・・・・・・」
 そのまま立ち止まる彼女。歩を緩めない自分。

「用がないなら、家に帰りなね」

 そして佐々は、何もなかったように振る舞い、さっさとその場から去った。
 背後で「あ、ちょっと・・・・っ」と幽霊の彼女が声をかけてきているが、佐々は無視した。彼女がどんな顔をしているのかも、確かめなかった。

 もうこりごりだった。
 幽霊なんかに自分の時間を奪われるのは。



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05.07.10

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