神様、もう少しだけ -6-


 面倒な書類を作り終えて、指定のボックスに放りこむ。これで後は下っぱの天使が担当に送ってくれるだろう。
「やれやれ・・・・」
 天上に戻ってきた観多里信之介は、李の夢に出てきた時と同じ黒のスーツを身に纏い、きっちりと締めていたボタンを一つ外す。  神の気紛れで人間の願いを叶えるのは、これで26回目。いちおう、観多里も古参の一人になる。
 仕事が20回を越えた辺りから、人間の願いの質が上がってきた。それだけ信頼と実績を重ねてきたんだろうが、つまり、難しくなってきたのだ。
 今回が、もっとも難しく、成功が困難だとも思われる。
「はあー・・・・」
 らしくもなく、ため息をつく観多里。
 そこに、同じく中途報告で戻ってきた同僚が声をかけてきた。
「信之介、元気か? 微妙に落ちぶれた空気が漂ってるぞ」
「マジで下の名前で呼ぶのは止めろ。某幼稚園児と間違われたくない。と、何度も言ったはずだけどな、小松田」
「そういうお前こそ、上の名字で呼ぶのは止めろと、俺はさんざん言ってきたはずなんだけどな。某マニュアル小僧と一緒にして欲しくねぇんだよ」
 どっちもどっちの会話を交わしつつ、二人はお互いの近況を語る。
 もちろん、お互いの仕事内容は厳密には内緒である。しかし、そこはそれ。サワリぐらいなら許されている。特に、仕事を全うさせるためのアドバイスとしてなら。
「うわ、恋愛関係って、AAランクじゃねぇか。お前、もうそんな事してんの?」
「という事は、お前はまだなんだな? いま、何やってんんだ?」
―――― 似たような事かな。Aランクだ。幸せとは何か、答えを出せ」
「それか・・・・。おれ、前回がそれだった」
「確か、減点はされてなかったよなっ? どう決着をつけたんだ?」
「決着も何も、妙に恵まれてる奴だったから、試練を与えてきた。それで終わり」
「うわ・・・・。ぜんぜん使えねぇ」
 役立たず、という視線を送ってきた同僚に、観多里は怒る気力もない。
「駄目だ。今回ばかりは、減点もん。減点とるの、初めてかも」
 その、妙に疲れた諦め口調に、いつも自信満々の同僚しか知らない小松田は、自分でも珍しく慰めに入る。
「なに言ってんだよ、信之介。確かに減点はやべぇけどさ、お前、負けたことないだろ? そいういう体験も必要だって」
―――― 慰めるつもりなら、俺の気分を盛り上げろ」
 なんだ、その減点を誘うような言葉は。
 観多里がぶつぶつと文句を言うと、してやったりと小松田は笑う。
「お前は怒ってる方がらしいからさ」
「うるさい」
 小松田の思惑通り、という訳でもないが、とりあえず観多里は憮然と怒る。
 悩んでも仕方ない。これは観多里自身に与えられた仕事だ。助けてくれるものなんてない。
 それが分かっただけでも、観多里は妙に落ちついた気分になった。
「仕方ねぇ。戻るか。あと一週間だ」
「あっと、信之介。俺から忠告」
「ああ?」
「何で恋愛物がAAランクになってるか、知ってるか?」
「・・・・・・いや、知らんが?」
 意味ありげな表情で尋ねてくる同僚に、名前の突っ込みすら忘れて首を傾げる。
「終わるまでに答え出しとけよ。じゃないと、お前、戻ってこれなくなるぞ」
「なに・・・・・・?」
「じゃあな、信之介」
 言うだけ言うと、小松田はさっさと背を向けて地上に落ちていった。
 残された観多里は、その言いようと台詞に、そして同僚の中途半端な忠告に、苛立ちを隠せない。
「戻ってこれなくなる、だと・・・・?」
 いったい、どこから? 地上から? それとも仕事から?
 ありえない。それだけは絶対にありえなかった。



 観多里は地上に降り立つ。しかし、その姿はいまだ天使のままで、人の目には映らない。例え李でさえ、無理だろう。
 人間の姿を借りられるのは日付が変更される12時ちょうどだ。天上で体内の穢れを浄化できた観多里は、心なしか軽くなっている体に、気分さえ軽くなるのを感じた。

(そういや、李と変な形で別れてきちまったな・・・・)

 明日。李の顔をみて、謝れるだろうか。
 さすがに自分の発言が誤解されていることは解っていた。謝罪して、李が許してくれたら、あの言葉の本意を聞かせようと、観多里は考えていた。
 そんなものだから、自然と観多里も李の家の方角へと羽を伸ばす。声はおろか、姿さえ李には見えない。今はタイミングが良かった。
―――――― ?」
 ちょうど、李の家の屋根が見えたところだった。こんな夜中に一緒にいるカップルがいる。
 危ないな、と思って傍観しつつ屋根に足を着けると同時に、その声が聞こえてきた。

「狛倉さん、今日は無理を言ってごめんね。遅くまで付き合わせてごめん。親御さんには俺からも謝ろうか?」
「そんな、大丈夫だよ、扇くん。ほら、玄関しか電気がついていないでしょ。きっと今日も残業だと思うの。だから気にしないで。それよりも今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった」
「本当に? そう思ってくれるなら、良かったよ。じゃあ、もう遅いから俺はこれで。戸締まり、気をつけてね」
「送ってくれてありがとう、扇くん。気をつけてね」
「うん。また明日、学校で」
「また明日」

 そうして少年は来た道を戻り、少女は少年が角を曲がるまで見送り、それから鍵をあけて家のなかに入った。それから少しして、家の中から明かりがもれる。
 観多里は、思わずそれらを注視していた。
 目を逸らすことも出来ず、帰ることも出来ず、耳を塞ぐこともせず、ただ二人を、李を見ていた。

(なんだ・・・・、そういうことか・・・・・・)

 ナンパ相手に扇を勧めたときは、あんなに嫌がって拒絶していたのに。
 神から与えられたチャンスを、困惑の表情のままずっとされるがままだった対象人物、狛倉李。
 途中経過で悪い結果が出されれば、チャンスは逃げる。だから好いように書いてやったと言うのに。
「そういうことかよ・・・・」
 最初から、笑っていたのだ。
 ちゃんと付き合っていたのだ。自分から声をかけられるのだ。
 それなのに自分は、人間同士の恋愛なんて知らないくせして知ったかぶって説教していた。
 ひどく惨めだった。
 『天使』という職業が、人間が、本当に嫌になってしまった。




+なかがき+

 第1話から第6話まで。08.05.11改訂。
 残り半分ぐらい、です。

06.04.16

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