ありがとう
それは、いつもの彼女のいつのも文句。
「ねぇ、そんな本、本当に面白いの?」
聖夕女子学院高等部の二年。理事長の、たった一人の姪。
それが夕凪 月華 ( ゆうなぎ げっか ) だ。
彼女は、自分の権力を振るったり我侭を貫き通すことはない。
けれど、自分が愛されるべき存在であることは当然のように受け止めている。
学校に入れば取り巻きが周囲に輪を作り、
教師は一生徒としての態度を取らず、
何かあれば優先的に彼女がトップの席に立つ。
彼女のためなら、という生徒は下心もあって大勢いた。
そんな中、一人だけ我関せずと距離を置く後輩がいる。
「先輩、前髪が乱れてますよ」
同じく高等部一年の中杉つむぎ。
登下校に利用するバス停の青いベンチで、一冊の文庫本を開いている。
背表紙には 『聖夕女子学院 』 のシールが貼られている。図書館の本だ。
「こんな風の強い日に外で本を読むほうがどうかしてるわっ」
少し、強めの批判。
「わたしは大丈夫です」
「アタシが気にするの!」
そこでようやく、活字から眼を離して顔をあげる。
彼女の長い、天然ウェーブのかかった見事な黒髪が、前髪だけじゃなく乱れている。
右手で髪の一部を押さえていたが、徒労に終わっている。
「・・・・・・本当だ」
「にぶいんじゃないのっ?」
「嵐が近づいているせいかな・・・・」
そういえば、空模様も曇っているような気がする。
つぶやく後輩に彼女の怒りは膨れていく。
「そういうことじゃないから!」
「ははは、ごめんね」
いきなりの謝罪の言葉。思わず口を閉じる。そして後輩を見る。
後輩は目元を細めて微笑を浮かべている。
喜怒哀楽はあるものの、大げさに面に出さない後輩の、それなりに珍しい表情。
「な、なによ」
「読むのに邪魔にならないよう、わざわざ風下に座ってくれてたんですね」
「ちっ、ちがっ!!」
「ありがとう」
気になる後輩の、最初に気になった、その笑顔。
女の子なのに。女の子同士なのに。
なんとなく羞恥を覚えてそっぽ向く。
そしたら髪を掬われた。
振り向いたら、後輩が、彼女の風のせいで絡まった髪の毛を、丁寧に手櫛ですいている。
「痛くないですか?」
「そんなわけ、ないでしょ」
痛くないよう、片手で根元あたりを押さえて、ゆっくりと、丁寧に、少しづつ。
「バスが来ましたね」
いつのまにか、髪から手が離れていた。
立ち上がったら、二人の関係は逆になる。
後輩の方が背が高い。制服から伸びた手足は長くって、見ていてドキドキする。
それは、クラスメイトたちが好きな人のことを話しているのを聞いているときと同じ感覚。
バスが到着する。降りるのはいない。乗るのは後輩だけ。
ステップに足をのせ、後輩は見送る彼女を振り返る。
「先輩、また明日」
「―――― また明日」
手を振って、扉が閉まって、それでさよーなら。
今日はもうおしまい。
こんな時間が続けばいいのにって願いは、いつだって叶わない。
終
+あとがき+
初めてのGLです。ど、どうですかねっ?
そして、お名前ありがとう!
09.12.27
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