童話
「そういえばさ、どうして王様たちは、わたしたちの名前を呼ばないの?」
ずっと疑問に思っていたことを、菫はファレルに聞いてみた。
この事実に気付いたのは、ここに誘拐(しつこい?)されてきて、三日目のことだった。
初日から気付いていたが、それほど重大とは思わなかった。けれど、王と王妃が菫の名前すら尋ねないことと、実の息子の名前すら呼ばないことで、不審に思ったのだ。
ファレルは、そんなことか、と説明してくれた。
「王と王妃は、名前を捨てた。だからだ」
「ええっと?」
説明が簡略すぎて判らない。
「父と母は、王と王妃になったことで国のものになった。国のものに個人の名前は必要ない。王は、国の贄なのだから。儀式に則り、国を担うものとして、不必要なものは切り捨てたんだ」
それが、一国を担う国王としての責任。その仕事のすべて。
「ゆえに、ただの贄である王と王妃は、他者の名を呼ぶことも、名前を覚えることも、魔法で禁じられている。自身にすら名前がないのだから、呼べるはずもない。だから個人を表す名ではなく、役職で相手を呼ぶ。個人の名は、記憶から消える。その記憶が戻るのは、王位を手放し、土に還るときだけだ」
たんたんと、事実だけで述べるファレル。その顔は常と変わらない。
(想像できないや・・・・・)
国王とか、王族とか、そういうのって、憧れだったりする。色んな夢を見たりする。苦労なんて、何もないと思ってた。
女の子のなら、小さい頃、誰だって憧れるシンデレラや白雪姫、そして眠り姫の物語。いつだって王子さまが迎えに来てくれるって本気で信じている。
そんな幸せの裏側なんて、ぜんぜん知らなかった。
(親から貰った、大切な名前なのに・・・・)
もちろん、思っても口に出しては言わない。それは、きっと菫よりも判っているだろうから。
ただ。
ただ、自分の子供の名前を呼べないのは、どういう気持ちだろう?
自分の名前を呼んでもらえないのは、どういう気持ちだろう?
記憶にすら留められないなんて。
「同情するな」
「!」
「お前の顔を見ていれば判る。同情だけはするな。それが、王が民にしてやれるたった一つの仕事だ。他の者よりも恵まれ、裕福な分、それ相応の義務を果たさなくてはならないものだ」
まるで貴族の、廃れた騎士道精神のような。
漫画や小説の中でしか存在しない、夢物語のような。
「そっか・・・・そうだよね。この世界は、伝説が生きてるんだっけ」
菫のようなことを考えるほうが、間違ってるんだ。
この世界では、それが当たり前なんだ。当然の常識なんだ。
菫も、いずれは自分の名前を忘れ、消され、国のものになる。いつか生まれる自分の子供も、友達も、色んな人の名前を忘れる。
それでも、隣にいる人は変わらないだろう。
それなら・・・・それでいい。
一緒にいてくれるなら。同じ痛みを抱えてくれるなら。
それでいいと、菫は思った。
終
05.06.19
|