Case.顔 - 旅 -



 お姉さんの顔は取り戻した。後は犯人の始末だけ。
「で、どう始末つけるんだ?」
「持ち主の許可を取って建物を壊すしかないでしょう。土地に付いている地霊の仕業かもしれません。場合によっては土地ごと封印するしかないですね」
 忍は飛行機が苦手なので、行きは空港に着くまでずっと特別製の睡眠薬で眠っていた。ゆえに報告書は全てを読んでいない。モンスターハウスに来るまでのレンタカーの中でも薬の余韻で後部座席で眠っていたからだ。
 なので情報を集めてくれた響夜専用の秘書、三島さんに口で説明してもらった情報を、響夜が又聞きで忍に説明する。響夜は調べさせるだけ調べさせ、絶対に報告書を読まない。そして簡潔で正確な説明を要求する。それでも人望があるのだから、御曹司としては一流(?)なのだろう。
「この建物の持ち主は今、病院に入院している。親族の話じゃ今日明日にもヤバイらしい。まぁ、それが数か月ほど続いているんだけどな。その持ち主の亡くなった娘が、面と同じ顔してた。交通事故で亡くしたらしくてな、タイヤに顔を巻き込まれて皮が剥がれたらしい。それ以来、娘の顔を探してるんだそうだ」
 話を聞けば、無数の面の理由が納得できた。気持ち悪いと思ったことを少しだけ反省する。
「では、きっと彼が亡くなれば、親族はここを手放すでしょうね」
「まぁ、たぶん。でも土地は売らずに貸すかもしれないな」
 面倒だ。土地を封じるだけでも厄介で面倒なのに、それ以上の金銭的な話はすべて相棒に押しつけたい。
 ため息を洩らしつつ乱れた前髪をかきあげれば、忍の手首にぶらさがるネックレスが揺れる。しかし様子が変化していた。
 天然石が透明になっている。どこにでもある水晶。白かったのは忍の霊力だ。それを全て解放したため、元の水晶に戻ってしまったのだ。
「はあ・・・・。元に戻すの、一週間はかかりますね・・・・」
「おかげで助かったんだ。一週間ぐらい何だ。一生を無駄にするよりいいだろう」
「貴方と関わったおかげでかなり、無駄にしているように思えますが」
「んじゃ、返そうか?」
 拒否する前に上から顎を指だけで掬い取られ、そのまま顔を仰向けにされると影と同時に唇が落ちてきた。拳を作って殴る前にその身体は離れる。
「響夜!」
 責めるように呼べば、一歩離れたその場所で、やけに真剣な顔をした元同級生がいた。
「お前の霊力が俺の中に入っちまったから、無駄になっちまったんだろ」
「こんなことをしたって・・・・、貴方が戻す気にならなくては」
「返す気はある。なのに戻らないだけ」
 高校時代から、ずっと言い合っている事だ。ある事件がきっかけで、忍の霊力の半分が響夜に流れた。もともと結界を無効にする能力があったせいか、忍の霊力を貯えてさらに強力になった。結果、響夜の霊力が忍を越えたため、忍は響夜から霊力を取り戻せない。
 口付けは霊力の交換を容易くする媒体の一つなのだが、修業なんてしてない響夜には、ほとんどの方法が使えない。
「お前が俺に抱かれれば、丸く納まるんだぜ?」
「・・・・・・男に抱かれる趣味はありませんよ」
 唯一残された方法がソレなのは、余りにも忍には不幸すぎた。一時の過ちでは済まされない。もちろん霊力は取り戻したい。しかし、どうしても肯定できない。
「じゃ、諦めましょー。さ、帰るぞ。寿司食おうぜ。蟹もいいなー。蟹ラーメンうまいぜ」
 もはや響夜にはモンスターハウスのことも、忍の事情も消えている。これからの楽しみに意識がいって、今までの恐怖や事件も忘れ去っている。なんて都合のいい柔軟な頭の持ち主だろうか。
 生まれた時から当たり前のようにあった霊能力。失ったときは自失してしまったが、怒りを覚えなかったのは、彼の柔軟な考え方が、こちらの事情を理解してくれたからだ。
「仕方ありませんね」
 忍は立ち上がり、簡単に服についた砂や草を払った。
「お寿司なら付き合いますよ」
「んじゃ早く行こうぜ。三島の奴、レンタカーの中で寝呆けてるに決まってるからな」
「疲れているんですよ。もう少し、待ってあげましょう」
「こっちは化物に襲われたんだぞ。長距離運転ぐらいで休まれてたまるかっ!」
 その前に不眠不休で情報収集をしていたのだが、そんなこと響夜は知ったこっちゃない。
 やれやれと忍は肩をすくめ、背後を振り返る。来たとき同様、静かな佇まいだ。きっちろとアチラとコチラ、区切られて存在している。
「忍!」
 早く、と急かされる。それは言外に忘れろ、と言っているように聞こえた。もちろん忍も、霊能力を扱う一族に生まれた人間として、こういうことは当たり前の事で、響夜以上にシビアだ。中途半端な同情は害にしかならない。
 草が生えっぱなしの広場に停めてあるレンタカーの運転席。そこの窓ガラスを響夜は叩く。
「三島っ! 起きろっ!!」
「は、はいぃ、坊っちゃんっ!!」
 予想通り熟睡していた三島は、スーツの袖で口元を拭い、後部座席を開ける。
 乗り込むと同時に「寿司屋に行け」と命じられ、三島は慌てて地図を取り出す。
 忍も遅れて乗り込み、背もたれに体重を乗せて一息ついた。
「カレーが食べたい」
「いま寿司って言ったじゃんっ!!」

+++++++++++++++++++

「お約束の品です」
 電話で用件を告げると、一時間でやってきた依頼主の彼女は、響夜が差し出した木箱に手を出したが、蓋を開けようとしない。戸惑っている。いや、恐れている。
 それが判る忍は、安心させるように微笑んだ。
 今まで響夜にばかり視線を寄せていた彼女は、その笑顔に目を見開く。
「私が開けましょう」
 彼女の手から箱を受け取り、見えるように蓋を持ち上げて隣に置くと、中の紫の風呂敷の先端を摘まむ。そして花開くように広げていった。
―――――― っ」
 現れた姉の素顔、その容に、彼女は息を呑む。ついで顔を歪めた。やはりショックは大きいようだ。
「こんな・・・・、こんなことに」
 震えた声には隠し切れない嫌悪がある。そして強い憤りも。
「貴女のお姉さんは、選ばれてしまったようです」
―――――― ?」
 そこからの説明は響夜が引継いだ。名前は伏せての説得力のある、少々誇張の混ざった説明を。
 高校時代から教師を煙に巻いていた特技である。忍は「やれやれ」と思いつつ、止めない。
 彼女に必要なのは復讐でも殺意でもなく、姉を家に戻し、これからの自分の幸せを見つめることだ。そういう意味では、響夜のしていることは正しいのだ。
「・・・・・・と、そういう事なんです」
「そうですか・・・・。姉のことをそんなのに・・・・」
 いま、壮絶な物語が終了した。半分以上が作り話だ。そのくせ要点は押さえている。見事しか言いようが無い。しかも彼女は涙を浮かべて嗚咽を堪えている。
 彼女の中には、やはり恨みや憎しみもあるのだろう。だけれど、それは心の奥底へ沈んでいる。
 それでいいと忍は思う。
 幼少の頃から霊的なものに包まれ、当然のものとして過ごしてきた頃、この手の事件や感情は日常茶飯事で、それこそ 『当然 』のことで、だからこそ切り捨てる術を身に着けていた。他者に対してもそのように強いてきた。
 響夜のようなやり方があると知らなかったし、今は必要だと思っているのに、うまく相手に伝えられない。
 もともと家業を継ぐのが嫌で逃げていた響夜が、たまたま手に入れた能力と人脈を使って憑き物関係の事務所を開いた。敬遠する忍を、これも修行の一貫だと強引に引き釣り込んだ。
 最初は、相互利用での関係でしかなかった。
 お互いが必要だと改めて思うのは、こういう時だった。

「本当に、ありがとうございます。姉もこれで浮ばれると思います」
「いいえ。こちらこそお手伝いできて光栄でした」

 初めてこの事務所に飛び込んできた時の剣幕は、もはや彼女にはない。きつい性格を思わせた言動を忘れてしまえば、年齢よりも幼い、むしろ可愛らしい女性だった。
 憑き物が落ちたように、という言葉どおり、彼女に憑いていたモノは、落ちたのだ。
 何せ響夜のメルアドとケイ番をすかさず聞いて、自分のアドレスを送ってきたぐらいなのだから。


 操作した携帯をこちらに放って、響夜は面倒くさそうに立ち上がる。
「やれやれだ」
 教えたメールアドレスは、こういう時のために解約していない携帯のものだ。いちおう調書に書き写して、あとは知らん振り。これで喧嘩に発展したことがないのだから感心する。
「忍」
 返事をしようとして顔をあげ、そこで息を呑んだ。思わず、の反射的な行為だ。
 響夜の指が忍の首からぶら下がっている白い天然石にかかっている。それだけなのに、急所を握られたみたいに体が硬直した。
「いつもは一週間かかるのに早くたまってるじゃん」
 忍の霊力が限界まで蓄積されると白くなる、それ。
 油断した。自分でもまさか、と思っていたそれを、響夜が気付くと思っていなかった。何せ自分たちは、学生を卒業して以来、曜日の感覚が無くなっていたからだ。
「あんなキスだけでもちゃんと供給できてる。やっぱ試してみるべきだって」
―――― 軽々しく言わないで下さい」
「お前の霊力が戻ったら仕事の幅も広がるし、いっつもギリギリの仕事ばっかしなくても良いだろ?」
「それは・・・・もちろん」
 本当は判っている。何がいちばん良い選択なのか。
 ほんの少し、我慢するだけだ。羞恥心だってほんの一瞬だ。
 別に今さら家を継ぐ気だってないし、返り咲きたい訳でもない。失敗しても期待が壊れるだけで、何の損もないのだ。
 口づけ一つで、この威力。だったら試してみる価値はある。
 それでも躊躇してしまう何かがあるとすれば・・・・・・・・。

「何も初心な処女じゃあるまいし」
「貴方のそういうところが嫌なんです!!」

 デリカシーのない、この性格のせいだろう。



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+あとがき+

 側近の三人は、頭文字を繋げて「三羽烏」と言います。ま、次はあるんだか、ないんだか。
 ちなみにフルネームは「神代 忍」 「千住 響夜」でした。下さった方々、ありがとうございます。

10.11.06

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