眠れない
異世界エタースに召喚されてから、初めての夜。
夢見る乙女なら憧れて止まない天蓋のベッドの上で、菫は何度も寝返りを打っていた。
何とか眠ろうとしている努力が、シーツに刻まれた無数のシワから判る。
が。
「―――― 眠れない」
異常事態に身体が緊張して興奮しているせいもあったが、菫がこっちに来たのは昼すぎである。それまではたっぷりと眠っていた。
精神的に疲れているのに、疲れすぎているせいで眠れない。睡眠も体力を使うのだ。
こういう時、台所に言ってカフェインを摂取し、徹夜の覚悟を決めるのだが、ここでは出来ない。台所じゃなく厨房だろうし、どこにあるか判らないうえに動けば迷子決定。
微睡むことも起き続けることも出来ず、まんじりとした時間を過ごすこと数分。
「あ ―― ! 駄目、耐えられない!!」
もともとじっとしているのが苦手な菫は、未練なくベッドから飛び起き、マントに袖が付いた上着を被って絨毯の上に立った。ベッドの下に室内靴があったけど、はかない。歩くときに音が出るので避けた。裸足で寝室から出て、私室を横切る。
汚れるのを覚悟で部屋の外に出て、散策するつもりだった。
別に冒険するわけじゃない。部屋の周囲の様子とか、窓から外の様子を見たりとか、そういうことだ。
音をたてないように扉を開く。細く開いたところから顔だけを出して誰もいないのを確かめたのち、身体を滑り込ませた。
部屋の外に足音を消してくれる絨毯はない。大理石のような、ツルツルの床。ひた、ひた、と足を踏み出すたびに、静寂に包まれた闇のなか、必要以上に耳に響いた。
けれど心配はない。人の気配がないのはここらだけで、遠くの方では人のざわめきが肌に感じられた。見回りの人たちかもしれない。ここは国の中心なのだから。
階段を一段ずつ下りていく。
燭台を持ってくるべきだったと思ったが、見咎められても困る。幸いに月が出ていて、建物の輪郭は掴める。
エタースの月は、地球で見るより大きく青い。
いつもの癖で北斗七星とカシオペア座・・・・唯一判別できる星座・・・・を探したが、見つからなかった。
それが原因、というわけじゃないけど、唐突に淋しさが溢れだし、菫の頬を濡らした。
拒絶された気がした。お前の居場所はそこにはないぞ、と言われたような気がした。
世界を包み込めるぐらい存在感が強いのに、菫だけを選別して無視するのだ。
「なによ。わたしだって知らないのに」
好きでココにいるわけじゃない。いらないと言うなら帰らしてくれ。
幸せだった、何も知らなかったあの頃に。
自分の身に降り掛かるだろう不幸なんて気付けなかった子供の頃に。
ここが魔法の国だと言うのなら、それぐらい叶えてくれてもいいじゃないか。
「―――― ・・・・・・」
月は、その願いすら拒絶した。
終
+あとがき+
第1章と第2章の間に入るお話です。付け足し的な文章です。
まだ菫の性格とか第1章では掴めてないままに書いてたからね。
08.05.31
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