第四章 −2−


 これは、一つの賭けだった。
 確証のない、曖昧な、しかし恐るべき罠。

「菫、ぼくたちには知識がある。エタースではない惑星の、地球の知識が」

 あの日。婚礼の前日。一人でイシュアに会いにいった日。
 菫はイシュアから、ある計画を持ち掛けられた。
 曰く、

「婚儀を潰さないか?」

 最初、何故そんなことを言うのか解らなかった。それもイシュアのファレルに対する意趣返しみたいなものかと、思ったのだ。だから断ろうとした。一族を滅ぼすような、そんな大きな罪には加担できない、と。
 しかしイシュアは真剣に説明を続ける。そして菫は、その説明に引き込まれた。

 地球から誘拐されたとか。
 花の名前を持つ少女が選ばれるとか。

 そんな理由で異世界エタースに来ることになった菫にとって、イシュアのその説明の方がよっぽど納得がいくのだった。
「この国に限らず、この世界に生きる人々は、魔法に頼りすぎている。何と言うのかな、そう、信仰すら感じさせるほど、魔法に対する信頼度が高い。何せ便利だからね。それは即ち、魔法に対して疑問を持っていないと言うことだ」
 確かに、信仰とはそういうものだ。日本でもある宗教団体が毒ガスを撒き散らすなど、理解に苦しむ行動を取った。ああいうことをする人々は、その行動に疑問など感じないのだろう。例え疑問があったとしても、口にすることはなく従うのだ。
「疑問を持たないということは、全面通りに受け取り、それ以外の意志を否定することだ。ぼくは、そこがミソだと思う」
「でも・・・・なら、わたしが召喚された事実とか、王家の歴史とかはどうなるの?」
「菫のことは後だ。王家の歴史だけど、系図は浅いんだってね。でも、それが証拠になるとは限らない。考えてもみなよ。もし菫が魔法使いだとして、こんなにも複雑な魔法を幾通りも使いこなし、ここまでお膳立てするだろうか? それも半永久に続くような大きな魔法を」
 問い掛けるような視線。魔法を知らない菫は頷くしかない。知らなくても、何となくスケールが尋常じゃないぐらい大きいことは判る。
「そこでぼくは考えた。もしかしたら、魔法をかけたのは一人ではなく、大勢ではないか? 一つの魔法に一人の魔法使い。それか、半分は本物で半分は偽り。実際に地球から誘拐される。ヒトキシラ湖から花の名前の女性が見つかる。だから、残りの魔法も信じてしまう・・・・・」
「一族の滅亡がかかっているために・・・・・・」
 信じるしかないのだ。自分たちのために。
 いや、すでに信じ切っている。疑うことも知らず、その通りに儀式を進める。何故なら魔法によって定められた運命だから。
 運命に逆らおうとしないのだ。
「あと、最大の疑問。いちばん最初の疑問だ。菫の疑問もね」
 イシュアはそこで言葉を切り、溜めを作る。まるで何かの演出みたいに。
 しかし、それは成功している。菫は緊張して、喉が乾いたぐらいだ。


―――― 何で地球から花嫁を喚ぶんだろう?」


―――― え?」
 思わず聞き返した。
「変に思わなかった? ま、確かにいきなり異世界に召喚されてしまえば、そんなこと考える余裕もないだろうけどね」
 和解してもイシュアの嫌味は軽減されない。しかし、それは好意的なものだった。むしろこの状況を何とかしようと頑張ってる。
「ぼくは最初からそれが気に入らなかった。しかも花の名前を持つ少女だって? 花の名前を持つ少女がこの国に何を齎らしてくれるんだ? 王族が永らえるためだけの道具だろう。そもそもその魔法ですら怪しいって言うのに」
「つまり・・・・どういうことなの?」
 この国の生活が浅い菫は、イシュアの話に付いていけない。
 それはイシュアも分かっているのか、自分でも話を整理するために説明してくれた。
「ぼくたちは結果だけを見てしまっている。原因を問うことすらしない。つまり、なぜ自分の子孫を滅ぼすような魔法をかけたんだってこと」
「えっと・・・・?」
「考えてもみてごらん? ぼくたちが伝説を信じているのは何故だ? 実際に王族の直系が全滅したからだろう。結果、ぼくたちは王族に降り掛かっている呪いのような伝説を信じ、何の疑問もなく儀式を遂行する。現に今がそれだ。召喚されてしまった菫でさえ信じているだろ?」
「うん・・・・」
 ファレルから王族が滅びたと聞いて、自分はそれを信じた。証拠を見せられたわけじゃないのに、信じた。それはファレルがそれを信じており、事実だと思っているから。だから菫も信じた。
「つまり、全滅したという史実は、信じさせるための嘘なの?」
「いや、事実だと思うよ。だって王族は頑なにそれを信じている。家系図がある。記録者だっている。他にも証拠が揃っているんだ。だから疑わずに信じるんだ。だからここまで魔法を信じているんだ。そうでなきゃ説明がつかないし、筋が通らないんだ」
「でも、つまり魔法は生きているんでしょ。婚儀を挙げなきゃ滅びるって言う魔法が」
「そうなる」
「だとしたらイシュアが言ってることは意味が通らないんじゃ・・・・っ」
「そこなんだ、菫。ぼくはずっとそれが判らなかった。魔法は続いている。今も稼働している。だから気付けなかった。でも分かった。菫が召喚されて、やっとぼくは分かったんだ」
 いつになく興奮したイシュア。それが珍しいことは、菫にも判る。菫もイシュアの興奮が写ってしまったように、心臓を高鳴らせる。
「今までの推理は仮定だ。仮定によって推理していた。それが間違ってたんだ。根本的な仮定条件を間違えてしまったために、迷宮に嵌まっていたんだ」
「根本的って、魔法をかけた人のこと?」
 もう何が何なのか、菫には判らない。でもイシュアにばかり考えてもらうのも悪いので、解らないなりに発言してみる。
「そう! そうなんだ!!」
「えっ? えっ? えっ?」
 いきなりイシュアが菫の両肩をつかみ、揺さ振った。
 そして言った。

「花の名前を持つ少女が欲しかったんじゃない。欲しかった少女が花の名前を持っていたんだ!!」



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06.07.30



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