あの時ほど心が苦しくて、涙が止められなかったのは初めてだった。
 そしてその後に待っている現実に涙したことも。


繋がっているもの X


―――― つよし」
 名前を呼ぶ。つよしは振り返らない。
「つよしっ」
 強く呼び掛けても、幼なじみが振り返らない。呼び掛けられているのに気付いていない風でもある。
 でも聞こえているだろう。だから、振り返らない。
 そういう幼なじみの心情が判るから、志紀も飽きずに名前を呼ぶ。
「つよし・・・・、別に俺は薄情じゃない。切り替えは早くないし、立ち直りも遅いと思う。けどさ、薄情じゃないんだ。それは薄情じゃない。未練たらったらなんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「でもさ、そういうのを表に出すのはかっこ悪いって思ってる。俺、泣き癖あるし。泣くのってけっこう体力いるし、泣くのにも飽きてくるんだよ。俺、そういう自分が嫌だったりする。でもさ、毎回毎回泣けて、飽きるんだ」
 主のいない小屋の前に立ち尽くす幼なじみの背中を、志紀はたたく。
「そしたらさ、いつのまにか心の整理が出来てたりする。頭の中では理解できてないのに、それをうまく説明できないのに、感情は納得してる」
「それはお前が単細胞だからだ」
「お前の考え方が複雑なだけだ」
 やっと言葉を発したと思ったら、こんな憎まれ口。志紀も反射的に受け答えしていた。
 自然とそういうことが出来るということは、少しは自分を取り戻している証拠だろう。けっこうショックだったのに、あんなにつよしに対して怒ってたのに、志紀はもう冷静だった。泣いて、自分の心を整理して、納得して、もう元の自分。
「つよし。俺は、忘れちゃいけないものぐらい判るよ。人間ってのが、記憶を忘れる生き物だってことも知ってるよ。俺はいつかワンコを忘れるよ。思い出せる事も少なくなって、きっと色んな思い出を忘れてると思う。でもさ、」
 でも、と志紀は続ける。
「覚えている間は覚えているし、思い出せる時は思い出す。そして、きっと今日のことも連鎖的に思い出して、自分が許せなくなる。そういうのって、きっと忘れない」
 心に刺すような痛みも、頭の奥が鈍く痛むぐらい泣くことも、だんだんと減っていく。そしていつか、消えてしまうんだろう。
 そうしなければ生きていけない人間もいる。
 でも反対に、忘れてしまったら生きていけない人間もいる。つよしは、後者側の人間だ。
「つよしはさ、忘れたら申し訳がたたない、とか考えてるんだろ。でも何時までも悲しんでいたら魂を地上に縛り付けてしまう、とも考えてる」
 昔、つよしが言った言葉だ。学校で飼ってたウサギが死んだとき、泣いてた俺に言った台詞だ。
「でもつよしはワンコの幸せを考えてるから、忘れなくていいぞ」
―――― そう、か」
「うん。忘れなくていい。幸せを願うんだから、忘れなくていいんだ」
 自分だけの悲しさに捉われるから縛られてしまうんだろ?
 だったら、自分以外のモノを想えるつよしは大丈夫だ。
 もう、大丈夫だよな。

―――― 分かったよ、志紀」

「分かったか」
「ああ。縛り付ければいいんだよな」
「ああ・・・・、って、うん?」
 思わず幼なじみを見れば、何故か握り拳で仁王立ちしている。その表情はどことなく、晴れやかだ。
―――― つよし?」
「志紀。たまには良いことを言うじゃないか」
「うん・・・・まぁ・・・・お前の受け入りもあるけど・・・・それよりお前、今なんて・・・・・・」
「俺は天才だ。この田所家の最終兵器と言っても過言じゃない」
「はあっ?」
 自信満々に言い切るつよしは、その言葉を微塵も疑っていないらしい。真実、そう思ってることが解る。志紀自身のコメントは控えるとして。
 けど、何が言いたいんだ? この豹変ぶりはいったい何だ?
「しかし、その最終兵器にも足りないものがある。と言うことに今の志紀の言葉でやっと理解した」
「つよし・・・・。お前、頭は無事だよな? 余りの辛さに記憶改竄とかしてねぇよな?」
 普段からおかしい奴だから、意味不明で理解不能の発言も無視すればいいだけの問題だけど、今はそういう雰囲気じゃなかったはずだ。大切な友との悲しい別れの時のはずだ。志紀は確か、つよしを見直したはずだ。

 いったい目の前にいるこの男は、どういう思考回路をしているんだろう?

 こちらの混乱なぞ知らぬげに、つよしは何かを考え込んでいる。その指は空に文字を書いているらしいが、何がしたいのか、さっぱり判らない。
「つよし・・・・? なぁ、おい、何してんだよ」
 ここで放っておけたら、俺も幸せなのに。そう思いつつ、幼なじみを見捨てられないお人好しな志紀。
 つよしはそんな志紀を無視し、考え事に没頭している。真剣に何事かを考えている。それは何かを思い出そうとしているようでもあり、厳密な儀式を行なっているようにも見える。
 と、とつぜん、冷たい風が吹いた。すでに夕暮には程遠く、空の端は藍に染まっている。
 早く帰らなくちゃ、夕食に間に合わない。門限はないが、夕食に間に合わなければ怒られるのだ。
 でも、意味不明で理解不能な幼なじみを見捨てることも出来なかった。
「志紀、お前は先に帰れ」
「帰れるか、馬鹿!」
 どうせ気になって夜も眠れずにお腹が痛くなるだけだ。
「何する気だよっ?」
「ワンコを甦らせる」

 ―――― 何だって?

「おい!!」
「そのままじゃない。魂を呼寄せて、式神として使役する」
「なっ!?」
 それは、志紀の思考能力の上をいっていた。それがどういうことなのか、志紀には判らない。判らないけれど、やっちゃいけないように思えた。
「や、やめろよっ」
「なぜ?」
「なぜって・・・・そんな・・・・・・」
 本気で聞いてくるつよしが判らない。本当に理解不能。
 なんというか、やっちゃいけないことだろう? そんな、倫理的な問題というか、輪廻とか、人間として、それは間違ってると思う。
 でも言葉で説明できない。つよしが納得するような説明が、浮かんでこない。
 そうこうするうちに、つよしは勝手に物事を進めている。志紀の中に、もう一度ワンコに会いたい気持ちと、甦らせたくない気持ちが、交ざりあう。どうしたらいいのか検討もつかない。
 こういう時、お姉さんとお兄さんがいて、判断してくれたらいいのに。

「志紀、大丈夫だ」

 ハッとなって、つよしを見る。つよしは何の思惑もない顔で、いつものように飄々と立っている。
「ワンコが望まない限り、帰ってこないから」
 ―――― そして、志紀は押し切られた。
 そもそも、大した抵抗すらしていなかった。最後の一線を、つよしが破ったのだ。
 きっとつよしは、頭がいいだけの無謀な馬鹿だ。
 じゃなきゃ、ここまで人生を舐めて生きていない。あそこまで、理性とか無視して突っ走れない。
 きっと、常識とか捨ててしまえるほどに、実は志紀が思う以上に、辛かったんだろうな。

 だから、ワンコも心配で仕方なかったに違いない。
 きっと、そうに違いない。



終了

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+あとがき+

 番外編連載終了です。実は志紀の方が精神的に強いってことを書きたかったんです。
 最後、曖昧(これは狙ってた)な上に中途半端(途中で嫌になった)ですけど、続けてもダラダラしそうだったんで、これで勘弁して下さい。

H16/11/07

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