2 とても深いもの


「それにしても、お前の友人とか言うのは、けっこう頭が回ってるな」
「ほえっ!?」
 つよしを誉められたことよりも、誉めるという王子の発言と、その内容に驚いた。
「そ、そんなの、お前がつよしの普段を知らないからそう言えるだけで、お前の見てるつよしは偽物だぞっ!?」
 溌剌としたつよしなんて偽物だ。別人だ。入れ代わりが起こってるんだ。
 普通に考えて入れ代わりなんて起こるはずないが、それぐらい驚いているということは主張したい志紀。しかし王子はまったく聞いていない。
「それは俺だけじゃなく、お前以外のエタースの人間なら誰でも同じだ。つよしとか言う男の普段の性格や生活態度を知っているのは同じ異世界出身のお前だけだからな。それが変かどうかは、誰も判断できん」
「そ、そっか。・・・・って、年上に向かって『お前』とか言うなっ!」
 今更である。
 そりゃあ自分に威厳はないけどもさっ! そう腐る志紀に、ユースファ王子は片眉を釣り上げる。
「だったら、人の名前はきちんと呼ぶべきだな」
「う・・・・んと、スマン。えと、ユースファ」
―――― 判ればいい」
 ふいっと視線を外したユースファの耳は、少しだけ赤い。
 普段から『殿下』とか『第二王子』とか役職で呼ばれ、親しい人間でも『ジュニア』としか呼ばれない身としては、自分の名前を呼び捨てにされるのも新鮮だし、呼ばれ慣れてもいないから、恥ずかしいのもあった。
 彼の名前を呼べるのは、家族だけだ。だから余計に、恥ずかしかった。
「あ、じゃあさ、おれも呼び捨てでいいぞ。と言っても無駄だろうけど」
「この俺さまが敬称を付けるだと? はっ」
「はいはい・・・・」
 予想通り、というか、鼻で笑うユースファに、志紀は何となく苦笑を返す。それに対してユースファは、むっとする。
「何だ、今の笑いは」
「え? 別に、笑ってないぞ?」
 白々しい演技。志紀はそれで騙せるとは思ってない。そもそも騙そうとも思ってない。これは、友人たちとやってるような言葉遊びと同じものだ。そういうつもりで志紀は白々しい演技をした。
 しかしユースファにとっては、そういうやり方で会話を楽しむ、ということをしたことがない。そういうやり方がある、ということも知らない。
 だから馬鹿にされた、と思い込む。
「異世界ではどうだったか知らないが、ここではここのしきたりに従って貰う。本来ならば、お前のような民に俺が顔を曝すことはありえない。ゆえにお互い、声をかけることも、名を呼ぶことも、決してあってはならない。それを重々承知の上で言葉を選べ」
 いきなり傲慢な態度をとるユースファに、志紀も内心、むっとなる。内心どころか顔にも不愉快な色が浮かぶ。
 そして、決して短気ではないが、売られた喧嘩は律儀に買う性格の志紀は、もちろんその喧嘩を買った。
「あー、いやだいやだ、これだから権力者ってのは好かれないんだよ。自分さえ良ければそれでいいっていう考え方は当たり前にあるけどさ、それを大っぴらに表に出すのはただの考えなしの馬鹿だよな」
「きさま・・・・王族を愚弄する気かっ!」
「人の名前もまともに呼べないような男、愚弄する価値もないねっ」
 それとも二度や三度言っただけじゃ覚えきれないか。
 そんな風に挑発すれば、ユースファはさらに眼光を強くし、そして怒鳴った。・・・・・・志紀の名前を、何度も。

「シキシキシキシキシキシキッ! これで充分かっ!!」

 世界トップレベルに匹敵する美形が、真剣な顔をして自分の名前を羅列し、怒鳴っている。その様子に思わず目が点になった志紀は、唐突に吹き出した。
「シキっ!?」
「ぶふ、くく、く、あはははははは!!!」
 途中までは我慢したが、耐えきれなくて心の底から笑う。
 まるで子供の喧嘩のような会話。

(ような、じゃないや。本当の子供だ)

 ユースファは、志紀よりも年下だ。態度や外見から騙されたが、本来ならば高校生ぐらい。高校生と言えば、大人と子供の間にあり、そしてやはり、子供の方に重点がある。
 お腹をかかえ、苦しい呼吸のなかで志紀は悟った。
 きっと、ユースファの周りには志紀のように喧嘩を売ったことがないのだ。そういうコミュニケーションがあるんだということを教えてくれる仲間がいなかったんだ。周りにいる大人は彼を崇め、持ち上げたことだろう。それでも、そんなに性格が捻くれていないのは、あの優しげな風貌の兄がいたからに違いない。ときどき変にボケるウィディンがいたからに違いない。
 そして、そのまま今のユースファになった。
「あー、久々のヒットだったー」
 まだ足りず、思い出しては笑う志紀に、ユースファは笑うなと怒る。
 志紀は、自分が異世界に呼ばれたことを、迷惑だと考えていた。何も俺じゃなくてもと思っていた。でもユースファの考え方を知って、協力してやってもいいと考え直した。
 でもいま、また考え直す。
 意見が聞きたいからってだけの理由で、ユースファが異世界から誰かを召喚しようなんて無謀なことを考えたのは、ユースファだって自分の立場がどういうものなのかをきっちりと知っていたからに他ならない。
 誰もが自分に追従する立場。自分の意見ばかりが通る世界。断定できない問題が起きたとき、意見を求めようとも誰も答えない。
 日本でもよくあることだ。
 相手が政治家だったり、教師だったり、少しでも自分より立場が上の場合、簡単に自分の意見を翻した。決して損になるような答えは口にしなかった。
 そしてユースファは、そういう環境にいる、いちばん偉い奴だったりするのだ。
 だから、身分に縛られない人間を喚びだした。
 その考え方は理解できる。そして率先した行動力には尊敬する。
 けど、やり方は間違った。否、選び方を間違えた。
 こういう場合、せめて日本人は避けたほうが良かったんじゃないかと思う。日本人誰もが同じような考え方をしているとは言わないけど、日本人特有の曖昧さは、一種の病気である。
「おい、シキ。いい加減に笑うのを止めろっ!」
 焦れたのか、ユースファが実力行使に出てきた。志紀の腕を掴み、乱暴に引き寄せる。子供のくせして力は強い。ここらへんに年齢関係なしの体格の違いが出ている。
 が、子供が相手なら、志紀にもやりようがあった。今までは容貌のコンプレックスがうまく頭を働かせてくれなかったが、今ならこの我侭王子の扱い方も分かってきた。
「でもユースファ。おかげでおれの名前、呼ぶのに躊躇い無なくなっただろ」
「!!」
 途端にユースファの頬に朱が走った。それは一瞬だった。それで充分だった。
「次はおれがお前の名前に慣れなきゃな。な、ユースファ」
 わざとである。それでも志紀は親しみを持った笑顔でユースファを見つめて、必要以上にニコニコと笑んだ。
 ユースファは途端に掴んだ腕を放し、自分が受けた衝撃による羞恥心や困惑を悟られないように、視線を外した上で声を大きくして告げた。
「判ればいいんだ、判れば」
「うん。これからもよろしくな、ユースファ」
「まぁ、おま・・・・シキがそういうのならな、俺は心が広いから」
 けっこう可愛いぞ、こいつ。なんてこと思いながら、志紀はユースファが視線を外していることを幸いに、ほくそ笑む。
「いや、本当にさ、ユースファって心が海のように広いよ。喚びだしてくれたのがユースファで、本当に良かったって感じだよ。役に立つかどうか分かんないけどさ、遠慮なく何でも聞いてくれよ。これでもユースファより少しは長く生きてるからさ」
 志紀も、遠慮なくユースファの名前を連呼する。が、ユースファもさすがにここまで連呼されると気付くのか、それともからかわれている気配に敏感に気付いたのか、チラリと志紀を睨んだ上で問題発言してくれた。

「女の格好をした変態に言われたくない」

 ナ、ナチュラルに忘れてたぁぁぁぁ!



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06.02.18


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