愛に従う少年と、愛に殉ずる神の奴隷。 03



「愛しているんだ、美史・・・・っ!」
 少年は叫ぶ。心の奥から、深く、深く、絶え間なく溢れてくる想いのままに。
 アンタしかいないと、涙を流しながら。
――――― っ」
 美史はゆっくりと首を振る。その表情は苦悩に満ちており、聞きたくないと両手で耳を塞いでいる。
 美史は敬虔なクリスチャンだった。幼少の頃から母に連れられ、聖書の読み聞かせで育った。同性との恋愛が、どれだけ罪深いものなのか、潔癖な人間以上に受け入れられないことだった。
 自分がそうだから、相手もそう。
 そんな風に考えることがどれだけ愚かなことか、美史は知っている。
 それでも、美史は香也を受け入れることができなかった。香也だけは、受け入れられない。そう、強く思った。

(ああ、たぶん。きっと・・・・)

 美史も香也を愛しているから。愛して、しまったから。
 子供の頃からの教えだとか、身に染みてしまったものだとか、そんなもの簡単に吹っ飛んでしまうぐらい、この子供に惹かれてしまったのだ。
 楽しそうに、真剣にボールを蹴っている少年を見て。親しげに笑いかけてくる、元気な彼と知りあい、きっと、今日一日で恋に堕ちてしまった。

(だから怖い)

 一途で積極的で強引な、年下の君の手を取るのが怖い。思春期特有の激しい感情のままに突き進んでいる君が、いつか正気を取り戻したら・・・・・。
 背中が粟立った。美史は反射的に口走っていた。
「ごめん・・・・っ」
「美史っ?」
「ごめんっ!!」
 踵を返し、そのまま走って逃げた。公園を抜け、教会を抜け、歩道に出る。背後から美史を呼ぶ香也の声と足音が追ってくる。
 逃げなきゃ、と頭が叫び、手足が追従する。でも心は香也の隣にあって、常に一挙一動を見張っている。でも今は逃げる。もっと頭を冷やして、一日でもいいから考える時間を作って、それからもう一度、会えるなら会いたい。今は美史も混乱している。だからちょっとだけ、時間が欲しかった。
 歩道を横切り、大通りに出る。横断歩行は青が点滅している。渡るなら今しかない。
 ガードレールに手を置いて慣性を消しつつ、美史は一歩を踏み出した。

 プァァァァ ――――!

 大型車特有の重たいクラクション。間近に迫ってる大きなライト。高くにある座席に座ってる男と、フロント越しに眼があった。とたんに身体が言うことを聞かなくなった。

―――― 美史っ!!」

 ドン!!

 香也の声が間近に聞こえた。ついで全身に衝撃。
 全身が軋む。特に鳩尾を強くぶつけたのか呼吸が止まる。かなり痛い。けれど、それは予想されていたモノではなく、主に地面側が苦痛を訴えている。



「・・・・・・・・・・かや・・・・・・?」



 香也が倒れている。四肢を投げ出し、動くこともなく、道の真ん中で無防備に倒れている。
 コンクリートには四本の黒いブレーキ痕。熱を持っているのか白い煙がふわりと風に揺れた。ガードレールはまるで紙のように千切れ、教会へと続く階段にトラックが突っ込んで止まっていた。
 そして、ゆっくりと香也を中心に広がる赤い波紋。
「あ・・・・・・、あ、ああ・・・・・っ」
 駆け寄ろうとして、鳩尾を中心に痛みが全身に走った。それでも美史は我慢して、震えて力の入らない足を動かし、香也の元へ時間をかけて進むと、そのまま脱力したようにへたり込み、香也の汚れた顔を見つめる。
「香也、香也・・・・・・っ」
 名前を呼ぶと、香也の目蓋が痙攣し、そこから黒い瞳が現われた。焦点があっていない。探すように瞳が動く。見えていない。香也には美史が見えていない。
―――― み、ふみ・・・・?」
「香也っ!!」
 元気な年下の男の子。美史を笑わせてばっかのその声は、とてもか細い。
 香也を抱き寄せようとして、動かすことも出来ず、ただ美史はオロオロと少年の名前を呼ぶばかり。
「香也。香也」
「みふみ、無事・・・・?」
「うん・・・・っ。うん、ぜんぜん大丈夫。大丈夫だから・・・・っ」
 香也の方が大変なのに。喋るのも辛いはずなのに。指一本、動かせないくせに。
 自分のことばかり心配する。そして嬉しそうに笑う。


 ああ、神様。
 これが罪というものなのでしょうか。
 愛してはいけない人を愛してしまった罰なのでしょうか。
 貴方の教えを守った結果が、この結果なのだとしたら、僕はいったい、何を信じたらいいのでしょう。

「香也、愛してる。何度でも言うよ。君のことを、ずっと愛しているから・・・・っ!」

 愛することで罪を背負うことになるのだとしたら、僕は一生、その罪を背負う。
 だから神様。
 この人を愛する心を、どうか、見逃してください。
 この人を、誰よりも愛しているんです。
 神様。あなたよりもずっと。


「おい、君っ。大丈夫かっ!? 君も救急車に・・・・っ」
 美史の腕の中から奪われる温もり。香也は、連れていかれた。
 肩を捕まれ、美史は仕方なく、相手を見る。相手は救急隊員だった。

(もう、無駄なのに・・・・。香也は戻ってこないのに・・・・・・)

 泣きたいのに、涙は出てこなかった。
 その代わり、微笑んだ口の端から、赤い血が伝った。ついで目の前が真っ赤に染まった。
「君・・・・・・っ」
 救急隊員の焦る声。遠くなる意識。
「おい、誰かっ! こっちにも担架っ!! ガードレールが胸に刺さってるっ!!」
 止血しようとシャツを切り裂く救急隊員。それを他人事のように聞いている。もう目は見えない。この耳も、遠からず聞こえなくなる。
 それでいい。
 この目も、耳も、香也のことを覚えている。その笑顔を、その声を。
 生意気にも人の名前を呼び捨てにして、擽ったくなるぐらい自分だけをひた向きに見ていた香也の瞳を、美史は忘れない。

 決して、忘れることはない。



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+あとがき+

 完結。誰もいなくなった。
 これで美史が死んで香也が生き残ったら地獄ですね。どちらか一人だけでも生き残ったら地獄です。両方死なせることで幸せになってくれたらと思います。神様もそのぐらいの慈悲は・・・・あると思う。いや、ないか?
 名前を下さった『宮原』『香也』『寺岡』『美史』『矢代』、ありがとうございます。香也に美史と呼ばせるの、すごく好きでした。

06.12.03

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